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特徴

2010
34 号
Q4: 石川弘樹
By Mitsuharu Kume

アウトドアジャパンのコントリビューター久米満晴が、日本のトップトレイルランナーの石川弘樹さんに、トレイルランの魅力を探るインタビューを行った。しかしそれは、トレイルランを越え、石川弘樹という人間の魅力を探るインタビューになっていった。


3年ほど前、僕の暮らす日本の南の島、種子島に、サーフィンをしに訪れてきた石川弘樹さん。彼は日本や海外のトレイルランの世界で、長い間トップアスリートとして存在し続けている。毎週末ごとに日本や海外のレースに出たり、トレイルランの魅力を伝える活動を精力的に行っている彼は、文字通りフットワークが軽い。

旅慣れていることもあり、我が家へ泊って行ってくれたときも、とても気持ちよく時間を過ごしていった彼に、インタビューという形ながら、また話ができることが楽しくて仕方なかった。


久米(以下K):最後に会ったのは、僕の住む種子島にサーフィンをしに来たときだから、もう3年経つけれど、あれからどんなことに力を入れているの?

石川(以下I):ここ数年はレースの主催をしていることですかね。4〜5年前からトレイルランのブームがやってきて、今や日常的な言葉になりつつあるのですが、人口が増えるといろいろ問題が出てくるのです。山というフィールドを楽しむ人は、山登りやハイキングなど様々で、マナーを守らないと迷惑がかかります。ブームによってレースが多発し、参加人数枠が多すぎたり、コース設定が一般登山客と同じで混乱があったり、木の根を傷めてしまったり。

僕は決してイベント屋ではありません。けれどもアスリートとして海外の多くのレースに参加しているので、日本の誰よりも多くのレースを見てきています。だから、レース自体の質を上げ、日本にあったレースの在り方を提案しているのです。これまで仙台から九州まで、いくつものレースを主催者側から考案してきました。

K:トレイルランという言葉を知ったのは、僕は石川さんに会ってからかもしれない。石川さんのトレイルランとの出会いはどんなだったのですか?

I:僕はずっと小さい頃からサッカーをやっていて、大人になってもずっとサッカーで生きて行くつもりでした。ところが、突然レゲエという音楽にのめり込んでしまったのです。ドーナツ盤と呼ばれるレコードを買いあさり(今も)、クラブでバイトを始めてしまうほどに。そうしたら、音楽好き仲間が結成しているサッカーチームの助っ人に行くようになって、いろんな人に出会って、そこでアドベンチャーレースというものを知ったことがきっかけです。MTBなどにも惹かれましたが、道具を使わないシンプルな“走る”ことに、どんどん惹かれて行ったのです。当時から山岳マラソンなどレースはあったのですが、その頃は意識したこともなく、神奈川の丹沢という山に住んでいたこともあって、2〜3年の間、ただ黙々と山を走っていました。その頃に、いろいろな山がある、山ってまだまだ沢山ある、とトレイルランの楽しみを知ってしまったのです。

K:走っているときって、何を考えていますか?

I:トレイルにもよるのですが、やはり先を読みながら走っていますね。このカーブの先はどうなっているか。見えない先を想像しています。でも、普通に日頃の仕事のことなどを考えていたりするときもあります。サーフィンと同じですね。

K:サーフィンとトレイルランとの共通点はどんなところでしょう?

I:街にはない自然のフィールドを使った遊びというところでしょうか。同じフィールドでも、季節やその日の天候、時間によって、毎回違った魅力を持っているところがある。まあでも単純に、トレイルランも楽しいし、サーフィンも楽しいです。

K:トレイルを走るのに好きな季節はありますか?

I:冬が好きですね。日本のトレイルは特に山が多く、森の中を走ることが多いのです。だから、木々から葉が落ちて視界が広がるので、それは走っていて気持ちのいいこと。しかも足元は落ち葉でフカフカしていて柔らかいのです。それに、暑さはどうしようもないけれど、寒いときは動いて体を温めればいいわけですから。

K:森の中を走っていたら動物との遭遇もあるんですよね? 何か面白いエピソードはありますか?

