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特徴

2015
Issue 55 (Spring 2015)
完璧にノルウェー
By ジェニック・レミエウクス、ピエール・ボウチャード

 文:ジェニック・レミエウクス、ピエール・ボウチャード

訳:李リョウ

「アメリカ大陸を発見したのはクリストファー・コロンブスじゃないぜ、バイキングさ。だろう?」とビヨンが言う。

私たちは火を囲みながらビヨンと会話をした。昨晩、赤レンガの納屋の横に、彼はテントを張らせてくれた。そこには彼が改修中の、築100年ほどの古い家がある。彼は新しいバルコニーをつくるのをすこしのあいだ休んでいた。というのも穴を掘らなければならず、そうするとたいていの場合、矢尻(やじり)のようなバイキングの古い遺物(いぶつ)が土のなかから出てきてしまうからだ。

「穴を掘るだけで書類を用意しなければならないなんてまっぴらさ。それにもし何かが土の中から出てきたら、悪夢だよ」 

ノルウェー海を眺めると、海岸線には薄気味悪い霧が立ちこめていた。赤毛のエイリーク伝説の探検家が今、まさに上陸してくるようなそんな雰囲気が漂っていた。長いノルウェーの歴史は興味深い。それはバイキングの時代(793-1066)に、その北の男たち航海士が海や川を越え、交易や征服に情熱を燃やした。その情熱が、いまもピリオドを打たれることがなく、連綿(れんめん)とつづいているかのようだから。

それは遠征や冒険の時代でもあった。その足跡(そくせき)はノルマンディーやイングランド、スコットランド、アイルランド、ロシア、ウクライナ、トルコ、アイスランド、そしてもちろんグリーンランドやニューファウンドランドにまで残っている。

私たちはいい季節をねらって自転車の旅を計画した。スタバンゲルからノルウェーのフィヨルドを巡る旅だ。計画の全貌(ぜんぼう)は、ノルウェーのノールカップから南アフリカのアラガス岬までの行程となる。じつは環太平洋火山帯を旅しているときにこの計画を思いついた。このときは地震の多い日本の各地も自転車でまわった。私たちの冒険旅行にどんなテーマがふさわしいか、それは感化されやすいということだろう。たぶんこれからもそうなっていく、いくつかの遊牧民的な旅を終えてから、私たちは遊牧民そのものに興味を持つようになった。そして見つけたのが、ヨーロッパの最北端からアフリカの最南端までたどり着いたグループだった。彼らの冒険に誘発(ゆうはつ)された私たちは、彼らの足跡(そくせき)を辿る旅に出ることにした。その旅は「Nomads²ー岬から岬へのサイクリング叙事詩」と名づけた。

というわけで、私たちは紫色のサーリートロールをパッキングして、ノルウェーのスタバンゲルへと飛んだ。ちょっとトレーニングが必要だと思った私たちは、トナカイと暮らす人々がいるラップランド地方へとむかった。これは私たちがリストアップした遊牧民のひとつだ。白夜の夏、ノルウェーのフィヨルドや最高峰の山々が連なるノールカップ地方を走った。1960年代後半に北海ではじまった掘削(くっさく)を機に、スタバンゲルはノルウェーの石油首都として知られるようになった。それは同時に、ノルウェーを世界でもっとも裕福な国にもした。

地勢的にこの都市は水に囲まれているといっていい。海、フィヨルド、そして湖から囲まれているからだ。だから、ここからはじまる私たちの旅がフェリーではじまったのも驚くべきことではないだろう。国道13号線(RV13を走り、有名なプレーケストーレンの断崖にむかう、リーセフィヨルドから高さ600mの岩壁。私たちは無料のロードマップを手に入れた。そこにはお勧めの景色などのナショナル・ツーリストロード(NTR)が記載されてあった。それら18のルートは、大胆なまでに美しいスカンジナビア建築様式に基づいたパブリックロード・アドミニンストレーションが厳選(げんせん)したものであった。私たちはNTRをライフルケからスタートし、これから待ち受けるであろうすばらしい行程にエキサイトした。

