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特徴

2012
Issue 42 (Winter 2012)
Hikarigahara Highlands
By Neil Hartmann

Hikarigahara Highlands



マサこと竹内正則はスノーボーディング界のレジェンドのひとりだ。新潟県上越地方出身の彼は、幼い頃はスキーヤーであり、16歳の時にはサーフィンも始める。それからしばらく後、スノーボーディングに出会うのである。



運命のいたずらか、18歳で出場した地元のジャイアント・スラローム・スキーレースで見事に優勝。優勝賞品として彼が手にしたのは、スキーひと組とバートンのバックヒル・スノーボードだった。



バートンのそのボードは、冬の間のサーフィン練習にピッタリなものだった。固まった雪上を滑るためのエッジがなく、彼にとっての初のライディングはパウダー中心になっていった。家の近所でダウンヒルを繰り返し、手で掘り起こしただけの初期のハーフパイプを何度も攻めているうちに、気づけばスノーサーフィンの達人になっていたマサは、その後何年間も全日本チャンピオンの座に君臨し続けた。そしてさらにその後は、よき友人で師でもあったクレイグ・ケリーの跡を継いで、バックカントリーとフリーライディングのフィールドへ活躍の場を移し、以来、スノーボーディング界のリーダーであり続けている。



マサがスノーキャット・ボーディングを初めて体験したのは、’90年代半ばだ。クレイグと一緒に、今では有名になったカナダのアイランド・レイク・ロッジへ撮影トリップに出かけた時のことだった。そこでマサは、山々の美しさと、仲間うちだけというプライベートなセッティングの中、自然のままトラックがひとつもない場所でライディングすることの楽しさを初めて知ることになる。



「ヘリ・ボーディングはピークでの究極のトリップ方法だとは思うけど、雪の中で仲間と最高の一日を過ごすには、キャット・ボーディングの方がずっといいね」とマサは言う。



新たな世紀がスタートした頃のマサは湘南に住んでいたが、自分のルーツに立ち返るために、その後、パウダースキーで知られる関温泉のふもとに居を構えた。家からは光ヶ原高原の眺め、それに谷を越えた先には黒倉山麓のピークも見えた。その山に興味を惹かれた彼は、地図を調べ上げて実際に山頂まで登ってみた。



「山頂まで行くと、垂直に400メートル近くある長い尾根線があったんだ。キャット・ツアーにはそれこそ絶好の場所だった。だからやるしかないって思ったよ」



2003年、大きなチャンスが訪れ、彼は地元の小さなリゾートから中古のキャットを借りることができた。さらに光ヶ原周辺でキャット・ツアーを運営するための許可を得ることにも成功する。西にはあの素晴らしい妙高山を望むエリアである光ヶ原は、もともと夏にツーリストが多い場所だった。標高の高いこの高原には牧場がたくさんあり、写真を撮るポイントにも恵まれ、ツーリストはアイスクリームやフレッシュなチーズを堪能しながら旅行を楽しめる。夏の間は尾根線を越えて長野県に入る道路がつながっているが、冬には閉鎖されてしまい、アイスクリーム・マシンもしばし休憩。牛たちはもっと低い場所へと移される。だから1月半ばから3月いっぱいにかけては、高原全体がマサとそのゲストたちの独り占めの状態になるのだ。



僕は3月の初めの3日間、マサと彼のメインガイドたちである豊田貢、星野俊輔、東野智子に合流し、一緒に時間を過ごした。彼らはゲストをパーフェクトなパウダーとグループ・フォト、美味しい食事へと案内しているところだった。一体、この光ヶ原のアベレージな1日とはどんな感じなのだろうか?



「ライダーは1日に6回から8回ほどのランを楽しめて、途中でイタリアンスタイルの美味しいサンドイッチのランチと暖かいコーヒーのブレイクがある。1日の平均的なバーティカルは1,600メートルほど」と、朝食の時にマサが話してくれた。



仲のいいスノーボード仲間のように、僕の朝は、マサの自宅で彼の家族やふたりの子どもたちと一緒に食す早めの朝食でスタートしていた。彼の6歳の息子、ハルキも今日のツアーに同行したいと言い出して、出発までもうあまり時間がないなか、あわてて準備に取りかかった。そして30分後、僕らは乗降場所でもあるベース・ステーションに到着した。



新潟の妙高周辺は積雪量の多さでも知られるが、この日も例外ではなかった。駐車場には40センチあまりの新雪が積もっていて、まずはその除雪作業をしなくてはならなかったが、マサが巨大な除雪車をベテランのように操って作業は無事終了。しばらくすると、今日のカスタマーたちを乗せたマイクロバスが到着した。楽しそうに笑顔を見せる光ヶ原のローカルたちが今日のゲストだ。マサはヘビーユーザーのためにメンバーズクラブ制を設けていて、この日はそのクラブ会員限定のディスカウント・ツアーの日だったのだ。



