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特徴

2012
Issue 45 (Autumn 2012)
Mizugaki’s Precious Stones
By Eddie Gianelloni

  僕は、いままで国境を越え、最高のフィールドを探し求めてきた。そして、新たな住み処に選んだ日本の、霧深い美しい山の中で、僕は珠玉の岩たちに巡りあった。その喜びは、言葉では言いつくせないほどだ。

 
 日本に引っ越すことが決まり、僕は日本のロッククライミングを入念に調査した。日本におり立ったら、すぐにでも最高のクライミングエリアに行けるよう、準備万端にしておきたかったのだが、英語の情報の少なさにすっかり苦戦していた。出発直前に出かけたいつものクラッグで、僕は運よく東京在住のクライマーと出会うことができた。「日本にはいいボルダーがいっぱいあるから、早く来たらいいよ」。満面の笑顔でそう教えてくれたのはジャック・ナカネ。「着いたら連絡して」と、さっそくメールアドレスを渡してくれた。
 
 
 僕が日本に到着したのは、7月末のある金曜日だった。月曜日にはもうクライミングに行きたくて気持ちがはやる僕は、待ちきれずにジャックに電話をかけることにした。電話の向こう側では、僕と同じくらいエキサイトしているジャックがいて、次の日には早々に予定を組んでくれた。こうして僕は、日本屈指のクライミングエリア、瑞牆山(みずがきやま)に連れていってもらえることになった。
 
 東京から車で走ること2時間、途中でコンビニ初体験もばっちり済ませ、瑞牆山の麓の駐車場に到着した。まだ時差ボケがひどかったけれど、目の前に広がる美しく複雑な地形と岩峰の迫力に頭が冴えていく。降りそそぐ太陽と青い空の下で、僕のエネルギーはじゃじゃ馬のように跳ねあがった。
 
 「よし、パッドの準備だな!」。ジャックは笑いながらドアを開けると、はしゃぐ僕をあるセクターまで案内してくれた。そこには点在する何百もの手つかずの岩が、ブラシをかけられる瞬間をまっていた。ブラッシングとは、クライマーが岩についた苔を落とし、登りやすくするためにおこなうテクニックだ。ジャックは、この辺りでも特別魅力的なボルダーを僕に案内してくれたあと、嬉しそうに感想を聞いてきた。
 「今はもうくたくただけど、またすぐにでも連れてきてほしいよ!いやあ、マジで最高だね。なんて名前だっけ?」。ジャックは、僕がまだ言い終わらないうちに大笑いして、いつでもウェルカムだと言ってくれた。きっと、僕がすっかり興奮しきった少年のように映ったのに違いない。それから2年間、数えきれないほど一緒にこの場所に戻ってきた。僕らの友情もさることながら、フリクションのよく利く瑞牆の花崗岩と僕とのあいだにも、切っても切れない強い絆が生まれていた。
 
 
On the Rocks
 
 風光明媚な秩父多摩甲斐国立公園の中に悠然とそびえる瑞牆山の姿は、日本にあふれかえった家々やショップ、ビル群を、まるで遠い世界の話のように思わせている。
 
 この2年、僕は新たなボルダリングスポットの開拓に力を注いできたけれど、ここはもともとスポーツクライミングやトラディショナル・クライミングの名所としてよく知られている。瑞牆のボルダリングは、僕がいままで見てきたなかでも最高のフィールドだと思う。バスケットボールのような形をしたスローパーから、手の皮を削り落すカミソリの刃のように鋭いフィンガーポケットまで、ハンドホールドのバリエーションも申し分ない課題がごろごろしている。
 
 いろいろなエリアがあるので、ボルダリングのレベルを問わず楽しめるのも魅力だ。駐車場から見える大迫力の岩峰に続くトレイルを、ちょっと進んだところにあるのがメインエリア。トレイルは何度か枝分かれするけれど、少し気をつけて進めば迷うことはない。たとえ道を間違えても、どのトレイルの先にもすばらしいクライミングやボルダリングの舞台が待ちうけているから心配無用だ。美しい常緑樹に囲まれた山道はきちんと整備されていて歩きやすいし、よく知られたボルダーは駐車場から大体30分圏内のエリアにかたまっている。
 
 
 いくつかの有名な「課題」を挙げてみよう。瑞牆レイバックV3、フリークエントフライヤーV5、組手V10。ほかにもその周辺に山ほどおもしろい課題やブロックがあって、何日、いや何週間遊んでも飽きることがない。何百とあるルートクライミングも見逃すにはもったいなさすぎる。瑞牆山のはずれにあるカサメリ沢は中級者から上級者にはもってこいのスポットだ。レーザーズエッジ5.10c/d, ワニワニワニ5.11b, 金のわらじ 5.12a、そしてトップガン5.13aはとくにおすすめの課題だ。
 
 クライミング初心者は、経験豊富なクライマーにロープの扱いや、レベルにあった課題を案内してもらうのがベストだろう。南西の麓にある植樹祭会場跡地からスタートするといい。この辺りでも十分なトラディショナルルートやスポーツルートがあるので、カムは忘れずに持っていきたい。
 