さて夜になり、キャンプする場所を探していた私たちは、アウトドア・リクレーションアクトを試してみることにした。それは開墾(かいこん)されていない場所へもアクセスが許されるというもので、スルダルスラゲンという鮭が遡上(そじょう)する河辺にテントを張ることにした。朝、自治体に雇われている人物がトラクターに乗ってあらわれて、コーヒーを飲んでいる私たちを発見した。彼は私たちがキャンプしたことにはいっさい触れず「気に入ったかい」とだけ聞いてきた。

彼はホセブルアを指さした。そこには立方体の歩行者用の橋があり、まさにNTRによる革新的デザインだった。「町の人はみんな嫌っているけどね」。その若い男がそう投げかけてきたが、私たちはその言葉には黙って聞くしか術(すべ)がなかった。

私たちはペダルの漕ぐ回数が数えられるほどの時速4kmでサウダフィヨルドから520号線を経由して山岳へと入った。狭く曲がりくねった道を通り、塔のような山の景色を望みながら965mの峠を超え、バルハラへと詩的な走行をつづけた。この道は夏至を一週間前に控えてオープンしたばかりで、雪がないのは幸運だった。

ローダル渓谷へ下る道は急だった。そこからふたたびRV13へ。ローダルスキーセンターへはやっかいな登りがあったが、旧道は整備されていた。1964年に4,657mのトンネルが開通するまではその道しかなかった。

ノルウェーには900以上のトンネルがある。いくつかは山脈を突き抜け、またいつくかは海底を抜けている。世界一長いラーダルトンネルもここにあり、その長さは24.51kmだ。

トンネルはサイクリストにとって悩みの種だ。ノルウェーでサイクリングを楽しみたかったら、これがいちばん問題だ。そのために夜のない夏といえどもライトが必要なんだ。

ハーダンジャーからソングフィヨルドのあいだはサマーホリデーがはじまったと気づかせてくれる光景を見るようになった。ヨーロッパのライセンスプレートを付けたモーターホーム、とくにドイツの車が多かった。そして数多くのモーターバイクに乗ったネオンライダーたち。このノルウェーを訪れたときに注意しなければならないことは物価の高さだ。燃料と有料道路は高額で、まさにこれらは避けて通ることはできない。

だから私たちもスーパーマーケットで買物をするときは値段に注意し、賞味期限が近づいたセール品を探した。ぜいたくは許されず、オートミール、パスタ、トウモロコシ缶、フィッシュケーキ、タラコ、パン。チーズ(ノルウェーの伝統的なブラウンチーズ)、そしてリンゴンベリージャムなどを食べた。

ビコイリにはロケットのようにそびえ建つホッパースタッド教会があった。この木造建築物は1140年ごろに建てられたと信じられていて、ほぼバイキングの時代といえるほど古い。

よく論争になるのが、キリスト教がノルウェーのバイキングの文化を駆逐(くちく)したこと。最初の制圧者はイングランドにルーツのあるハーコン王。10世紀なかばからはオラフ一世(995)、そして聖オラフ二世ハラルドソン(1015)。ノルウェーの人たちは海洋王としての誇りを胸に秘めている。それをあらわすこんなことがあった。キウィ・ミニプリス・スーパーマーケットの入り口に私たちが自転車を駐車したときのことだ。ある老人が興奮した様子で私たちに話しかけてきた。「フランスの植民地だったケベックを知っているよ。セントローレンス川も辿ったことがあるし、ミネソタのダルースで米を買いつけてドイツに運んだこともあるんだよ」と彼が話した。

ライカンゲルはノルウェーでいちばん大きなソグネフィヨルドにある。海から内陸にかけて205kmの長さだ。奥にはスコルデンという小さな村があり、そこからソグネフィレまで上り坂がつづく。ナショナル・ツーリストロードは北ヨーロッパでもっとも標高のある地点を過ぎ、ノルウェーのメインランドでもっとも大きな氷河のすばらしい光景に出くわす。ヨステダルブレン氷河と、ノルウェーの最高峰ガルドホピンゲン山は2,469m。ここはバイクルートとしても世界的に知られていて、当然のように多くのバイカーを目撃した。

