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特徴

2009
Issue 26
Raising the Veil on Ice Climbing in Hokkaido
By Albert Leichtfried

類人猿がまさにアイスケーブから抜け出して以来、現実と仮想の間のスペースを探検するのが人の習性となっている。ヨーロッパのクライマーの一群が日本のアイスクライミングを幕開けするかのごとく、準備万端のアイゼンとピッケルを伴って北海道のタールマックに降り立った。

日本へのアイスクライミング遠征のための情報収集をしている間、僕は長剣片手に風車をあいてに戦う、セルバンデスの小説「ドンキホーテ」の主人公のような気分になった。ただの違いは、妄想に陥った郷士と見当違いのたわけものといったところか。

数週間に及ぶ準備をしたものの、僕は調査の初めの時期よりもほんの少しだけしか知識をふやすことができなかった。日本にはあまり多くのアイスクライマーがいないんだろうとか、日本人は僕の質問に「NO」や「知らない」で答えるのはタブーと思ってるんじゃないかと感じても、僕はおどろかない。本当に役に立つ情報をつかむのは難しく、実行可能か不安にもなったけれど、逆境はむしろ好奇心をかりたてることになった。

僕たちはコミュニケーションが困難になりうる一つの島に到着としようとしていた。そこでの日々の生活は僕らのはオーストリアでのそれとは全く違ったものになるであろう。

アスクライミングのできる斜面を探し当てるのは大変なことだとわかっていたが、さらに季節は二月の終わりで、クライミングシーズンは終わりに近づいてい た、それでもマーカス・ベンドラー、ハーマ・エルバーそして僕は最後の冒険へでかける準備はできていた。

Snow and Ice
雪と氷


スキーヤーとスノーボーダーは本州の日本アルプスと北海道ではすばらしいスキーコンディションを期待できることを知っている。同様に日本最北端の島の寒い気候はアイスクライミングには最適なのだ。僕たちは北海道の主要都市である札幌に降り立った。雪に覆われた風景の真ん中ながら周囲はハイテクノロジーの鼓動にあふれ、僕らヨーロッパ人はまぶしく光りストリートの環境に慣れるのに苦労した。

ヨーロッパでは、日本のアイスクライミングの情報が限られており、僕には未だにおおくの疑問があった。おまけにほとんどの地元クライマーは英語を話さなかったこともあり、僕らは途方にくれないためにも日本の文化に詳しい誰かが必要だった。

二ヵ月後、僕の疑問のうち、いくつかに答えられる一握りのクライマー達を発見した。ラッキーにも北海道に数年住んでいて日本語も話すこと のできるカナダ人、セバスティアンとナルトに出会うことができたのだ。

彼には本当に助けられた。僕たちがひどい吹雪の中、北海道に到着してすぐ冒険を思わせる凍った道をいかなくても いいように、彼は空港まで迎えにきてくれた。旅行のあいだ僕らが困ったときには、彼がいつも傍にいてサポートしてくれた。

日本ではいろい ろな事が違うので、僕らは何回か大笑いすることがあった。僕たちがRAV4を借りにレンタカー屋にピックアップに行ったとき、運転席と逆側に座ろうとした り、まったく日本語ができないといって受付の女の人を驚かせてしまった。先が思いやられる。

次の日セバスティアンは、彼のアウトドア講座 の生徒と一緒に僕を夕食に招いてくれた。寿司やビールはもちろん、日本の多彩で繊細なすばらしい味を楽しむことができた(一体何を食べているのかわからな いものもあったけど)。僕たちは自然のスライドショウを見ながら過去の冒険の話を語り合い、そしてフレンドリーな地元民たちと氷を見つけるための計画を 練った。

Breaking the Ice
氷を壊す

吹雪はともかくとして、北海道のアイスクライミングシーズンは終わりに近付いていた。僕たちは氷が溶ける時期に備えて、より寒い場所を登るための可能性を残し、海岸方面の暖かい場所から登り始めることにした。

僕たちの最初の目的地はラディエンというところだった。ヨーロッパのスタンダードだと高速道路は120kmで運転するのだが、日本の厳しいスピード違反の罰金について聞いてからはゆっくりと走ったので、目的地に着くのに三時間半ちかくかかってしまった。

やっと到着したとき、パーフェクトブルーの中でキラキラと光り輝くすばらしい滝が僕たちを出迎えてくれた。僕たちにとって日本で最初の滝を登ろうと期待を 胸にさっそうと挑んだ。ナイル(W16)、そしてルンジー(W15)という海岸への二つのルートを直接登った。その氷に挑戦し大いに楽しんだだけでなく、 海の潮風は風邪によかった。日本のアイスフリークの一人のナルミゲンキはその週末僕らに参加し、日本の最も難しい混合ルート(M9+)がいくつか見つかっ ている、千代巣別のごつごつ岩の混合クライミングを見せてくれた。

そのごつごつ岩への途中、ちょうど混合ルートの真ん中で壮大な氷の形成に目を奪われた。近くで見てみた後、いったん混合ルートを中断して そのアイスモンスターを進むことにした。その壁の下に着いたとき、ラインは厳しいと思い、ライトギアとブラックダイアモンドフュージョンの道具、コンペ ティションシューズを着けることにした。

第三ピッチの最後で、その巨大なルートは大きな天然の氷屋根を見せた。その氷の固まりは信じられないほど傾斜し ていて、僕たちは本気でその過酷さと闘わなければならなかった。しかしながら良い一日だった。そのルートをレクターと名付け、タフな形状に教訓を得たので W17に格付けした。

