>  屋外日本雑誌  >  35 号 : 7月/8月 2010  > 特徴 >  魅惑の島 御蔵島

特徴

2010
35 号
魅惑の島 御蔵島
By Tim Rock and Yoko Higashide

この島の海岸線にはビーチと呼べる砂浜はなく、海辺の民宿や旅館も存在しない。島は伏せたお椀のような形をしていて、まわりは切り立った崖になっている。思わず、『最初に移り住んできた人はどうやって上陸したのだろう?』と考えてしまうほどに荒々しいこの島は、周りをとても美しい自然に囲まれ、たくさんのイルカ達が住み着いている。正式な表記は東京都御蔵島。太平洋に浮かぶ東京都の一部である。

御蔵島は伊豆諸島のひとつで、古くから木の生産地として知られてきた。それでも、この島のほとんどは深い森林に覆われ、巨樹が伐採されずに残っている。週末には多くの人がバンドウイルカとのふれあいを求めて、東京港の竹芝桟橋から出航する夜行フェリーに乗りこむ.

フェリーは御蔵島を含め3カ所に停まる。夜に出発して、ちょうど朝日が水平線から顔を出す頃に三宅島へ到着。2000年の噴火が記憶に新しいが、まだマグマが街のふもとまで流れた跡が残っている。噴火の後、長い間避難せざるをえなかった住民たちもようやく元の生活を取り戻し、観光客は黒い砂のビーチで泳ぎ、本来の島の暮らしの日常を見ることができる。

 
次にフェリーが停まるのが御蔵島だ。海にそそり立つ大きな火山といってもいい。この辺の海はいつも荒れているので接岸が難しく、 地元の船舶は港や埠頭によって守られている。島の人口はわずか300人ほどで、たった一本の道が急坂をのぼり小さな街へとつながっている。住宅は海を面した斜面に立てられているので、どの家からも素晴らしいオーシャンビューが広がっているはずだ。 この島を出た後、フェリーは八丈島へと向かっていく。



御蔵島には多くのイルカの群れが住み着いている。島近辺の海洋生態系が発達しているため食料がたくさんあることと、この島を囲む急な崖が厳しい天候から身を守ってくれるので、イルカにとってとても過ごしやすい環境があるためである。船から降りると、まずたくさんの鳥たちが魚を狙って空を旋回しているのが目につく。いかにイルカにとって恵まれた場所であるかということのあらわれだ。

島近辺の海洋生態系が発達している理由のひとつに黒潮がある。ほぼ毎年、黒潮は御蔵島を通過していき、豊富な餌を提供していく。そして黒潮はとても温かいので、観光客にとっても好都合なのだ。普段、御蔵島近辺の5月の水温は17〜18度だが、黒潮が流れてくれば23度ほどになる。そして7〜8月には水温が30度近くまで上昇し、イルカとのふれあいを求める人たちのハイシーズンになる。

残念なことに、今年は 黒潮が島から160キロほど離れたところを流れている。何十年に一度はあるらしいのだが、おかげで水温はとても冷たく、 地元の人の『黒潮が流れている時の御蔵島は最高だよ』という言葉が心に残った。『せめて海が穏やかになるといいな』なんて言っていたら、まわりの人たちが笑っていた。同行していたドルフィン コミュニケーション・プロジェクト(D.C.P)のヤナガセ・ミオさんは『御蔵の海が穏やかなんてことはありえない』という。海が荒れてこそ御蔵島なのだそうだ。 

 

幸い、少しくらい海が荒れていたとしても島の入り江に隠れてイルカを待つことができる。島が荒波から守ってくれるため、シュノーケルをつけて海に入って待っていれば、そのうちイルカの方から来てくれるのだ。 最初のトリップで、一緒に泳いでいた写真家のヨウコが尾ヒレが半分しか無いイルカを目撃した。ヤナガセさんに聞いてみると、そのイルカの名前は『はた坊』というらしい。ヤナガセさん達はこの近辺に生息するイルカの多くに名前をつけていて、彼らには外見や性格にそれぞれ個性があるとのことだ。ちなみに、ヤナガセさんのお気に入りは『こしゃくれ』ちゃんで、写真を撮っている時に割り込んでくるのが特徴らしい。他にも『スティング』、『ギャング』、『セカプン』、『キッテ』、『リンゴちゃん』、『どっきりジョー』などと、いろいろなキャラクターたちに出会うことができる。

ちなみに、この近辺でのスキューバダイビングは禁止されている。島の宝であるイルカたちの住処や生活を守るうえでの配慮だそうだ。イルカを見てひとつ驚いたのは、そのサイズがとても大きいこと。食料が豊富にあるからなのだろう。

