特徴

2015
Issue 57 (Autumn 2015)
釣りと熊
By Abdel Ibrahim
その森は思いがけぬほどの無垢(むく)を保っていた。聞こえる音は木々を抜ける風と阿寒川(あかんがわ)のせせらぎ。それは私が望んでいたまさにパーフェクトな風景だったが、もし熊に襲われたら、という気持ちが心をよぎった。「もしそうなったら襲われるまえに走って川に向かえば、なんとかなるだろう」

私は友人たちと北海道の北東部ですばらしい釣りの旅を満喫していた。これまでの3日間、私たちは釣果に恵まれ、これから出会う魚に期待で胸を膨らませ、時間を忘れて釣りに没頭した。水曜日だからとか旅行計画とか、そんな言葉はこのバックカントリーでは意味がなかった。期待はシンプルそのもの、ただただ川の曲がったところにある釣りのポイントをめざすだけでよかった。

 

阿寒川はこの旅行の最後の目的地だった。ここも失望することはなかった。私はその川の土手に立ち、上流と下流をちらりと眺めた。それだけでこの川には豊富に魚がいることがわかった。たったワンキャストでニジマスの引きがラインに伝わってきた。それは私がキャッチアンドリリースを信奉して以来、もっとも美しいレインボーだった。

熊の不安は、とりあえずは後部座席に座らせて、友人と私はこの川すべてが私たちのものになったかのような気分になった。

私たちが釧路に着いたのは3日前。レンタカーを借り知床半島の羅臼(らうす)の海岸線をめざした。最北端の港から船に乗り、そこから眺めた光景は100mの高さはある岩の断崖に鬱蒼(うっそう)と緑の植物が生い茂っていて、日本ではいままで見たこともなかった。

 
 

フェリーから釣り人たちを手漕ぎボートで降ろすガイドたちは、大岩のあいだで渦巻く波間を上手に操った。そのエリアはまさにワイルドそのもので、手つかずの自然があった。まるでトリケインのミドルアースのようだった(ロード・オブ・ザ・リングの作者)。サケのことを考えなければ、私たちにはその景色はもっとすばらしく見えただろう。
 

知床(しれとこ)半島から千島(ちしま)列島への最初の島は国後島(くなしりとう)である。だがこの島は、世界大戦後からロシアによって実行支配されている。ガイドが言うには、日本の漁船は拿捕(だほ)される危険を顧(かえり)みず、漁のためにまれにこの島に渡ることがあるという。

冷戦の時代、ここの人たちは社会主義の侵入よりも過酷な自然を生き抜くことの難しさに直面していたのだろう。ここには人よりもシカが多い。キツネも住人たちのペットを襲う隙(すき)をうかがっている。ヒグマもこの地では食物連鎖のトップに君臨していることを当然のように感じている。

 
 

知床エリアでの2日目の朝、私たちは最適の場所と思われる河口に行くことができなかった。3頭から4頭のヒグマが私たちのボートが接岸するのを見ていたからだ。しかも彼らは私たちよりも早くその場所に走っていった。彼らは、そこに歩哨(ほしょう)のように立っていれば、私たちが魚を横取りできないことを知っていたのだ。

2日目は干潮を狙ってガイドは、岸から2030m離れた引き潮であらわれたふたつの岩のあいだに私たちを降ろそうと試みた。そしてガイドが火花を岸に投げると驚いたヒグマが逃げだしたが、ただ1頭だけおよそ100kgはくだらない大きなヒグマは、そのくらいでは縄張りは渡さないよと言わんばかりにその場をなかなか離れようとはしなかった。

そのヒグマは一度はその場を離れたが、すぐに戻ってきた。彼はその要塞にしばらく腰を据えたが、やがて干潮では魚がいないことに気づくともっと狩りの易しい上流に移動していった。だがヒグマは、岩の上から釣りあげたサケを横取りすればいいことに気がついたのだ。サケが陸に上がった瞬間にくわえてマイケル・フェルプス並みに逃げだせばいいのだ。ガイドはもっと花火を投げたが効果はなかった。ヒグマは本気で釣り人のサケをブランチにしようと襲ってきたため、全員は釣具をほとんど置き去りにして船に逃げ帰った。

