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特徴

2010
Issue 37
10 for 10: マイク・ハリス キャニオンズCEO

Celebrating Outdoor Japan's 10-Year Anniversary
10 Years 10 Questions

1)  最初に日本に訪れたのは?

ニュージーランドで6年(高校で5年、大学で1年)日本語を勉強した後、1992年に大学の交換留学プログラムを利用して、大学の休み期間中に友人4人と来たのが最初です。静岡県の藤枝市でホームステイをしながらガソリンスタンドで働いたり。3ヶ月後には「ボディコン」や「パラパラ」といった新しい単語を覚えて大学に戻りました。

2) みなかみ(水上)にはどのようにして辿り着いたのですか?
白馬のスキー場で働いていた1994年に、業界では有名なチャンスというニュージーランド人に出会ったのです。その時に彼の友人がみなかみにラフティングの会社を始めた事を聞きました。そのシーズンが終った後にしばらく六本木で働いていたのですが、やはり自分には山の方が合っているなと。それからそのラフティング会社のオーナーに連絡を取ったのです。みなかみに降り立った瞬間に何か特別なものを感じたのを覚えています。利根川でのラフティングを何度か経験した後にはもうすっかりみなかみの虜になっていました。ビバみなかみ!

3) その当時のみなかみは?
1995年に移住した当時、まだ町にはバブルの余韻があって、冬のスキーシーズンと温泉が主な観光産業でしたね。当時、すでに何人かの外国人を見かけましたが、週末を利用して外人村を訪れる程度で、外の世界に飛び出して何かをするという人はあまりいませんでした。さすがに私のような赤毛のドレッドヘアで、180センチもある外人が急流を下ったり町をうろうろするのは怪訝な顔で見られましたけどね。
地元の人達にアドベンチャーツアーを受け入れてもらうのは本当に一苦労でした。みなかみには温泉しか無いと思い込んでいた人が殆どでしたから。実際何年もの間、団体客が街に押し寄せてその恩恵を受けていました。幸いにも幾つかの宿泊施設がアドベンチャーツアーの将来性を見込んで、初期の段階からサポートしてくれていました。
最初の2年は私が働いていたラフティング会社と、ニュージーランドでガイド経験のある日本人3人で経営していた2社のみでしたね。スタッフの数も少なかったので交流もあり、よく一緒にパーティーをしていましたよ。
利根川ラフティングの草分け的時代には、まだルールも確立してなくて試行錯誤の連続でした。ツアー参加者も、この新しいスポーツの先駆けになりたいという人達が多くて、本当の意味でアドベンチャーを求める人が多かったですね。

4)  みなかみはこの10年でどう変化しましたか?

温泉一辺倒の町から四季おりおりのアドベンチャーが楽しめる町へと変化してきていて、アドベンチャーツアーが地域経済への発展に貢献しているとの認識もされてきています。今ではその数30社以上、スタッフ数は300名近くにものぼり、1年に10万人以上のツアー参加者を集めるまでになりました。最近の顧客層は、日常のストレスや偽りから逃れ、リフレッシュするためにアドベンチャーを求める20代から40代の都会在住の方が多いですね。
それから、廃墟と化したホテルを改装して、アドベンチャー会社のベースキャンプにするなどの動きも見られています。若い労働者の流入によって町も活気づいていますし、出生率低下にも変化が見られてきているんですよ。

5)  キャ二オンズを立ち上げた時期とみなかみを選んだ理由は?
日本で6シーズン以上過ごした後に、ネパールで探検ラフトガイドとして働いていました。ツアーの合間の休みには、ヨーロッパ出身のキャニオニングガイドと共に小川や渓谷の探検に出かけたりしていました。その時に、ラフティングには水量が足りない夏のみなかみで、これはアドレナリンジャンキーに絶好なツアーではないかとひらめいたのです。
1998年に新しいスキルを身に付けて日本に戻り、みなかみで初めてキャニオニングツアーを始めたのです。最初の4年は「アンクルベアー」という会社のガレージを間借りしてツアーを運営していました。キャニオンズという社名で正式に始動したのは2000年です。ツアーの人気爆発を機に、2002年にキャニオニング専用のベースにし、2006年には、それまでの掘っ立て小屋からBosch (電動ツールメーカー) が以前に福利施設として使用していた施設を買い取って、本格的なベース施設にアップグレードしました。

6)  過去10年で業界とビジネスはどのように変化しましたか?

この10年で新規事業者が格段に増えましたね。これには特に驚いていません。基本的に、新規参入にあたっての障害とか規制というものは存在していませんから。
学校の修学旅行や遠足に採用されたりと、その需要増加も相まって、学校のみを対象とした低価格ツアーを提供する会社も増えました。それから、会社が分裂したり、独立するガイドも増え、一般顧客を対象とした会社も急激に増えました。
需要増加によって、会社の生き残り競争や利益獲得が優先になってしまい、ガイドの質が低下したりと安全性への問題が懸念されています。
その点弊社では、トレーニングを積んだ優秀なガイドやインストラクターの採用によって、過去10年で着実な成長を遂げてきたと言えます。


7)  過去10年で国内での旅行やアウトドアに関する考え方が変わったと思いますか?

大きな変化があったのは確かです。若い世代は、ワールドクラスのアドベンチャーや景色を体験するため、わざわざわ外国に行く必要が無いことに気付いてきているようです。外国からの観光客にも、東京、箱根、京都をめぐる「ゴールデンルート」の他にもオプションがあると認知されてきています。

8)  今後10年にどのような変化を期待しますか?

安全、質、地域や環境保護に配慮した、持続可能なツアーモデルが登場する事を期待しています。まず最初に取り組まなければならないのは安全性。その中でも特にライセンスや規制の整備強化は必須です。実際に無茶をする人が多すぎますから。外国人観光客を呼び寄せたいのであれば、国際標準に近づけなければ。

9)  キャニオンズの今後の展望は?
国内において、持続可能なアドベンチャーツアーの業界リーダーになる事ですね。展開地域の拡大とツアーメニューの増加も視野に入れています。社会のリフレッシュと自然環境への更なる配慮も継続していきたいですね。

10)  プライベートでは何をすることが好きですか?
休みは家族と過ごすことが多いですね。家族全員アウトドア派なので、ロッククライミングやハイキング、キャニオニング、カヤック、ハイドロスピーティング、スノーシュー、何でもやりますよ。その他には音楽が大好きです。DJもしますし、海外からアーティストを招いて(主にニュージーランド)、音楽イベントやパーティーの企画もしています。