頂上では重量過多のツーリングバイクに代わってネオングリーンを着たライダーたちのレース用自転車があった。Tour de Jotunheimenという2日間で430kmの自転車レースに顔をつきあわせることになった。Tour de Sognefjellという137kmのレースもあり、こちらのほうが参加しやすいだろう。

パンの焼けるような香りが冷たい空気に運ばれてきて、私たちを興奮させた。でもワッフルステーションのセキュリティは厳重だった。

西ロムのワイルドな渓谷を登り、私たちはNTRガイランゲルート・ロールスティゲンに到着した。観光事業がまだ初期のころからすでにここには世界中から人々が訪れつづけている。

フライダルスジュベットを見下ろすと、5隻ほどの船が狭いフィヨルドにあった。バスはホーンを鳴らしながら狭いスイッチバックの山道を下ったり、北のルートにむかって登ったりしている。

国道63号線をゆっくりと登る私たちに太陽が激しく照りつけた。新鮮はストロベリーの香りが私たちの鼻をくすぐった。この大きなストロベリーは休むことのない真夜中の太陽の恵み、道路脇のキオスクで売られている。

山々の頂上は青々として、数頭の羊と高山を楽しむマウンテンバイカーたちがいた。私たちはTrollstigenを下ることを明朝にして、今夜は彼らとここですごすことにした。私たちはある小さな野生動物に注意していた。それはスカンジナビア地方の森に生息し不思議な力を持っているという。しかしまだ一度も見かけたことはなかった。

The Trolls' Ladderは岩肌に建設された。その11のヘアピンカーブは土木工学的に傑作と讃(たた)えられている。

ÅndalsnesにあるRomsdalフィヨルドの海辺に近づいたとき、私たちはツアーの高山ルートが終わったことに気がついた。これからのTrondheimまでのルートは海沿いを移動する。

Atlanterhavsvegenのナショナル・ツーリストロードには7つの橋があり、小さな島々を結んでいる。ビヨンの家を出たあと、私たちがファステドコープで静かに朝食をとっていると、あるサイクリストが興奮気味に私たちに声をかけてきた。

「カナダ人かい?それなら家の近くに住むトロントから来たスージーに会ってみたらいい」と強く勧めてきた。サイクリングギアで装った彼女は「アトランティックロードはすばらしい。でもNordmøreの国道680号線からKyrksæterøra Aureを経由するのもいいわよ、道が空いているから」と勧めてくれた。私たちはTrondheimまでつづくふたつの海岸線に期待を寄せた。ノルウェーはけっして失望はさせない。

活気のあるTrondheimは、バイキング王Olav Tryggvasonによって997年に統治され、1030年から1217まではノルウェーに首都にもなっていた。戴冠式はgothic Nidaros Cathedralで、1164年からおこなわれ、最後は1991年にハラール5世が王位に就いたときだった。しかし民主制に変わってから、この儀式は神聖な行事としておこなわれるようになった。この国のさまざまな歴史の物語が私たちの頭のなかをかけ巡っている。さてトレーニングは終わって、さらに北をめざす準備が整ったようだ。心も充実し、これから起きることに期待で胸は一杯!沈むことのない太陽にむかってペダルを漕ぎだすぞ!

 

自転車さすらい人たち

ジャミック・レミエウクス

ケベック州のSt. Hyacinthe出身。1991年には西カナダに移住。そのころより彼女は世界を旅するようになった。最初はバックパックで初めてマウンテンバイクに座るようになった。

 

ピエール・ボウチャード

ケベック市生まれ。1990年にデカルトの説いた「世間という大きな書物」の教えのとおり、Université Lavals Facultyの哲学科を離れて自転車で世界を見聞する旅に出た。

www.nomadesxnomades.com.

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