 瑞牆山のクライミングはそんなに難しくないので、一度行けば地形はなんとなく把握できるだろう。そうしたら、いよいよこの霧がかった山々の探検のはじまりだ。もし不安を感じるなら、アドバイスしてくれる親切なクライマーたちが駐車場周辺にかならずいるはずなので、フレンドリーに話しかけてみよう。日本のクライマーたちは本当に親切で、わざわざ時間をとって道案内をしてくれたりすることだってよくある。クライマー仲間ができるのは嬉しいものだ。
 
 瑞牆山は僕にとってすごく特別な場所だけど、もちろんほかにもすばらしいクライミングエリアがたくさん存在する。瑞牆の北側にある小川山は瑞牆と同じくらいのクオリティをもった花崗岩だが、残念ながらかなり混雑している。東京都内からもっとも近い奥多摩の御嶽(みたけ)は、これまで見たなかでももっとも酷使されたスポットだと思う。アメリカやイタリアでも、御嶽に匹敵する人気エリアに行ったことがあるが、大理石テーブルのように磨き上げられている御嶽のホールドのさまはダントツだろう。
 
 
 日本には長く豊かな山岳の歴史がある。アメリカでもそうだったように、登山家たちはクライミングやボルダリングを時間の無駄と、長い間一蹴してきた。クライミングシーンがもっとテクニカルなものへと進化を遂げていくなかで、訓練の一環として小さなブロックや岩で練習をするようになっていくと、だんだんと浸透していった。クライミング界でようやくボルダリングがその存在を認められたのは、じつに1980年代になってからのことだ。いまでは課題の攻略法を身につけるのにボルダリングはとても人気で、瑞牆にはそれはたくさんの課題が潜んでいる。
 
 この5年間足繁くこの山に通ってきた僕が自信をもって言えるのは、瑞牆山は世界屈指のクライミングエリアと比較しても、とても優れたフィールドだということだ。岩のクオリティやルート、コミュニティ、どれをとっても世界レベルだし、日本にしかつくれない独特のクライミングシーンというものが存在している。この感覚は、自分で体験してもらわないときっとわからない。とにかく一度ここにやって来たら、じっとりと暑い7月のあの日から僕がずっと瑞牆山に魅せられ続けている理由が、きっとわかってもらえるはずだ。
 
 
Useful Info
 
 日本はとにかく便利の国だけど、瑞牆山も例外ではない。登山口正面にある瑞牆山荘には、洗面所、トイレなどの設備も充実しており、暖炉のあるレストランは朝10時から17時まで営業している。夏に売っているアイスクリームも美味だし、おしゃれな陶芸やガラスの食器なども手に入る。
 
 瑞牆山のクライミングルートは『フリークライミング 日本100岩場3』というガイドブックにも載っている。アマゾンでオンライン注文もできるし、山用品店ならほとんど置いてある。東京周辺に住んでいるなら、目白にある「カラファテ」に行けばまちがいない。知識豊富なジャックがマネージャーを務める、全国でも有名な専門店だ。ガイドブックの置き場所はもちろん、知りたいことはなんでも親切に教えてくれるし、どんなクライミングギアもここで手に入れることができるはずだ(Web: www.calafate.co.jp)。
 
 瑞牆クライミングのベストシーズンは10月から12月。僕はいつも2〜3日泊まりがけで出かけて、気の合う仲間たちと心ゆくまでのんびり楽しむのがお決まりだ。2歳になる息子を連れていくこともたびたびある。ツキノワグマを目撃したこともあるけれど、人の気配がすればたいがい逃げていってしまうので、これまで事故はないようだ。キャンプ場の周りにもクマよけの電流柵が設置されているので、ご安心あれ。
 
 Rock & Snowで瑞牆が特集されて以来、週末のクライマーは倍増した。とくに日曜日の混みぐあいはすごいので、混雑を避けた平日のキャンプ場(有料)が賢い選択。
 
 東京方面からの車移動なら、中央自動車道を甲府方面に向かい須玉ICで降りて、県道41号を北に少し走ると県道601号に出る。そこからはひたすら道なりに走ればいい。601号沿いにはいくつかお店もあるので、必要な物はここで補充しよう。もし忘れモノがあったとしても、少し走れば地元のクライミングショップ「ピラニア」もある(Web: www.pirania.jp)。 それから、日曜日の上り線の大渋滞には巻き込まれないように気をつけよう。行きは2時間でも、帰りは6時間かかるなんてことにもなりかねない。
 
 
著者プロフィール:Eddie Gianelloniは、AMGA(アメリカ山岳ガイド協会)公認のクライミングガイド。Eddieがこんなにも山に魅了されたのは、ルイジアナ州の平坦な大地で生まれ育った反動なのかもしれない。新たなクライミングのフィールドを探し求めて、タイ、サルジニア島、イタリア、オーストリア、アメリカ全土…と世界中を旅してきた。写真好きが高じ、プロのフォトグラファーでもあるEddieはクライミングをしていないときには、アドベンチャー写真家として日本中を飛び回っている。