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特徴

2010
34 号
ショーン・ホワイト インタビュー
By ガードナー・ロビンソン [写真:ニール・ハートマン]

先日、僕はオリンピックの金メダルを見せてもらった。それはまるで、その日に出会った人の赤ちゃんを抱いているような感じだった。キラキラと美しく、落とさない様に気をつけながらそっと顔をながめるのだが、思ったよりもはやく持ち主に返してしまったのだ。心のどこかに自分の子供ではないという後ろめたさがあったのだろうか?

ショーン・ホワイトには2つの『赤ちゃん』がいる。1つはイタリア、トリノ生まれでもう4歳になった。今回僕が見せてもらったのは、彼がバンクーバーで魅せた、あの圧倒的なパフォーマンスで勝ち取った金メダルだ。2日間におよぶ日本取材凱旋ツアーを終え、ロスへ戻る直前の彼に話を聞いた。

滞在していた渋谷のセルリアンタワーホテルで、アウトドアジャパンの最新号を読むショーン。バリ島のパダンパダンでのサーフセッションの記事が気になったようで、その話からインタビューがはじまった。


ショーン(以下SW): リーフは危なくなかった?

ガードナー(以下GR):僕はその場所には行っていないんだ。クタやジンバランの小さめの波を追いかけていたからね。バリでサーフィンしたことがあるの?

SW: 前にウルワツでセッションしたよ。すごく楽しかったけど、転んだ時にリーフでかかとが穴だらけになっちゃってね。モルジブでもセッションしたけど、あれは最高だったな。

GR:もう日本には何回も来ているよね。

SW:12歳の時が初めてだから、もう今回で30回目になる。すごいでしょ?

GR:日本に来る時は仕事の合間に遊んだりもするの?

SW:もちろん! それが日本のいいところじゃないかな。 例えばバーモント州なんか滑る以外にすることがないけど、日本に来ると東京で何日か遊んだりできるし、帰りにハワイにもよれる。せっかく上を通過するくらいならよらないとね(笑)。

『言葉も通じないし、何を食べたらいいか分からないから日本は苦手だ』っていう友達もいるけど『今度は俺が日本を案内するよ!』っていつも言っているんだ。少しでもこの国のことがわかれば、きっと好きになると思うからね!

GR:日本の山についての印象は? 

SW:レッドブルの企画で『Big in Japan』っていう作品を撮影した時に日本のバックカントリーをとことん楽しむことができたんだ。名前は正しく発音できないけど、アルツ磐梯やニセコ、十勝岳なんかもハイクしたよ。マジで、ヤバかったね。信じられない量のパウダーだった。 スプレーはオーバーヘッドサイズだったね!  

僕にとって、あのトリップは忘れられない思い出なんだ。 普段は大会に向けての練習があるとか、体を休ませなきゃいけないけど、あの時はひたすらフリーライドを楽しむことができた。友達と悪ふざけをしながら1日1日を満喫したんだ。BBガンを片手に走り回ったりしてね。おかげで胸中がBB玉の痕だらけだったよ(笑)。

GR:東京ドームでのX-trail Jamや札幌のトヨタBig Airにも参加したことがあるよね。

SW:特にトヨタにはよく参加したよ。初めて大きな大会で優勝したのも札幌だった。(金メダルを取り出しながら)見てみてよ、これ、2つ目なんだ。すごいでしょ? 空港のセキュリティーの人もビックリしてたんだ。『何コレ…おおっ!』って(笑)。今思うとすべてはあのイベントから始まったんだよね。

GR:金メダルをドライクリーニングに出したっていう噂を聞いたんだけど?

SW:そうなんだよ。いろんな人に見せているうちにヒモがよごれちゃって。それでお母さんが知らないうちにドライクリーニングに出しちゃったんだ。『ねぇ、メダル知らない?』って聞いたら『あら、クリーニングに出したわよ。心配しないで』だって(笑)。クリーニング屋さんはメダルをハンガーにかけた上にビニールでラップして持って来てくれたんだけどね。笑っちゃうよね。

GR:日本のファンについてはどう思う?

