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特徴

2016
Issue 60 (Summer 2016)
地 底人のホームシック・ブルース
By 三好利恵

もしダイヤモンドにちりばめられた部屋に入ってみたらどんな気分になるでしょうか。壁も床も天井もまばゆいばかりに輝いていたら、きっとその美しさに思わずため息をついてしまうかもしれない。吉田勝次にとって洞窟の探検はそんなときめきに満ちている。

吉田は大阪生まれの49歳。洞窟探検では20年のキャリアがあり、日本ではその道の第一人者として知られている。子供の頃から彼はすでにアウトドアで過ごすのが好きで、23歳まではトレッキングに情熱を傾注していた。そしてある日、雑誌に掲載されていた洞窟探検の記事と出会うことになる。

「インターネットのない時代でしたから、その記事の最後に載っていた連絡先に直接電話して次の探検に連れてってくれるようにお願いしました」

その浜松ケービングクラブから教えを受けながら吉田は愛知、岐阜、滋賀そして三重へと週一のペースで探検に出かけるようになった。やがて3ヶ月もすると彼はひとりで探検に出かけるようになり、ジャパン・エキスプローレーション・チームを組織する。この団体は洞窟への探検の方法を教えるだけでなく、レスキューやナビゲーションの訓練も目的としていた。「ハイキングで道に迷ったり怪我をしてもヘリコプターやレスキュー隊が助けにきてくれますが、洞窟の中では仲間だけが頼りになります。だから洞窟探検を練習するときは、レスキューの方法も同時に学ばなければなりません」と彼は語った。

彼の探検はいうまでもなく未踏の地であるから携行する道具も緊急事態を想定したイクイップメントが中心だ。さらに彼は「レスキュータイム」を設定し、一定の時間内に彼が戻らないときは不測の事態が起きたという知らせになっているという。

さて、洞窟探検家は日本では少数だ。探検には時間がかかるし、フィジカルなトレーニングも必要だからだ。さらに余暇を利用して楽しむような趣味としての魅力も薄い。何日もかけて壁に穴を掘り、暗闇の中を這って新しい洞窟の入り口を探さなければならないからだ。日本には洞窟は無数にあるが、それを発見するための時間が足りず、探検の愛好者も週末を利用しておなじみの洞窟を探るだけというのが現状だという。  吉田がプロの探検家として登場するまでは日本で月単位のような長期のミッションをおこなうことはだれにもできなかった。雑誌の原稿料やTV番組が彼の探検への情熱をサポートした。「計画してプロになったわけではないけれど、自然の流れでこうなりました。どんなチャンスも受け入れてきた結果かもしれません」吉田の無事故の記録はプロの洞窟探検家としての信頼と信用の実績となり新しい探検への足がかりとなっている。

風と水

吉田はバックパックからレーザートラッカーを取り出した。それは初めての洞窟でもたどった経路を記録することができるツールだ。だが洞窟の先になにがあるかわからない。吉田の場合は、洞窟の入口やその成立ちで内部の様子を少しは知ることができるという。「風と水はナビゲーションの要素として信頼できるといえます。洞窟に入り込む風は気温差を生じさせます。洞窟の中と外では温度が変わるんです。もし水が流れていればその流れを私は追跡します。洞窟の入り口が狭くてもたいていその先は広いことが多いのです」と語って、彼はクレバスを指先と脚を曲げながら通り抜ける方法をやってみせてくれた。私たちのほとんどは、暗闇につづく洞窟には閉所恐怖症的な恐ろしさを感じるだろう。だが吉田にとっては、未知の大きな地下世界へとつづいていると思うと興奮さえ感じるのだ。洞窟に入ると吉田はどんな地形にでも対応できるように準備を備えるという。

「洞窟探検のために、野外活動で身体を鍛える必要があります。ロープを使って狭い壁を登ったりキャンプをしたりします。それをチムニーイングと私たちは呼んでいます。水があれば浮き具やスキューバダイブをするときもあります」と彼は説明した。無数の洞窟や地下の湖に出くわしてしまうこともよくあるから、吉田は常に通ってきた経路を覚えて戻り方を記憶している。事実、水中に潜っているときでさえ考えていることは戻るときのルートだという。

洞窟探検は精神的な強さが求められる。たとえば人間は太陽の光によって目を覚ます。しかし洞窟の中で光といえるものはヘッドランプだけなのだ。自然光のない世界で生活をするのは難しい。だからチームでは交代で朝起きる順番を決めている。「そうしないと永遠に眠りつづけますからね」と吉田は冗談を言った。極度な環境に過ごすために、洞窟探検をするたびに高熱を出してしまうと吉田は言う。それに対処するには睡眠しかないのだそうだ。「3日もすれば元気になりますよ」と彼は楽観的に答えた。

彼はあまり水を携行しない、地下の川やジャングルにいれば雨水を集めてそのまま飲料とする。虫がその中に混じることもしばしばだが気にしない。地下ではミミズを食べることもあるという。「洞窟の景観は驚くほどすばらしいですが、それ以外に楽しみはありません。狭いスペースで気温は凍えそうに寒いし、身体は痛いところだらけ。でも温かい食べ物は気持ちを楽にしてくれますよ」と彼は言う。

何が地底に横たわっているか

洞窟には外界とはまったく違った生態系が存在している。気温は一年を通しておなじだ。東北の洞窟は5℃だが、沖縄の洞窟は20℃から21℃。吉田が洞窟で発見するものはミステリアス系からアラーム系までとその幅が広い。たとえば透き通った魚、暗闇で目を失った昆虫やオタマジャクシ、そして数年前に行方不明になっていたアマチュアの洞窟探検家の死体と出くわしたこともあった。吉田のチームはその死体を発見したとき、彼らで外に運び岐阜警察に知らせたという。

「死体の発見はショックというよりも驚きのほうが大きいです。私より先にここへ到達していた人がいたという意味においてで尊敬の念を覚えます」。彼は数百年前の村の遺跡と死体を発見したこともあり、人類学の知識を増やした。洞窟はいわば冷蔵庫のような状態で死体の腐敗を防ぐような環境でもあるのだ。

吉田は洞窟の環境に影響を与えないようにゴミは持ち帰るようにしている。今日まで吉田が踏破した洞窟探検は23カ国にもおよび、そのなかにはマダガスカルやイランも含まれている。

最近では、彼はラオスに注目している。そこはおそらく世界でもっとも大きな洞窟が存在している可能性があるからだ。これまで彼は2.5kmまでは川に沿って踏破している。

もうじき50歳の誕生日がやってくる吉田だが、彼の情熱はいまだ冷めてはいない。「たぶんいつまでも洞窟探検はつづけるでしょう。そして洞窟の中で死んで、だれかが私を発見するかもしれませんね」と真顔で答えた。彼のこれまでの人生を総括すると、彼は“道”と答えた。「深海、宇宙、そして地下とまだ人類が踏破していない3つのエリアが存在しています。私は人がすでに到達している洞窟には興味がありません」と彼は言う。「その先になにがあるのかわからない。それが楽しいんですよ」。吉田の新しい「道」の追求はこれからもつづく。 ✤