キャットに乗り込み、20分かけてピークへ向かう途中、熱気はどんどん高まっていった。



マサとガイドたちは、これまでの7年間で、彼らが活動する山々についてありとあらゆることを体で感じ、学び続けてきた。だから、彼らがツアーを率いる熟達したムダのないその様子は、見ているだけでも気持ちいいほどだ。歩かなくてはならないエリアもなく、正確に指示を与えながらもフレンドリーなガイドぶりは、自分がセレブリティーになったような気分を与えてくれる。最初のランのスタート場所は、その名の通り“モーニング・リッジ”という尾根のトップからだった。ゆるやかなローラーが朝の光に照らされて輝き、堂々とした松の木の影が長く伸びている、魅力あふれるラインだ。みんな喜んで歓声を上げながらボトムまで一気に下りていく。それぞれがごく自然に繰り出す絶好のターンを、テールガイドの俊輔がちゃんと写真に捉え、そのままボトムへ下りればキャットが待っていてくれ、次のランへのドアが開く。



そこから先も、すべてが夢のように進んでいった。キャットのドアが開けられる度に、また違うラインが待ち構えている。“パイプライン”や“バックドア”と名付けられた急な斜面から、“ブナ・リッジ”と呼ばれるメローなクルーザーまで、すべてのランが計算して配置されていて、最大限の楽しさを演出してくれる。



多種多様な斜面を十分に楽しむためには、ライダーもスキーヤーも中級以上のレベルであることが望ましいが、誰にでも楽しめるような工夫もちゃんとある。マサはカスタマーたちのレベルを瞬時に判断し、その力をほんの少し上回る程度の楽しさを用意してくれるのだ。ただ単に楽しい1日というだけでなく、自分が知らなかったことを学べる1日にもなる。キャット・ツアーを運営することの醍醐味は、大勢の人たちが、それぞれ同じようにライディングを楽しんでいるのを近くで見守りながら実感することだ、とマサは言う。



「ゲストたちを率いて、そのライディング・スキルを次のレベルに上げる手伝いができるなんて、こんなに嬉しいことなはいよ。でもね、平日には僕ひとりで山全体を思う存分満喫、なんてことだってもちろんある」と、やんちゃそうに付け加える。



オフの日は、ボードスポンサーであるバートンのプロダクト・テストや、週末のツアーのためにキャットの道筋を計画する。自分が中心となって運営のすべてを行うことには、「だって、どのみち誰かがやらなくちゃいけないんだからさ


と何の大変さも感じないという。



光ヶ原を訪れるカスタマーはどんなタイプの人たちが多いのかを聞いてみた。彼によれば、年齢的には、いわゆるスキーリゾートで見かける年齢層よりは高いという。なかにはリゾートでのライディングにはもう飽き飽きしてしまって、いったんはスキーやスノーボードから離れてしまったものの、再び戻ってきた人たちも多いのだそうだ。でもその全員に共通するのは、パウダースノーとバックカントリー・ライディングが大好きだということである。



光ヶ原ツアーはおもに週末にスケジューリングされているが、海外からのビジターも見込んで、マサは現在、平日のセッションも増やそうと考えている。白馬までは車で1時間半だから、このエリアで1週間スキーを楽しむ人にとってはオプションも多いし、妙高バレーもすぐ近く。日本のカスタマーは平日仕事という人が多く、今のところはマサもエリアを独り占めできているが、もしかしたら、それも近いうちに大きく変わるのかもしれない。



僕の光ヶ原滞在も3日目になり、午後のセッションでもう1本ランをこなしたら終了だ。マサは僕らを狭い尾根線に沿った場所へ案内してくれた。そこは息をのむ素晴らしい眺めだったが、1本しかないトラックを慎重に進まなくてはならなかった。両側は急な斜面。ようやく尾根の端に到着して、最後のランをスタートする。マサがそのランを解説してくれた。キャット・ロードまで下る道のりには、見晴らしのいいオープン・フェイスに木々が所々生えているだけ。遠くには、ベースへ戻るキャットの姿が見える。



「オーケー、じゃあボトムまでのレースだ。ローディング・エリアまで最初にたどり着いた人が勝者」とマサが言い、われわれにはヘッドスタートを与えてくれた。ここで初めて僕らはマサとガイドたちを先導する形になり、“3、2、1… ドロップ!“とカウントダウンがスタート。



みんなが最後のパウダーランをエンジョイしながら、ダウンヒルのレーサーのように指を突き上げながらキャット・ロードを目指した。僕は下げていた重いカメラバッグを上手く使って、ターンごとにスピードを上げていった。それはキャットトラックを下っていく長く曲がりくねったランで、だんだん太ももが辛くなってくる。でも、同時に自分の勝利を確信していた。リードは確実だし、すぐそこにはベース・ステーションが見えている。その時、シューッ! と音がして、マサが残り200メートル程度で僕を追い越して爆走していった。そうだった… ナショナルチャンピオン相手に、勝てると信じた自分が甘かったのだ。




光ヶ原キャット・ツアー


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