SW:とても素晴らしいファンだと思うよ。どう説明したらいいかな… 例えば街中を歩いていて僕のまわりに人ごみができちゃったとしても、日本のファンは人が嫌な気分になる様なことは絶対にしない。ノーといえば分かってくれる。でもアメリカだとそうはいかないんだ。『シャツにサインして!』とか『写真もお願い!』ってしつこいからね。しかもその直後にオークションに売られちゃったりするし。

X-trailに参加した時のことなんだけど、30人くらいの観客が同じ帽子をかぶっていてね。なぜかそこに僕の顔がでっかくプリントしてあるんだ。とても不思議な光景だったよ。異国の地で、たくさんの自分の顔が他人の頭の上からこっちを見ているんだ(笑)。とにかく日本のファンは素敵だと思う。来るたびに楽しいプレゼントもたくさん届くし、うれしいよ。

GR:レッドブルが君のために用意したスーパーパイプが話題になったけど、もう取り壊したのかな?

SW:ほんの数ヶ月の間の話だったんだけど、とにかく噂が一人歩きしちゃって大変だった。『リゾートをまるごと購入したのか?』とか『レッドブルのヘリがカリフォルニアまで迎えに来て、そのまま山に直行なんだろ?』って聞かれたよ。『いやいや、プライベートジェット機で山まで行って、そこからヘリだよ』なんてね(笑)。

でも、あのパイプについては2008年の夏頃から考えていたんだ。撮影をするためだけのプライベートなパイプがあったらいいよね、って。 特にオリンピックの前だからいろんな局が映像をほしがることも分かっていたし、ヘリを使ってすごい映像を撮ったらみんな喜ぶだろう、って話になった。ついでに新しいトリックを練習できたから一石二鳥だったよ。 

今じゃスキー場にいって集中して練習するのはもう不可能に近いんだ。追っかけられたり、携帯で写真を撮られたり、大変なことになっちゃうからね。

GR:今でもスキー場で滑ったりするの?

SW:うん、たまにね。友達と滑りに行ったり、パークで軽く遊ぶのは好きだからね。でも集中してトリックを磨くとか、パークで長い時間練習したりするのは無理だね。人が集まってしまうと、いつ何が起こるか分からない。実際、家の近くのスケートパークで練習していた時にはランプの上に人が大勢集まっちゃって、そのうちの一人が手を滑らせてボードを落としちゃったんだ。僕が滑っている最中にだよ。それで足首に9針縫う怪我をして、その後3つの大会に出られなくなってしまった。一瞬の出来事だった。でもそれでアウトさ。

そんなこともあったから、どうせ作るなら本気でやろうよってなった。でっかいハーフパイプを作って、最後のエアーの着地するスペースに大量のスチロール材を集めてトリックを練習できるようにもした。モトクロスではそういう練習をずっとやっていたし、ハーフパイプでもそれをやってみたかったから。 

あっという間にパイプの噂が広まって、気づいたらあっちこっちに同じようなハーフパイプができていた。みんなも欲しかったみたいだね(笑)。ナイキもマンモスにでっかいのを作ったし、ニュージーランドにはエアーバッグ付きのパイプが何個かできたんだって。ダニー・キャスがエアーバッグに着地して足を骨折しちゃったらしいけど、残念だよね。

実はね、僕も着地の時に足首の骨が欠けちゃったんだ。それがあのパイプでの最後のセッションになったわけだけど、まだまだ安全ではないんだ。着地の時、スチロール材がボードにくっつくし、トランポリンにみたいに沈んで弾んでしまう。その時はダブルマックツイストの練習中で、1080(3回転)だからフェイキー着地だったんだけど、後ろ足がすねにくっつくくらい前屈みになって、スチロール材にだいぶ圧力がかかってしまった。次の瞬間、延びた足首の下から『ポン!』って弾かれて骨が欠けちゃった。USオープンにも出られなかったし、その夏はスケートすることもできなかった。何もできなかったよ。何よりあんな形で終わるのが残念だったな。でもパイプのウォールにぶつかって怪我したわけじゃなくて、スチロール材の上っていうのはちょっと皮肉だよね(笑)。

GR:その後、子供の頃によく夏休みを過ごしたマウント・フッドに行ったんだって?

