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特徴

2012
Issue 45 (Autumn 2012)
中央アルプスでライトアンドファストラン
By Robert Self

日本中央アルプスでメインの尾根を走ろうなんて、誰が思いついたのか、もはや覚えてはいないけれど、もしかしたら僕だったのかな。ただ、便利なバスとロープウェーを使わずに行くことを提案したのが誰だったかは覚えている。友人のトニーだ。

 早すぎる目覚ましに起こされたトニーと僕がテントから出ると、朝日に照らしだされて目の前にそびえたつ中央アルプス、飛騨山脈最北の尾根が見えた。10月初旬、3,000メートル上空にあるアルプスの草原は秋色につやめいていたが、空の清々しさはすばらしく、トレイルランニングにはもってこいの天候だった。

 「頂上まで45分くらい?」。そんなジョークを飛ばす。空木岳(うつぎだけ)よりだいぶ下に設定したゴール予定地付近にキャンプし、ロープウェーを使わずに起点地から木曽駒ヶ岳を走って登るのが僕たちのプランだった。ランのあとは北から南方向へ、空木岳へ向かう長い尾根が続き、そのあと空木岳からキャンプへと戻る。

 このランは、日本の百名山に挙げられている2つの山を1日で攻略できる。僕たちよりまえに誰かがこのコースを走っているかもしれないが、僕たちの中で、何らかのトレイル基準と記録を設定し、日本で長距離ランを走ることはずっとやりたかったことだった。これは静かに進行中のプロジェクトでもある。

 偶然にも2週間ほどまえに東京-ソウル便で、中央アルプス山脈の上空を飛んだばかりだった僕は、日本に到着してすぐにトニーに連絡し、ランについて話しあった。

 「上は走れそうな感じだったよ。たぶん9時間かそこらでやっつけられると思うんだけど」と僕は提案してみた。「すごい勢いで下れば7時間半かな」。

 軽い朝食のあと、テントと使わないギアを茂みに隠してカモフラージュ用に上に枝を乗せた。いつものことだが、ランには必要最低限の軽装で、いかに早く走るかが重要となる。最低限の水と軽食、それに暖かい服。駒ヶ根市の上にあるトレイルの起点に到着後、記念に写真を何枚か撮影してから出発した。

 トレイルは2本の幅広い道から始まる。かつて材木の伐採やダムの建設などに使われたと思われる古い砂利道だ。30分も走るとトレイルの脇に立ち止っている登山者に出会った。2,631メートルの道のりを往復2,200円のロープウェーで登れるようになってから、中央アルプスの北端へ、その麓から登ろうとする者はほとんどいない。

 トレイルをどんどん登っていくと、なんだか様子がおかしな雰囲気になってきた。待てよ、どうやら道を間違えたらしい! さっきのハイカーは正しいコースを示す標識の前に立っていた。というわけで、30分もまえに通った場所へとふたたび下る。ランタイムを考え直す必要がありそうだ。

 さて、正しいトレイルはというと、そう、もちろん急な上り坂だ。僕たちは急な坂をそうとう登らされたが、いがいといい時間に樹木限界線へ到達した。ただ、ライト&ファストという僕たちの方法にはメリットとデメリットがある。天狗荘へ着いたとき、さっそく本日のデメリットが明らかになった。

 小屋は工事中で閉まっていた。水はもちろん飲み物も補給できそうになかった。水道の蛇口を叩いて出てきたのは、蛇口あたりに残っていた4、5滴の水。ここまで2人ともしばらく水なしのままだったが、中岳のハイピークを走りつづけて次の小屋に期待をかけるしか方法はなさそうだ。

 天狗荘からはロープウェーからのトレイルがコースへと加わるのだが、脱水状態の僕たちはペースの遅いハイカーたちを高速で追い抜いた。僕は500ml以上の水をもち歩きたくない。最悪でも1リットルだ。これ以上の重さになると、アルペンのアップヒルランはかなりつらいものになってしまう。僕はいつも少し脱水気味なことが多い。軽さより安心をもち運ぶことを選ぶ人もいるだろうが、重さがあると、ランニングではなくハイキングになってしまう。

 ライト&ファスト・アルペンランにとって危険なのは雨と低体温症だ。トレイルランナーは悪天候になると、持っている暖かい服を着込んで下山するしかないのだが、幸運にもここでそうなることはなさそうだった。

 中央アルプスのメインの尾根では、ロープウェーを使わないとなると下り坂は何時間も先のことだ。これほどの距離がある吹きさらしの尾根で、天候の変化に左右されないことは不可能なことで、経験を積んでいないランナーは、このような軽装備のランでは下調べがとても重要となる。

