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特徴

2009
Issue 27
Living Legends
By Brad Bennett, photos by Irwin Wong

紀伊半島の南端に「熊野」という地があ る。 そこでは村人から昔の言い伝えを聞いたり、 生きた伝説の人にさえ会うことができる。

「タイムスリップ」と言う言葉は、日本を語る時によく使われる。この旅で僕は、人々がシンプルに生活し、自然をおそれ敬っていた良き時代に戻ったかのよう に感じることができた。 奈良県、三重県、和歌山県まで広がる紀伊半島に は3,600を超える尾根がある。そして仏教伝来以前から始まり今日まで続く、日本の精神文化の根幹を成す自然崇拝の地でもある。人々は何千年もの昔か ら、死後にその魂を救ってもらうため京都などから何ヶ月もかけて熊野川に鎮座する熊野本宮大社を訪れる。それにしても、この巡礼を やってのけた後にはすごい体力がつくことだろう。

森を歩く。
僕は88キロの道のりを歩いている。中辺路ルートは熊野三山へと続く参詣道である。この地域一体は2004年に世界遺産に登録されて以来、多くの人が訪れる場所となった。このルートは極楽浄土へと続く難行苦行の道である。一緒に旅をするアーウィン・ウォングは重いカメラの機器を背負いながら辛そうな顔ひとつ見せない。僕は周りの山や遠くの尾根を見ながら、道にある王子の数を数えた。

日本のカントリーサイドの美しさに触発されて、大 名の気分で、一句。

高原に
消え行く光
霧の国

ところどころに散らばる農家、のどかな水車、道端の小さな花がうれしい道を行くと、地元の人がこの地方の方言で挨拶をしてくれる。高原ロッジにつくと、お年寄りの森本邦恵さんがこのあたりでとれた野菜を使った一品やにんじん豆腐を用意してくれた。

マネージャーの小竹さんは、以前はバーを経営していたなどおもしろい身の上話をしてくれた。ロッジはどの部屋も清潔だしヒノキのお風呂の湯も最高。これな ら人から人へとうわさが広まり、このロッジは繁盛し、ひいては古道参りの人も減ることがないと僕は思った。

「歩けば道は開ける」
スペインのサンチアゴ・デ・コンポステーラは世界遺産に登録された巡礼路だ。2008年、田辺市とサンチアゴ・デ・コンポステーラ市は共同でこの貴重な遺産である巡礼路をプローモーションしはじめた。

歩けば問題は解決されるという意味を持つラテン語の「ソルブラトー・アンブランド」を思い出した。このような文化的景観の地を自分の足で踏みしめることによって、歴史はより理解されるのだ。

翌日も谷を越え、川を渡り、神秘的な景色をながめ、英語に訳されている地図や道しるべやパンフレットを見て旅を続けた。ミステリアスな古道を楽しむととも に、迷子になっていないと確認できることは、外国人にはとてもうれしいことである。 

発心門王子から道は森へと入っていき、かつて3軒のお茶屋があったとされる峠で休憩を決めた。72歳にしては若々しい野下さんがお茶屋で僕たちを迎えてく れ た。そして最初の大きな神社である熊野本宮大社へ向かう時、彼女はずっと僕に手を振り続けてくれた。なんてかわいい人だ。

本宮大社の 九鬼さんは、なんと国内に3,000以上 ある熊野神社の総本山の宮司である。すべての巡礼路はこの大社を交差し、さらにかつてはここが巡礼の到達地でもあった。 宮司は白い衣装をまとい、もっと人々に自然を敬ってほしいこと、熊野古道が神々の集まる特別な場所であること、そして文化的重要度が高いことを説明し てくれた。

多くの観光客が関心をもって建築物を見て回って いる。僕はこれらの神は現代においてどのような意味をなしているのか考えをめぐらせる。 1889年に大洪水で流されてしまうまで存在した元の熊野本宮大社大斎原に足を運ぶ。熊野川の川原に立ち、国内でもっとも大きな鳥居を見上げると、なにか 心が洗われるような気がした。阿弥陀菩薩の慈悲と叡智が僕に心配しなくともすべて良しといってくれたのだろうかと思った。