SW:うん。4、5年ぶりだったけど、楽しかった。せめてもの心の救いだったよ。子供の頃の心のよりどころだった場所からね。

あの頃は一日中滑って、そこから暗くなるまでずっとスケートしていた。最初はウィンデルのサマーキャンプに参加していたけど、途中からハイ・カスケードに参加するようになった。設備もよくなって、もっと山に近かったからね。僕はまだ小さかったから、ハーフパイプを滑りおりても一人でハイクアップできなかった。そのうちに一番近くにいた人が僕を背中に乗っけていってくれるようになったんだ。バインディングも外さずに、そのままパイプの上までおんぶしてもらったんだ(笑)。 今でもその映像があるよ。ボードをはいたままの僕をおんぶしながらパイプを登っているお父さんの写真もある。とにかくいろいろと手伝ってもらったよ。

GR:ずいぶんと献身的な家族だね。

SW:そうだね。僕のために車内泊できるミニバンまで購入してくれたんだ。ティンバーラインロッジの駐車場で夜を過ごして、朝になるとロッジの洗面所を借りて、一日中滑って、スケート場へ直行する毎日を過ごした。むちゃくちゃな日々だったけど、とにかく楽しかったよ。

GR:僕はオレゴン育ちだからマウント・フッドやバチェラーで滑ってきたけど、君のホームマウンテンはどこになるの?

SW:子供の頃はビッグベアーやスノーサミットで滑っていたけど、今はパークシティーにサポートしてもらっている。(家のある)ロスから飛行機で1時間、プラス車で20分くらいで着いちゃうからね。ここ何年かは22フィートのパイプもあるし、最高だよ。パイプは頼めばいつでも用意してくれる。シーズンに入っちゃうと試合の合間に練習できる日が少ないから、これが本当に助かるんだ。みんな僕が山にこもってあのパイプで練習していると思っていたみたいだけど、実際にはそうはいかないからね。2、3日ほど練習したら大会へ行くとか、インタビューだったり、なにかしら仕事にいかなきゃいけないからさ。

GR:試合前のおまじないとかあるの?

SW:いくつかあるよ。でも効果がずっと続くとは思ってないし、その年によって違ったりする。例えば2006年のシーズンは最初のイベントで優勝できたけど、滑る直前にACDCの『Back in Black』を聞いていたんだ。せっかくだからと思って次のイベントでもその曲を聞いてみたら勝っちゃった。その次もその次も勝っちゃってね。そしたらもう、その曲を聞かないわけにいかないでしょ(笑)。スロープスタイルだろうと、レールジャムだろうと、ハーフパイプでも、結局そのシーズンは一度も負けることがなかったよ。 

ラッキーシャツも何枚か持ってるよ。16歳の誕生日パーティーでオジー・オズボーンのライブを見に行ったことがあって、そのライブでTシャツを買ったんだ。ある大会でジャケットの下にそのシャツを着たら優勝しちゃってね。だからオジーのTシャツを毎回着た時期もある。

あと、オリンピックのことを話す時は絶対に『優勝する』とは言わないことかな。その場所にたどり着くまでにものすごい努力と準備をしないといけないから、ジンクスをかけたくないんだ。『うまくいけば、こうしたいな』みたいな感じで話をするようにしている。前のオリンピックの時にそういう言い回しをしていたら、記者のみんなもそれに協力してくれてね。『優勝したらどうします?』なんていう質問もしなくなったよ(笑)。

GR:自分のベストパフォーマンスができればどんな大会でも必ず優勝できると思う?