そんなすばらしい日のあとの食事とお酒もまた格別だった。ゲンキはそのクライミングエリアの近くにある伝統的な日本 のゲストハウスに連れて行ってくれた。僕らが入ったとき、オーナーたちは武器のような道具(ピッケルとアイゼンなど)を持っている奇妙な僕らを警戒してい るように見えたが、体があたたまる酒を数杯交してすぐに長い宴会となった。何を喋っていたのかは一切わからなかったけれども。

Sounkyo
層雲峡


氷上でのハードな数日をすごした後、札幌のハイテクショップへとでかけた。ありとあらゆるものがそろっているという感じで、田舎のミニマリスト的な生活と対照的だった。ショップを数時間うろついたあとまた元気がわいてきて、日本の氷の上でもう一暴れしてやろうという気分になった。吹雪は落ち着いてきていて春の訪れが予感される。僕らは北海道のアイスクライミングの中心地である層雲峡へ向かった。気温マイナス10度、海岸付近よりも更に寒かった。

この景色の良い峡谷で、いくつかの標準的なコースと、そしてまたリトルプリンセスと呼ばれるすばらしいルートを登った。プリンセスとはいうが名前のように 小さくはない。典型的な混合ルートは、この最高のルートを制覇するための鍵であった。よく形造られたヒビの入った角を登り、また氷結した沼地やぬかるみ、 道に突き出た根っこも利用しなければならなかった。200メートルのクライムは20年以上も前に取り付けられたプロテクションを使って、補助クライミング ルートとして登られていた。かなりのクライミングスキルとスタイルが要求されるだろうし(M8、A1とW15+)、まるでそれは当時から現代の混合型クラ イミングへのちょっとした小旅行の様でもある。クライミングと、この難解なルートで丸一日費やしたのだった。

僕らが車に着いたとき、すで にあたりは暗かったけれど、層雲峡のアイスフェスティバルは盛り上がりを見せていた。絶対見逃せないイベントだし、オーストリアとは違うはず。数百人もの 人々がそこらじゅうでゆったりと過ごし、完成まで数ヶ月かかったであろう感動的な氷の彫刻が伝統的な日本の音楽をバックグラウンドに、緑、赤、青紫、オレ ンジ色の照明をうけていた。

マーカスと僕は「氷に触らないで!」という看板を無視し、ロープを使わず登るソロで彫刻を急いで登った。ホテ ルでの夕食の後、再びトヨタに乗り込み次なる冒険へ旅立った。

Far Eastern Ice
東北部の氷

北海道の東海岸はアイスクライミングではそこまで知られていないが、一度見てみたかった。ロシアから漂流してくる氷河のため氷に不足はない。僕らはまさに 最高のタイミングでやってきた。海は氷山と氷のブロックで覆われている。垂直の氷に目を奪われる前、断崖まで流氷の上を散歩した。悲しくも気温が高すぎた ようで、クライムするには季節がすでに少し遅かった。強烈な太陽で氷の滝が溶け始める前に、日の出の直後に僕らはビーチからの短く、しかし過酷なルートを 制覇した。数匹の海鷲と、背後のおびただしい数の漂流が僕らの近くにあつまり、そこは何か特別な雰囲気がただよっていた。

その後数日間の間、知床半島の登れる氷道の最初の発見者になりたかった。僕らは地図上の何カ所かの滝と崖に密かに目をつけ、良質な氷の滝を見つけるための基本もおさえていた。そしてより簡単なアクセスと現場発見のチャンスを求めて海岸沿いをクルージングしようとボートを借りることにした。

網走に住む友達のつてで、セバスティアンが僕らのためにボートを借りようとしてくれたのだが、彼は落胆した様子で戻ってきた。漂流のためボート探索が不可能だったのだ。残された方法は陸路での運試しだ。

しばらく探索した後、ちょうど海の傍にある滝を発見した。険しい崖の真ん中で、港の方向に突き出ている奇妙な姿をしたつららは約100メートルもの長さを誇っていた。この見事な滝を一番最初に登ることに僕らのモチベーションは急上昇した。経路を選択した後、絶壁を懸垂降下した。しかし数メートル登ったところで地響きが鳴り、巨大な氷の固まりがこれでもかというほどに僕らの上に落ちてきた。氷の屋根は崩れ落ちてきて、僕らの右側数メートルのところで大きく砕け散った。どうしようかと検討し、結局安全に流氷へ移動することにした。戦いに負けたが、けが人なしでこの日を終えるほうが大事だった。

やさしい風がカシの木を撫で、気温は二桁へと上がりはじめ、北海道へやっと春が訪れようとしていた。荷物をまとめ、層雲峡で最後のクライムにむかった。峡谷に着くと意外にすべてのコンディションがいいので、僕らはすごく驚きつつも感謝した。二つの標準的なルート「雲居の滝」(W14+)と「バニシングムーン」(W15/6)を選んだ。ハーマンはアイスピックではなくカメラを手にして、風景の写真を撮ったりと北海道最後の時間を楽しんでいるようだった。

そして最後の冒険に挑む。セバスティアンが数百軒の飲み屋がひしめくススキノの中心にあるホテルを予約してくれた。日本のナイトライフも、他のすべてのものがそうだったように、僕らにはとても面白い経験だった。日本のアイスアドベンチャーに満足しつつ、僕らは「自分たちの世界」に戻るためヨーロッパへと旅立った。