 

ヒグマとのそんなドラマはともかくとして、私たちは楽しくサケをシェアすることができた。サケは海岸線の山から流れだているどの河口にも濃密に群がっていた。私たちは返しフックのないシングル鉤(かぎ)のスプーンやジグを使って魚の腹や尾ビレに引っ掛けないようにしなければならなかった。だから最初の朝で保冷庫は満杯になり、東京に送った。

 

知床の海岸線での釣りを終えからは、私たちは羅臼や釧路(くしろ)エリアの、釣りに向いていそうな川や小川を調査してまわった。これらの短い釣行ではオショロコマやアメマスなどをキャッチアンドリリースすることができた。使った釣具はドライフライやスピナーとミノーだった。この釣行では用心深くかつ精巧な集中力を必要とした。釣りあげた魚はほんのすこしではあったがその場所は自然がつくり上げた緻密(ちみつ)さが存在していた。友人と私は、小さな釣果以上にエキサイティングで満足のゆくものだったという結論に達した。

 
 
 
 
 
内陸でも私たちは毛の逆立つような怖い思いをした。釧路川に繋がる運河で釣りをしているときだった。知床で遭遇した熊と同様にそいつも私たち々より先に川岸にあらわれたが、その登場はなにも前ぶれがなく不思議な感じだった。しかも周りは農地で柵には牛がいて、家屋さえもあるところだった。友人と私は、もし私たちが3分ほど早くその川岸に着いていたら、今夜のNHKのニュースに私たちは登場していたかもしれないと笑った。
 

阿寒川での最後のセッションの朝。東京へ戻るまえに思い残すことがないようにしようと、私たちはりきっていた。4尾目のニジマスをリリースしたあと、私はキャスティングしている友人たちに向かって川のあちこちをジャンプして進んだ。フィルは超軽量のフライロッドを使っていたが、まだニジマスをキャッチできていなかった。アキは2尾キャッチして1尾逃していた。

 

残り30分を過ぎたところで、フィルは車に戻り、スピニングロッドに持ち替え、私が最初に釣りをはじめた落ち込みに向かった。そこでついに彼にとって最大のニジマスを3ポンドのラインで釣りあげた。そのニジマスは軽く50cmを超えていた。それは下流に向かいジャンプし、倒木の下に潜り込もうともがいた。その光景を見た瞬間、私は友人を目を合わせ無言で誓いあった、2016年もかならずここに戻ろうと。
 
 

釣りについて

ピンクサーモン(樺太鱒)は7月から9月にかけては羅臼や釧路のどの川の河口でも見かけることができる。だが知床の北部もオプションとして用意しておいたほうがいいだろう。相泊村は国道87号線の最果てで、空港からは7,000円ほどで行くことができる。
Web: http://masu-fishing.jimdo.com/

知床での釣りは初心者や小さな子供にはお勧めしない。ここへ訪れる者は釣具だけでなく一日の釣行に必要な装備をすること。熊はどこにでもいるからガイドの注意に従い自分自身で身を守る。「鷲の宿」は国道87号線にある宿泊施設で安く便利だ。羅臼の中心街からも5分のところにある。ここでは近くの小川にもオショロコマが泳いでいるし、料理もすばらしい。忘れてはならないのはフクロウにかならず挨拶することだ。
Web: www.shiretokobrownbear.com

釣り人はイワナやイトウを釣ってみたいと願うだろう。必ず許可証を購入すること、阿寒湖か阿寒川で購入することができる。1人1,500
Web: www.koudai-akan.net/fishingland/rules.html

 釧路川はさまざまなイワナやマスが生息しているが、ここでの釣りはじゅうぶんな下準備が必要だ。 

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