SW:たとえ負けたとしても、自分のベストを尽くして負けたのであればそれは素直に受け入れるし、相手を心から祝福することができる。でも自分のミスで負けるのは辛い。そういう時は、あとでいろいろ考えたりするよ。『あーしておけば、こうしておけば』ってね。 
なるべく目標は高いところに設定しているんだ。自分の目標は完璧な演技を見せることで、だれも届かない領域に行くことだからね。

GR:ツアーに参加する選手達はとても仲がいいように見えるね。

SW:本当はみんな、誰だってオリンピックに出たいと思っている。でも代表になれるのは数人だから、その争いはものすごくハイレベルになる。特にツアーで表彰台にのぼれる実力のある選手ならオリンピックでも活躍できるだろうし、みんな必死だった。でもオリンピックへトライした結果がダメだったとしても、それを敵対的な感情として表すような選手はいないのがスノーボードのいいところじゃないかな。とてもいいことだと思うよ。

GR:オリンピックでの2本目、滑走前のコーチとのやり取りが話題になったね。

SW:テレビで流れちゃったみたいだね(笑)。お互いかなり興奮していたから。

GR:ダブルマックツイスト1260をやると決めたのはその時?

SW:いや、最初からあれをやるつもりでいたよ。もし誰かが自分よりいいスコアを出してきたら、ダブルマックツイストで勝負を決めてやるつもりだった。でも2本目を滑る直前になって僕の優勝が決まっちゃった。まったく前回の五輪と同じようにね。

もう興奮して何がなんだか分からなくなって、手はガタガタ震えるし、優勝した意味なんて分からない状態だった。でももう1本滑る機会が目の前にあったから、『どうしよう?』とは思ったけど、何か特別なことをしたいと思ったんだ。人々の記憶に残るような何かをね。 実は、もしトリノでの2本目をやり直せるなら星条旗を片手にでっかいエアー、観客の上をぶっ飛ぶようなエアーを決めたいと思っていた。そのチャンスがやってきたわけだけど、残念なことに近くに国旗がなかった。ってことで、もう最初から決めていたランしかないと思ったんだ。誰も予想していないだろうとも思ったしね。

コーチは僕のことをよく知っているし、僕にはプレッシャーのある方がいいパフォーマンスができるということもよく分かっている。1本目で通過が決まった予選でも、2本目のランは転倒していたわけだし。だから気が抜けてしまわないようプレッシャーをかけてくれたんだけど、その時の言葉がテレビにはちょっと不適切だったのかもしれない。『やるなら本気で集中しろ! ビシッときめろよ!』って言ってくれただけなんだ。おかげで目が覚めたというか、集中してドロップインすることができた。最後のトリックを決めた後はもう、心臓が爆発するかと思ったよ。

GR:最後のトリックを成功させるのに少しスピードが足りなかったように見えたけど。

SW:そう。だから最後は少し強引にまわし込んだ。何が何でも着地を成功させるつもりでいたからね。その前のフロントサイド540の着地がフラットだったから、エッジを使ってスピードをつける必要があった。その着地がうまく決まっていればもっとスムーズにできたはずだけどね。

それでも人々の記憶に残るような滑りができたと思っているよ。いろいろな人が『あのランは信じられないくらいすごかったね!』って言ってくれる。でもね、ずっとあのトリックのことを考えてきて、体中アザだらけになるくらいの練習をして、X-Gameでは顔から着地までしたから、決めないわけにはいかなかったんだ。きちんと向き合うことを忘れた瞬間にボコボコにされちゃうようなトリックだから、メイクできて本当によかった。

GR:年々トリックが大きく、そして難しくなってきているけど、このスポーツの可能性の限界に近づいていると思う?

SW:いや、そうは思わないよ。僕はもっと進化できると思っている。数年前まではパイプのサイズも16フィートだったけど、今は22フィートでしょ。おかげでもっと高く飛べるし、もっと回転できるようになった。今回初めてスチロール材の中に着地するスタイルの練習も取り入れたけど、今後はそれがあたりまえの時代になっていくと思う。次の世代のライダー達はそんな環境で育っていくんだから、未来はきっとスゴいことになるんじゃないかな。とても楽しみだよね。

そして、今回のオリンピックは今までのハーフパイプのイベントの中で一番エキサイティングだった。まるでハーフパイプというスポーツに新しい息吹が吹き込まれたようだったよ。

GR:やっぱりX-Gameやスノーボードツアーのイベントとは観客の雰囲気も違った?