I:日本でも海外でも熊に会うことがたまにあります。でも不思議と最初の感情は「やった、会えちゃった」といった嬉しさがあるんです。その後に「まてよ、やばいかな」と冷静になってくる。でも、今まで襲われたことはありません。一番危険なのは、鉢合わせをすること。人間が顔の前に飛び込んできたハエを払いのけるように、熊だって突然鉢合わせしたら、自分を守るために攻撃してきます。
だからフィールドに出ると五感を大切にしています。熊だけでなくカモシカやイノシシなど獣は匂いが強いので、鼻では匂いを嗅ぎ、耳では鳴き声を聞き、獣を察知したら、手を叩いたり大声をあげたりして自分の存在を知らせます。獣だって人間に会いたくはないはずですから。

一方でカモシカに助けられたこともありますよ。遭難に注意しなくては、と思いながら走り始めた標高2,500mの古く朽ち果てたトレイルでのことでした。雨の中ひとりで走っていると、やがて道の分岐がやってきました。迷いながらも決めた方向に向かって走りだすと、カモシカが突然鳴き出したのです。まるで「そっちじゃないよ」と教えてくれているように。そこで、引き返してもう一つの道を進んだら、それが合っていたのです。

K:へー、カモシカに道を教わったのですね。凄い。そんなトレイルの走り方については、何かこだわりみたいなものはありますか?

I:例えばマラソン選手は走りの専門ですが、トレイルを走っても速いかと言えば、そうとも言えない。むしろ球技をやっている人の方がトレイルランには向いていると思うのです。理由はトレイルの状況の変化に合わせて複雑な動きをするからです。

僕は「流れるように走る」ということを心がけています。そして、木や石などを蹴散らさず静かに走る。路面に走らされることなく、自分で走っているんだぞという気持ちも大切にしています。そうしたことを含め、僕の中での究極は「動物のように走る」ですね。犬の散歩のときや、カモシカに出会ったときなどは、足の着地や足の流れから走りを学んでいます。

K:動物から学ぶ、ですか。なるほど、説得力があります。とはいえ、怪我がつきものだと思うのですが、今までで大怪我したときのことを教えてください。 

I:基本的に怪我はしないほうなんです。転ばないバランスの良さが自慢というか。でも昨年、大転倒したのが今までで一番大きかったですね。そこから学んだことは、やはり気の緩みから怪我は起こる、ということ。

普段なら体が温まってきたら、そろそろペースあげてみようか、と体と相談しながら走るのですが、その日は取材で、体が温まっていないのに急に体を動かしてしまった。そしたらグキッとやってしまいました。

K:欠かさないトレーニングなどありますか?

I:休みを意識的に作っているのですが、そんな日でも心拍数を一日一回は上げるようにしています。「ゼイゼイ、ハアハア」と言う時間を作るということです。駅からの帰り道を走ってみたり、アスリートとしての意識を上げるためにもやっています。

K:長い長いレースを終え、ゴールしたら、何を一番したいですか?

I:単純にお腹いっぱいご飯を食べたいと思いますね。実はここ1年半ほどベジタリアンになっています。乳製品はとるのですが、肉と魚は食べていない。今は自分の体をテストしている、という感じです。欧米のランナーに結構ベジタリアンがいたりするし、無駄に動物を殺さなくてもいいんじゃないかな、と思うところもあって。 

K:いろいろ進化していますね。では最後に海外の方へ、日本のトレイルランの魅力を教えてください。

I:日本のトレイルはいい意味でテクニカルなんです。海外はトレイルが整備されていて走りやすいところが多く、危険も少ないのですが、日本はネガティブな言い方をすれば、手入れが行き届いていない。でもそれをいい方に考えると「自然のまま」なんですね。

日本のトレイルはほとんどが山頂を目指しているというのが特徴です。だから、頂上にたどり着けば、高いところから壮大な景色を見下ろせます。


石川弘樹という動物は、今も進化している。素直にそう思う。進化とシンプルは、違うようで同じではないかと僕は思っているからだ。ベジタリアンという食生活について、自分の体をテストしている、という感覚も、力が入っていなくてとても好感を持てる。そして、山を走り、五感を磨く環境にいる時間が長ければ長いほど、人間から動物に戻れるのではないかとも思う。ん? 戻れる、ということは退化だろうか?

この際、進化だろうが退化だろうがどうでもいい。ただ、石川弘樹さんのおしりに尻尾が生えてくるかもしれないので、みんなで注意して見守りましょう。