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特徴

2016
Issue 58 (Winter 2016)
東北三陸の海を蘇らせる
By  ボ ニ ー・ ウ ェ イ コ ット

2 0 1 1 年 3 月 1 1 日 、日 本 の 近 代 史 上 もっとも 大 きな 地 震 が 発 生 。それ が 引 き 金 となって 巨 大 な 津 波 が 東 北 地 方 を 襲 った 。 がれき そ の 大 災 害 の あ と 、ダ イ バ ー の ボ ラ ン テ ィ ア グ ル ー プ が 立 ち あ が っ た 。 海 中 の 瓦 礫 を 除 去 し 、 海 の 漁 場 を 復 活 さ せ て 、 幾 世 代 に わ た っ て つ づ い た 漁 師 た ち の 生 活 を 取 り 戻 さ せ ようと い う 取 り 組 み で あ る 。 さんりく おおふなと こいしはま 大 災 害 か ら 4 年 半 が 過 ぎ 、 ボ ニ ー・ ウ ェ イ コ ット が 三 陸 海 岸 と 岩 手 県 の 大 船 渡 市 の 小 石 浜 を 再 訪 し 、 ボ ラ ン テ ィア の 活 動 を 取 材 し た 。

濃紺の海につながれたロープにはたくましく成 長した帆立貝やホヤ貝が見え、そこに付い た海藻や昆布がゆっくりとたなびいている。 小 さ な ク ラ ゲ 、そし て 餌 に 集 ま る 小 魚 の 群 れ。水面にはトーチの灯りがわれわれを巨大なカーテンの よ う に 映 し だ し て い る 。 私が訪れているこの小石浜のホタテ貝の養殖場は、日 本各地から集まったボランティアダイバーたちによる東北 の海の再生プロセスのひとつに過ぎない。この取り組み がはじまったのは、タイでインストラクターの仕事をしていた 岩手県出身のサトウ・ヒロシ氏が、故郷を心配して震災直 後に戻ってきたのがきっかけだった。ある日彼は、ひとりの 漁師から海底にある漁具や船の部品を回収してほしいと 頼まれ、そのきっかけが大規模な海底の回収事業へと発 展した。


ダ イ バ ー た ち は 三 陸 ボ ラ ン テ ィ ア ダ イ バ ー ズ と 呼 ば れ 、 毎日のようにダイブして作業に従事している。ダイバーた ち の 役 割 は 6 ~ 1 0 m の 海 底 に 潜 っ て 、 専 用 ボ ート が 車 や 大木を吊りあげるのを補助するために瓦礫を取り除くことだ。彼らは水中に潜ってロープを大きな障害物に巻きつけ る。陸上のボランティアたちはダイバーからの合図を受け ると(合図としてロープが2~3回引かれる)、ロープを引い て障害物を海から引きずりだす。彼らはまた陸に上げられ た瓦礫を処理する役目も担っている。

三 陸 海 岸 は こ れ ま で 長 い あ い だ 、大 き な 漁 場 とし て 存 在し、多くの人々の生活の糧として支えてきた。しかし震災がすべてを変えてしまった。小石浜では津波がホタテ貝の養殖用の筏を破壊し、40艘あった船のうち残ったのはたった2艘。しかし少しずつ復興は進んだ。ホタテの養殖業者だった17戸の家族のうち16戸がふたたび仕事に戻り、漁 船は毎日、ブランド名の“小石浜ホタテ”を水揚げしている。


ホタテは水深50mにつなげられたロープを利用して養殖され て い る 。 ホ タ テ は ほ と ん ど 無 重 力 の 海 中 で フ レ ッシ ュ な冷たい海水を取り込みながらプランクトンを摂取し滋養とし て い る 。 ボ ラ ン テ ィ ア た ち は 日 課 の よ う にト ー チ を 使 っ てホタテの生育を監視している。貝が死んでいないかロープから外れていないかなどだ。水深20mのあたりでは彼らは 網やワイヤーやプラスチックのゴミなどがロープに絡まっていないかもチェックする。また瓦礫を再利用して漁礁にし、 海藻やワカメを育てて、アワビなどが育つ環境も整備して いる。ダイバーたちは海底の写真や動画を撮影し、水中 の環境の変化も記録している。


ホヤの養殖用として海中に棚も設けられた。サトウさんた ち は 河 川 の 瓦 礫 処 理 も お こ な い 、 サ ケ が 遡 上 で き る ようにした。震災以前、このエリアではサーモンスイムという行事がおこなわれていた。それは水中マスクとスノーケルを着けて、4年をかけて海から戻ってきたサケの遡上を見物するというものだ。地元の養殖業者たちの協力もあり、サケはゆっくりと川に戻ってきているという。ヒロシさんはその養殖で働き、稚魚をじゅうぶんに育てて川に放流している。