SW:オリンピックには他と比べ物にならないくらいのインパクトがある。今じゃ、世界中どこを歩いていても、若者だけじゃなくて年配の人でも僕を知っているからね。

あのランが終わってからとにかくいろいろなことが流れ込んでくるんだ。クリスマスでもないのに、まるでサンタさんが帰りたくないから次々とプレゼントを用意してくれるみたいにね(笑)。オバマ大統領も全米に僕を祝福するスピーチを届けてくれたし、翌日にはローリング・ストーン誌からまた表紙に載せたいってオファーがきた。『やった!』って感じだったね。

でもそれだけじゃないよ。山のようにインタビューの依頼がきたし、メダルを獲った直後にはテレビ生出演のオファーがあって、『今からプライベートジェットで迎えにいくから準備してね』だって(笑)。で、ニューヨークに飛んで、雑誌の撮影があって、その日の証券取引所の締めの鐘をならして、それからテレビに出て…… とにかくこんな感じがずっと続くんだ。先日はミラノのファッションショーに呼ばれて行ってきた。メダルを穫ってからまだ一週間だけど、とにかくクレイジーな毎日だよ。

GR:トリノ五輪と今回のバンクーバー五輪、どう違った?

SW:トリノ五輪で優勝した頃は生活の全てが変わっている最中だっ。ようやく自分の実力を世間に認めてもらえたけど、身の回りのめまぐるしい変化に慣れていなかったな。でも今回は優勝を期待されていたし、僕自身もできると信じていた。まさかこんなにうまくいくとは思ってなかったけどね。まるでおとぎ話みたいだよ。

GR:トリノ五輪で印象に残っていることは?

SW:正直、よく分からない。現地入りして、3日間くらい練習して、開会式があって、競技が終わったらすぐ解散だったからね。『オリンピックに参加した感想は?』ってよく聞かれたけど、なんて答えていいか分からなかったな。バルドネキアというトリノから3時間くらい離れた場所でイベントが開催されたんだけど、他に何もないところだったしね。その点、サイプラスはバンクーバーから20分くらいの場所で街へ出かけることもできたし、オリンピック村に何日か滞在して後、サイプラス近くの別荘に移って準備をするという動きもできた。

GR:長野五輪の時は来日していないよね?

SW:まだ子供だったからね。11歳くらいかな。ちょうどその頃、やっとスノーボードもオリンピックの競技として認められて、みんな喜んでたよね。次のソルトレイク五輪は15歳だったけど、0.3ポイント差で出場を逃したんだ。

アメリカでの開催だったからパークシティーはお祭り騒ぎだったよ。とても見応えのあるイベントだったしね。ロス・パワーズが一発目にすごいエアーをかましたんだ。あんな小さなパイプだったのに、ぶっ飛んでた。結局、長い間不調だったアメリカが表彰台を独占して、メディアも大騒ぎになったんだ。これは国際大会を経験してみないと分からないことだけど、国を代表して活躍するとみんながひとつになって喜んでくれる。『アメリカ、来たー!』ってね(笑)。

でも、出場するチャンスを逃したことで、五輪への思いはとても大きくなっていたんだ。いろいろな人が心配してくれたけれど、僕にとってはとてもいい経験になった。もっと強くなりたいと思えたからね。そして今シーズン、マンモスでダニー・デイビスに負けたのは人生で最高の出来事だったかもしれない。次の日にはパークシティーに戻って、ダブルマックツイストを体得したんだ。負けた次の日にだよ。負けた時にどう反応するかは人それぞれだけど、僕の場合は『二度とこうならないように、何ができるか?』を考えるんだ。

GR:基本的にどのイベントにも同じボードを使っているの?

SW:そう。バートンからでているシグネチャーモデルのホワイト・コレクション、156cmを使ってる。ジャケットからブーツ、グローブ、ヘルメットまであるんだ。特にチューンはしてなくて、スロープスタイルのイベントの時だけエッジが効きすぎないよう調整するくらいかな。だけど、今シーズンいろいろな選手のスタンスを見て思ったんだけど、みんなスタンス狭すぎない? ダニー・デイビスのスタンスなんか狭すぎてびっくりしたよ。よくそれで滑れるね、って。僕は別に背が高いわけでもないけど、ワイドなスタンスで滑るんだ。その方がパワフルだからね。

GR:スノーボードからスケートへの切り替えってどんな感じ?