多くの観光客が 関心をもって建築物を見て回って いる。僕はこれらの神は現代においてどのような意味をなしているのか考えをめぐらせる。 1889年に大洪水で流されてしまうまで存在した元の熊野本宮大社大斎原に足を運ぶ。熊野川の川原に立ち、国内でもっとも大きな鳥居を見上げると、なにか 心が洗われるような気がした。阿弥陀菩薩の慈悲と叡智が僕に心配しなくともすべて良しといってくれたのだろうかと思った。

旅館で充電。
湯の峰温泉のあづま屋旅館で一晩を過ごすことにした。 1800年の歴史を持つこの町には、群馬の草津温泉にも負けない効能の高い名湯が湧いている。旅館の女将の菊池博子さんは、僕らが地元でとれたヘルシーで新鮮な食材の料理をおいしそうに食べるのを見て喜んでいた。菊池さんは世界遺産の目的が観光ではなく保護にあることはよく知っている。しかし現実には、脚光を浴びたことで熊野には外国人までが訪れるようになっている。町に戻った活気はまた、この地域の歴史や文化をよりいっそう理解してもらう役割も果たしてい るのではないかと思っている。

翌日、自分で河原を掘って湯船を作れる川湯温泉で朝風呂にはいった後で熊野川に戻り、ユネスコでただ一つ認められている川の参詣道を行くことにした。ジェ スチャーいっぱいのガイド若林さんの解説は とても楽しかった。

翌日、自分で河原を掘って湯船を作れる川湯温泉で朝風呂にはいった後で熊野川に戻り、ユネスコでただ一つ認められている川の参詣道を行くことにした。ジェ スチャーいっぱいのガイド若林さんの解説は とても楽しかった。

熊野速玉大社は僕らが訪ねる神社のなかで2番目に大きい。新宮と呼ばれ、熊野の神々が降りてくる、癒しの場としても知られている。毎年行われるお燈祭りは ここで行われる(2月6日)。この危険で美しい祭りは、参加する人のお清めになるのだという(まあ、急な階段を降りながら、松明で火傷しなければの話だけ ど)。

Why we came this way
苔むした石畳みの大門坂を登ると3番目に大きい熊野那智大社が目に入ってきた。なんと整然とした姿の神社なのだろう。落差133メートルと国内でもっとも大きな滝である那智の大滝が、青岸渡寺(明治維新までは如意輪堂して知られていた)とともに海抜350メートルの地に威風堂々と存在していた。

僕らは熊野那智大社の権宮司の篠原龍さんに会えてラッキーだった。彼は自然の恵みを感謝する気持ちを、驚くほど美しい3重の塔の後ろにある雄々しい
滝を案内しながら話してくれた。

数杯の緑茶をいただきかしこまって話をした後、青岸渡寺の副住職である高木亮英さんに会うため、よく手入れされた中庭を散策した。修験者でもある彼は120年前に禁じられた山伏修行の復活に深くかかわっている。

山伏とは冷たい滝に打たれたり、厳しい山中苦行などの修行を通して霊験をえることだ。高木さん自身、過去20年もの長い間、だれも入ったことのない森にある48の滝で滝打ちの修行をしてきた。彼は「人々の幸福を私はもっとも切望します」という。

Getting There
車:大阪方面から:阪和自動車道を南下し、南紀田辺ICを経由して国道311号線から熊野本宮大社へ。
名古屋から:伊勢自動車道から国道42号線を南下し、新宮市から国道168号線で熊野本宮大社へ。

電車:スーパーくろしお号、またはオーシャンアロー、またはJRくろしお号で
天王寺から紀伊田辺( 105分)
新大阪から紀伊田辺( 120分)
京都から紀伊田辺( 150分)
紀伊田辺からバスで熊野本宮大社へ (120分)
名古屋駅から、JRワイドビュー南紀エクスプレス
名古屋ー新 宮(210分)
新宮からバスで熊野本宮大社へ (60分)
飛行機:東京羽田から南紀白浜空港( 60分)
南紀白浜空港から田辺市内へタクシーで( 15分)

田辺市熊野ツーリズムビューロー
www.tb-kumano.jp