朝一に見かけた『はた坊』たちは何か用事があったようで一緒に遊ぶことはできなかったが、その後に出会ったイルカの親子と一緒に泳ぐことができた。どうやらここのイルカは3頭での行動を好む傾向があるようだ。そうして何度か海に入り、イルカたちと遊びながら午前中のひと時を過ごした。 帰り際に海が荒れてしまい、港への船旅はまさに冒険だった。身が縮こまるような荒波の中、スイスイと船を操る船長さんの舵さばきには今でも心から感謝している。

この島に来る人たちはかならずしもイルカがお目当てというわけではない。国内でも有数の森林密集地帯でもあるこの島には、とてもダイナミックなハイキング・トレイルがいくつもあるし、森を抜けてきた水が滝となり、崖から海へと流れている絶景へは、ボート・アクセスの後、シュノーケルをつけていくことができる。滝の下へ泳いで到着すると、その冷たい水に打たれることも可能だ。 

 
長いハイクや短いコースもあるが、おすすめの一つに御蔵島で一番大きな巨樹を見ることのできるトレイルがある。 距離にして片道約1キロ。基本的には上りだが、起伏が多く、道筋にはいろいろな植物が生息していて見応えがある。さらに木々や竹林は風に揺らされて心地よい音を奏でてくれる。
 
村から階段をのぼり、竹やぶから谷間へと抜けて行くと、その大木はある。円周13メートルにも及ぶその木は、日本最大の巨樹でもある。
 
そのとても大きな木を通りすぎると、まわりにも同じくらい大きな木が生えていることに気づく。木々の枝周りはとても太く、91キロの僕がぶらさがってもびくともしない。D.C.P.のボランティアの人が教えてくれたのだが、通常、日本における大木の定義は円周3メートル以上の木をさすのだが、この島では円周5メートル以上のものでないと大木と数えないらしい。それでもこの島には約600本の大木が存在する。
 
ゆったりペースで散策してきたので、戻った頃にはちょうど夕焼けが空一面に広がっていた。振り返ると、まるで万歳しているような木々が次第に暗くなる地平線を埋め尽くして、夕食の時間だと教えてくれた。おいしいご飯の後には、美しい街並を見下ろしながらのお風呂や温かい寝床が待っている、なんてことを考えながら帰り道を急いだ。
 

翌朝もイルカたちとたわむれるべく、船に乗り込んだ。すると、白滝付近の浅瀬で大群のイルカたちを目撃し、そこへ向かった。海底を緑や赤色の海苔に覆われたその美しい浅瀬には、メスを追いかけるオスや、波と遊ぶ子供のイルカ、赤ちゃんイルカとその親などがいて、すでに顔見知りの『リンゴちゃん』や『キッテ』ともまた会うことができた。


帰りの船便まで少し時間があったので、まだ行っていなかったエリアをすこしだけ散策してみることにした。村への一本道から登って行く階段が気になっていたので登ってみると、そこにはとても古い神社があり、なんらかの記念碑と大きな船の碇がまつられていた。おそらく初めてこの地に人が移住してきた頃に建てられたのだろう。この辺にはちいさなレストランがいくつもあり、イルカの木彫りに挑戦することや、シーイング・ポイントから海を眺めて、イルカを探すこともできる。 

海辺まで降りて岩だらけの海岸を観察してみると、そこには何千もの小さく丸くなった火山岩があり、島の外壁には長い間荒波にもまれ続けている跡が無数に刻まれていた。

今回の旅では、イルカたちと過ごした時間や圧倒的な大きさの木々がある森で多くの思い出ができた。海と山、両方の自然を満喫できる御蔵島の魅力は、この場所に来て体験してみないとわからない。まさに魅惑の島である。

 
インフォメーション
 
フェリー:東京港の竹芝桟橋から東海汽船より毎日夜行便がでている。所要時間は約8時間。
東海汽船ウェブサイト:www.tokaikisen.co.jp
 
島内での移動:基本的には歩くか、または観光ツアーに参加することをおすすめする。車道がとても急な場所や細い曲がり道が多いので、事情にくわしい地元の運転手は心強い。イルカと泳ぐツアーなどでは、宿泊先や直接ツアーをやっている会社に問い合わせるとよい。
 
お金、電話など:郵便局にATMがある。クレジットカードが使えるホテルもあるが、基本的には現金での支払いが望ましい。ほとんどのホテルで電話やインターネットが使える。
 
宿泊:ホテル、民宿、ペンションなどの宿泊施設がとても少ないので、予約して行くことをおすすめする。週末や夏期には予約して行く方が安全だろう。