SW:これがなかなか大変なんだ。スケートからスノーボードへの切り替えは簡単なんだけどさ。毎回トリックを覚え直さないといけないからね。不思議な感覚だよ。特にマックツイストを覚え直す作業はけっして楽しいものではないね(笑)。

GR:いつかスケートボードとスノーボード、どちらかを選ぶ日が来るかな?

SW:そうだね。将来、スケートボードがオリンピックの種目になるは間違いないと思う。その時は参加するために自分の全てをつぎ込んでみたいと思ってるんだ。大きな挑戦になるけど、きっとやりがいがあるよね。今はスノーボード中心の生活を送っているから、いくらスケートが好きでもそんなに時間をつぎ込めないんだ。だからどっちか1つならスケートを選ぶよ。毎日同じものばっかり食べていたら他のメニューも食べたくなるでしょ? それと同じさ。

GR:けっこう近いうちにその日がくると思う?

SW:ロンドン五輪か、遅くてもブラジル五輪にはスケートボードが正式種目になっていると思う。でも、もしそうなったら大変なことになるね。 だって、オリンピックがあって、1年たって、また次のオリンピックが来て、そしてもう1年して、もう次のオリンピックが来ちゃうんだよ。夏、冬、夏、冬って。そんな生活をしていたらきっと頭がおかしくなっちゃうでしょ(笑)。

GR:リラックスしたい時は何をするの?

SW:うーん。常にプレッシャーと向き合って生活をしているから、なかなか心からリラックスできないんだ。子供の頃、宿題をやらなきゃいけないのに遊んでいたことってあるでしょ? それと一緒で、いつも頭のどこかに『練習しなくていいの?』って考えている自分がいる。何もしなくていいのに、何かしないと落ち着かないんだ。

16歳の時、X−Gamesでベストアスリート賞をもらった時の副賞がギターと車だったんだ。フェンダーのストラトキャスター。それがきっかけでギターを始めたんだけど、すっかりハマっちゃってね。サーフィンやスケート、スノーボード、そして友達とサッカーもするけど、ギターは体を動かさない唯一の趣味だね。

旅をする時には必ずギターを持っていくんだ。今も部屋にレスポールがあるよ。今回はヨーロッパから直行してきたからアンプを持ってきてないけど、普段はアンプやペダル、機材をもろもろを持ち歩く。カッパーマウンテンには大会もあって1ヶ月ほど滞在したけど、その時はマーシャルのでっかいアンプを買いそろえて持ち込んだんだ。かなり爆音を響かせていたから、となりの部屋の人たちは大変だったと思うよ(笑)。

ギターを弾くのは大好きなんだ。基本的に人前で何かするのは大好きだし、弦を弾くだけで音を人に届けられる。滑ったり競ったりするのと同じで、人の心を動かせるのも魅力だね。

だけど、僕が普段どれくらいの機材を引き連れて旅しているか、みんな想像もできないだろうね(笑)。おかげでいろいろな地域に一緒にセッションする仲間ができたよ。地元のバーに行って『セッションできる人いる?』って聞くんだ。コロラドやロス、カールスバッドにもセッション仲間はいるよ。

GR:ローリング・ストーン誌の表紙になるっていうのは君にとって特別な出来事だったわけだね。

SW:そりゃ信じられないくらいうれしかったよ。2回目だったしね。スポーツ選手でローリング・ストーン誌の表紙を飾ったのは僕を含めてたった3人だって知ってた?

GR:他の2人はだれなの?

SW:モハメド・アリとマイケル・ジョーダン。ヤバいでしょ? しかも2回目は僕だけなんて!

GR:次の冬季オリンピックには参加するのかな?

SW:ちょうど今日、朝食の時に友達ともその話をしたんだ。『ソチ五輪には出るの?』って聞かれて『4年後はまだ27歳だしね。きっと行くと思う』って答えたよ。また大きな挑戦が待っているんだろうね。