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特徴

2009
Issue 26
Homeland Insecurity
By Rob Volansky

日本で6年活躍した後、ロブ・ボランスキーは気の進まない帰国をした。そしてそれから一年が経過。今彼はどうしているのだろう。

僕がアメリカに帰国する数ヶ月前に、日本に数年間住んでいた友達のアメリカ人が帰国した。僕らは彼のためにお別れ会をして、そして彼は日本を去っていった。その二日後、彼から連絡があった。それはたったこの一行だった。

「僕はいったい何をしてしまったのだろう?」

温泉、すし、お祭りそしてアサヒスーパードライを楽しんだ6年間におさらばし、居心地よかっ た札幌のアパートの引越準備をしている時、日本を離れるのは辛いものだとよく理解していた。しかし自分に勇気を奮い立たせて決行した。

何を恋しく思うかはわかっていた。アメリカの地へ戻れば、もっと日本のいろいろなものが懐かしく思うと予想していた。予想は当たっていた。リストアップす ればページが足らないくらいだ

でも、あえてそれをしない。そんなことをしていたら前に進めないし精神的にも悪い(今のところまあまあです。ご心配ありがとう)。

Hanging On 前向きに
日本での経験が今の生活に役に立っていることだけをフォーカスするんだ。たとえば、日本料理屋で注文する時とか。フィラデルフィアにある居酒屋で、友達の特別注文を居酒屋のおばさんにお願いするのなんかへっちゃら。でも日本語ができなきゃ、こんなことはできないでしょ。

ほかには、日本に住む前は何とも思わなかったことを、帰国してからはとても感謝するようになった。桜、自動販売機、小型犬そしてぬいぐるみ。あと、気ぐる みを着ている人がとても気になる。

(実話:「チッカフィラ」というチキンのファストフードレストランの着ぐるみがハイウェイーに立ってい たのを見た時は事故に合いそうになった。牛は「もっとチキンを食べよう」という看板を持って立っていた。納得)

長い日本の生活で、僕は 可愛くて、きれいなことが一番重要と思うようになってしまったのだろうか。ありえない。

正直に言って、これについてはいろいろ考えてみ た。そして同じように日本滞在から自国に帰った友達にメールして、日本を離れてからどんなことを感じているか聞いてみた。答えは思ったように、彼らも温 泉、すし、飲み放題のシステムとニセコのパウダーを一番懐かしく思っているようだった。

The long sayonara サヨナラはつきもの
だけど一つだけ気になる意見があった。友人の一人は、空港で彼女と別れた時のことを長々と書いてきた。ある部分は読むのが難しかった。

そして別れについて考えさせられた。気がついていない人が多いが、別れは海外生活者にはつきものなのである。

外国人は毎日日本へ引越して きて、また去って行っているのだ。企業は外国人を東京や大阪に、いとも簡単に転勤させる。海外で暮らすと結束も固いし、友達になるのも早い。しかしその友 人との別れもすぐにやってきて、これにもなれてくるのが現実だ。

友達をすぐにつくり、友人と別れられる自分が好きだ。外国に住んだからこ そ、こうなれた。

相手が1~2年で去って行くことを知っていると、初対面での不安や偏見がなくなる。僕は英語をしゃべる。相手も英語を しゃべる。じゃあ友達になろうじゃないかといった具合。だれでも欠点はあるけれど、いい所を積極的にさがすようになった。

この態度のおか げで、知らない人にはガードが固い日本人と友達になることができた。いつもオープンに接してきたので、思ったより早く日本人と生涯の友人になることができ た。

See ya later, never goodbye 「またいつか」が合言葉
とはいええ別れはつらいものだ。経験すればするほど平気になると思っていた。決して冷たいとかではなく、彼らと 一緒に過ごすことのできた時間に感謝し、いい思い出として大切にし、サヨナラを言う。

それに現在世界は狭くなっている、旅行も比較的低価 格でできるし、たくさんの手段でのコミュニケーションがあるから、サヨナラは別れではない。

日本で暮らすとさまざまな理由からさまざまな バックグラウンドの人と、とてもユニークは友情を築くことができる。他の外国人とつきあうと、日本を一緒に体験できる。日本人と友達になると、お互いを知 ると同時に文化の違いを学ぶ。

日本にある期間滞在すると、友人の裸を見ることになるだろう(温泉万歳!)。裸のつきあいは最高だ。そして 他の国ではちょっとできない体験でもある。

日本で体験した友情は今でも変わることはない。へべれけに酔っ払ってカラオケに一緒に行った人 や、スキーリフトでちょっと会話しただけの人も同様だ。どんな交流も日本以外では体験できなかったから、今でも大切に思う。