2,956メートル級の木曽駒山の頂上で何枚か写真を撮り、木曽駒小屋で水の補給とインスタントラーメンを食べたあと、待ち受けるのは、メインイベントとなる日本の百名山の2つの山を結ぶ巨大な尾根への挑戦だ。

 割れ目や傾斜を何度ものり越えなければならないような絶壁が続く、巨大な宝剣岳(ほうけんだけ)へのチャレンジを楽しみにしていたトニーだが、ここで彼は登山者用のいかなるチェーンも使わずに、すべて手と足のみのフリークライミングで登ると宣言した。

 僕は、何年もまえにハイキングでここを訪れたことがある。当時は、巨大なバックパックに寝袋とテントを持っていたが、今回のようにほとんど何も持たず、岩を簡単に越えられるこの自由は、あのときの重い足取りに比べると最高だった。

 荷物とアルペン用の装備でこの宝剣岳を登ろうとしている日本人の登山者たちは、ショートパンツにランニングシャツ、ランニングシューズ姿の僕たちを見てびっくりしていた。トニーは、宣言通り一度もチェーンを使わずにこの山を登りきった。

 宝剣岳から次の3時間、僕たちは、飛行機から見えたルートとはまるで違うトレイルを空木岳へと進んでいた。下り坂を「凄い勢い」で降りるなんてことからはほど遠く、ガリーやがら場のせいで、すり足か横歩きでペースを落とさざるを得ず、それさえままならないような状況だった。

 長距離トレイルランナーは、通常ハイカーが要する時間の半分程度の時間でアルペンコースを走りきる。ダウンヒルの場合は3分の1と言ってもいいくらいだが、この尾根で僕たちはその平均時間よりだいぶ遅れていた。ただ、6時間も動き続けているわりにまだ走れたし、さほど疲れていたわけでもなかったが、このコースが思ったほど簡単ではないことは明らかだった。

 このランで唯一楽しくなかったことといえば、僕がトニーに最初の1時間できりだしたあの話だ。僕は、このランの数日前にメラノーマの第2段階と診断された。帰ったら、東京の病院から渡された密封の封筒を築地にある日本がんセンターへ持っていかなければならない。子どもの頃過ごしたカリフォルニアのビーチからの置き土産だった。

 僕は、このあとどうなるのかなんていう、誰にもわからないことを話す気にもならなかったけれど、トニーも気を使ってくれて、この好ましくない診断結果について必要以上に語ることはなかった。ただ、背中にいるこの小さなメラノーマは、僕の頭からなかなか離れようとはしない。汗がそこを落ちるとなぜだかわからないけど、ヤツの存在を感じてしまう。まるでこの小さな野郎は僕の後ろをずっと追いかけているみたいで、トレイルに置き去りにしたいのに絶対できない、最悪の競争相手のようだった。

 尾根は走るにつれ人気がなくなり、出会うハイカーもほとんどいなかったのだが、熊沢岳の頂上ですばらしい光景を目にした。ランナーが2人、こちらへ走ってくるではないか。1人は登りきると息を切らしてそのまま二つ折りになり、数分後に到着したもう1人は吐きそうになりながら悪態をついていた。少し落ち着いたら、最初の1人が顔を上げて言った。「ロバート?」

 僕が住んでいる飯能(埼玉県)のご近所さん、小林さんだった。なんていう偶然だろう。彼のグループは、僕たちとまったく同じコースを逆走していた。ロープウェーを下りに利用しようというのが彼らのプランで、ほぼ7時間は走っている僕たちも、そのプランには納得だった。

 長い下りの直前、ついに空木岳がその壮大な姿を現した。これほど巨大なバットレスをこれまで日本で見たことがあっただろうか。南アルプスの北岳くらいだろう。これを登るのは心が折れそうだ。

 ガイドブックに掲載されているすべての写真も、飛行機からのすべての眺めも、これを目にしたときの衝撃への準備としては十分ではない。しかも、何時間も走り続けたあとにこれだ。次の1時間、この坂道を登る僕たちにとって、「走る」という単語は無用となった。空木岳からのこのお仕置きに心と体をズタズタにされながら、僕らはできる限り速く、オートマチックギアを使って前へと進んだ。

 頂上では雲を自分たちの下に見ながら太陽が沈みはじめていた。10時間も動き続けていたが、このドラマチックな光景にふたたびエネルギーがチャージされた。暗くなってきたのでライトをつけて、ジャケットを着こんだ。