彼と彼のグループは、古い家をリノベーションしていずれ そこをダイビングショップにするつもりだ。となりの三陸鉄 道の恋し浜駅(小石浜駅から変更)にはヒロシさんの発案 による小 石 浜ホタテデッキがあり、小さなオフィスと水 中 写真のギャラリーとなっている。このグループは地元の中 学校にも訪れて彼らの活動を伝えている。また社会人向けのセミナーやトークショウを大阪や東京で開催している。 ともできるからだ。毎年、ヒロシさんは東京マリンダイビング・  2 0 1 1 年 の 震 災 は 三 陸 海 岸 を 全 体 で 1 m も 沈 下 さ せ た が 、い い 結 果 も 生 ん だ 。 沈 下 し た と こ ろ が 魚 や ほ か の 生 しゅびょう フェ ア を 訪 れ て 彼 ら の 活 動 報 告 を お こ な っ て い る 。 河 川 の サ ケ の 写 真 を 交 え て 活 動 の 要 点 や アド バ イ ス を お こ な っ て いる。昨年のイベントで彼はこう語った。「この活動を継続 物の種苗場となったために繁殖が盛んになったのだ。


水 草のアマモが広いエリアに群生し、また親潮と黒潮という し広めていくことは重要ですが、それよりもさらに重要なこ 二大潮流が三陸沖でぶつかるために、海藻やホヤが大き なければならない。浪板海岸では観光ダイビングが楽しめ る 。マ ク ロ な 海 洋 生 態 系 が 好 き な 人 なら ば 、気 候 に 恵 ま れたその地域の岩礁の海中植物を探索してみるといいだ ろう。震災から5年目を迎えようとしているなか、三陸ボラ ンティアダイバーズたちは彼らの活動を東北の別のエリア にも広げようと考えている。彼らはチャリティー活動として のダイビングやエコツリーズムのひとつとして発展させよう と視野を広げている。そうすればメンバーは訪れる人々に 自然環境や、その歴史と未来について情報を発信するこ とは、活動に時間を付与してきたボランティアの方々への 感 謝 の 言 葉 で す 」。


地 元 の 漁 師 は「 震 災 は 私 た ち の 生 活 を 変 え てし ま っ た が 、で も 日 本 国 中 か ら い ろ い ろ な 方 々 が 集まって私たちを助けてくれました。それはほんとうに大き な励みとなりました。ここを訪れる人々と出会うことは大き な喜びです。またボランティアの人々には大いなる感謝だ けでなく恩も感じています。三陸ボランティアダイバーたち は活動を継続中だ。彼らの夢はこの地域を以前の状態に 戻すことではなく、瓦礫のなかからよみがえった新しい三陸 海岸を実現することだ。✤


旅のポイント

付きは7,500円。タオル、シャワー、ヘアドライヤー、アメニ 行き方:東北新幹線で東京駅から新花巻(しんはなまき) ティーは装備されている。大浴場が一階に設けられている。

駅までは3時間弱。そこからJR釜石(かまいし)線の急行に 乗り換えて一時間半ほ どで釜石駅へ。そこからさらに三陸 さかり 鉄道の南リアス線の盛駅行きに乗り、35分ほどで恋し浜 駅に到着する。

現地での交通手段:広範囲に移動するならレンタカー がいい。大船渡からタクシーが利用できる。

季節:7月と8月がもっとも暖かい季節で、気温は23°Cから 30°C。1月と2月がもっとも寒く、気温は-5°Cくらいに下がる。 海水温:温度差が激しく、3月から4月にかけては5°C、8月 は28~ 30°C、10月は15~20°C。夏季も5 mm厚のウェット スーツが望ましく、10月以降はドライスーツが必要となる。

宿泊:大船渡にあるホテル椿は改装されて新しく、和室と 洋室が用意されている。朝食付きは一泊6,200円。朝夕食 www.hoteltsubaki.com

インフォメーション:

三陸ボランティアダイバーズ http://sanrikuvd.org ボニー・ウェイコットのブログ記事:

https://bonniewaycott.wordpress.com/2011/11/05/ november-2011-sanriku-volunteer-divers-tohoku-japan/

三陸ボランティアダイバーズと地元の漁師たちは英語が得 意ではない。英語の問い合わせはe-mailによる対応のみと なる。 日本語が喋れない人で、大船渡エリアでダイビン グがしたければ、ボニー・ウェイコットにコンタクトを取るのが いい。

bonniewaycott@gmail.com

もしくはフェイスブック

https://www.facebook.com/RisingBubblesNotesOfANewDiver