 「とっととやっつけてしまおうぜ!」。

 トニーの同意を得て、僕たちは脚が動く限りの速さで下りはじめた。すると現れたのは両サイドが真っ暗な奈落の底を思わせる、ぬかるんだナイフのエッジのようなスロープだった。そこにあった標識には大きな赤字の日本語の下に、英語でこう書いてあった。「死亡事故多発地帯。次の400メートル」。

 「歩いたほうがよさそうだな」と僕は言った。歩くのも悪くない。安全な場所へ出たら、またペースを上げればいい。あと数時間、森を抜け、夢のような霧の中を走れば、機材を置いてきた付近の道へ出るはずだ。

 中央アルプス山脈のランには13時間かかり、そのうち休んだのは山小屋での水分補給に使った30分程度だった。ボリューム満点の晩御飯を食べて、次はどこへ行くかについて話しあった。南アルプスのフルサーキットなんてどうだろう。

 僕はと言えば、東京に戻って日本がんセンターの検査を受けて(がんセンターのみなさん、ありがとう)、どうやらまだまだ日本の山を走る機会がありそうだということが判明した。水と食べ物と洋服の量を増やすつもりはないが、日焼け止めのチューブくらいの重さは加える必要がありそうだ。

著者プロフィール:ロバート・セルフは北カリフォルニア、レッドウッドカウンティ―出身で、日本の登山者を20年にわたりガイドしている。日本ではトレイルランニングの伝道者として知られ、ビギナーからインターナショナルチャンピオンまで、さまざまなランナーのコーチも。日本の山々のランニングツアーやトレイルランニングのレッスンを提供する飯能トレイルスクール(www.hannotrailschool.com)のディレクターでもある。

 東京近郊のトレイルランニング:ガイドとクラブ

- セブンヒルズアドベンチャー:セブンヒルズは東京近郊で毎月手頃な価格のトレイルランを提供している。インストラクターは日本語のみ。ウェブサイト:www.sevenhills.jp

- 飯能トレイルスクール:東京近郊の簡単なフォレストランから複数日のアルペンアドベンチャーまで。外国人、日本人のミックスグループで英語と日本語で対応可。ウェブ:ww.hannotrailschool.com  / www.tokyotrailrunning.com

- 南蛮連合ランニングクラブ:主に東京近郊のストリートランを提供しているが、定期的にトレイルランもおこなっている。英語可。ウェブ:www.namban.org

- The Genki Gaijin:日本のハードコアトレイルランナーのゆるいサークル。月に数回集まっている。メンバーは日本人と外国人。難易度高めのランが多い。お問い合わせはロバート・セルフまで。r.self@bluetreeco.com

トレイルヒント:日本のアルペンランニング

水:ランブルべん毛虫など水を介した病気は日本でほとんど知られていないが、ハイカーやトレイルランナーの多くは、山や沢の湧水を利用している。日本の沢は短くシャープで高山での牛の放牧はほとんどおこなわれていない。ランナーは清流や湧水、山小屋の水を大いに利用できるだろう。

山小屋:日本の山小屋システムは完璧で、山小屋で1泊すれば複数日のランの計画も立てやすくなる。運営者のいる小屋では食事も提供しており、宿泊費に含まれる場合もあれば、別途支払う場合もある。ただ、小屋が開いている時期は年間を通してかなりばらばらなので、事前のチェックをおすすめする。人出の多い週末や休日には予約で埋まってしまうことも少なくない。通常1泊7,000円から8,000円程度。

トレイルランニングギア:トレイルランニング用のギアを販売するランニングストアの数はここ数年でかなり増えた。おすすめのチェーン店はアートスポーツ。渋谷、御徒町と日比谷に店舗がある(Web: hwww.art-sports.jp)。外国人で自分に合ったサイズが見つからないならば、海外発送にも対応しているアメリカのZombie Runnerもお勧めだ(Web: www.zombierunner.com)。

地図:日本のハイキングマップほど包括的で詳細豊かな地図はないだろう。中規模書店なら晶文社の「山と高原地図」が売っているはずだ。日本語がわからない場合は事前に場所の名前などは良く確認して、いらぬ事故を避けたいものだ。

天候と季節:標高2,500メートルで最もおすすめの季節は7月から8月の終わりだ。7月終わりだと、特に北アルプスでは残雪があるかもしれない。期間を通して気を付けたいのは雷雨だ。季節が進むにつれて雷雨はそのパワーと頻度を増す。9月終わりから10月中ごろもアルペンランニングには最高の季節だ。天候も比較的安定している。10月には寒さが問題となるので、ランナーは寒さ対策をしっかりすること。