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特徴

2011
Issue 41 (Autumn 2011)
East Wind blows through Patagonia
By Gardner Robinson

レース・リポート:パタゴニア・エクスペディション・レース

 日本のチーム・イースト・ウィンド、パタゴニアを駆け抜ける

by ガードナー・ロビンソン

「このレースは“最後のワイルド・レース”なんだ。マウンテンバイクで、飛んでくる破片に耐えながら時速100キロの突風に立ち向かい、横殴りの雨の中を走り抜け、そうかと思えば急に美しい陽光を目の当たりにする。ここは本当に過酷な土地なんだ。俺は今まで30以上のエクスペディション・レースも入れて、160のレースに出場したことがあるけれど、このレースが最も過酷で、最も美しくて、究極の冒険レースだったよ」

チームGearJunkie.comのジェイソン・マグネス 

 

数年前、我々アウトドアジャパンのオフィスに、1本の電話がかかってきた。南アメリカで行われるアドベンチャー・レースについて話をしたいとの内容だった。てっきりラテンアメリカンな奴がやってくるとばかり思い込んでいたのだが、オフィスにやってきたのは長身でエネルギッシュなドイツ人女性、アン・メイディンゲルだった。彼女が見せてくれたパタゴニア・エクスペディション・レースの写真やビデオは本当に素晴らしくて、大興奮したのをよく覚えている。   

 アドベンチャー・レースは日本ではまだそれほど人気がないが、日本という小さな国土には、アドベンチャー・レースが行える舞台が殆どないのだから仕方のない話だ。チリのパタゴニア地方と比べたら尚更のこと。トレーニングできる環境も限られている状況で、この大レースに出場できる日本チームが育ってこなかったのも当然だろう。   

 ところが、世界を舞台に活躍してきたチームがひとつだけある。1996年に田中正人が結成した、チーム・イースト・ウインドだ。歴代メンバーには日本が誇るトレイル・ランナー、横山峰弘や石川弘樹をはじめ、錚々たる面々が名を連ねている。   

 今までエコ・チャレンジ、レイド・ゴロワーズ、サザン・トラバース、マイルドセブン・アウトドアクエスト、プライマル・クエスト、クロス・アドベンチャー、ワールド・チャンピオンシップ等々、数知れないレースに出場してきた。  

 イースト・ウインドは、アドベンチャー・レーシング・ジャパン・シリーズ(ARJS)の運営にも携わっていて、まる1日のアドベンチャー・レースを34大会行っている。それからサロモン・クロス・アドベンチャーでは、23日間に渡るレースを1年に1度開催している。より多くの選手がこういった国内のレースに出場し力を付け、海外レースで日本勢がどんどんと活躍してほしい、そう願ってのことだ。

 

2010年、イースト・ウインドはパタゴニア・エクスペディション・レースに初参戦した。メンバー全員がチリを訪れるのは初めてだったが、経験豊富なチームのキャプテン田中は「現地の人々や運営サイドの考え方は、日本人選手には不慣れなものになると思っていたし、それに向けて心構えが必要だった」と振り返る。   

チリの最南端パタゴニア地方の大地は、美しさと気候の過酷さとが共存している。厳しい寒さや嵐が人間にとって定住するには厳しい環境を作りだし、チームの最新ギアを持ってしてもその過酷さは変わらない。まさに未踏の荒野であり、レース・ディレクターのステファン・パビチーチがコース設定をする際に、初めて人間が足を踏み入れた場所も沢山あったのだと言う。   

ただでさえ厳しくつらいレースになるというのに、チームはある大きな不安要素を抱えていた。メンバーには英語を話せる選手がひとりもおらず、コミュニケーションの問題が大きな障害となるのは間違いない状況だったのだ。それにも関わらず、チームは見事出場権を獲得し、世界の最果てで行われる、真のワイルド・アドベンチャーに挑戦することができたのだ。   

完走するということだけでも、勝利と呼んで良いだろうこの無謀なレース。2010年、イースト・ウインドは果敢にレースを戦い抜き、日本チームとして初めてゴールを切り、なんと7位という好成績を収めた。  

201011月、和木香織利(ケイ)は“トレーニング生”としてイースト・ウインドのチーム入りをした。そして3ヶ月後には、パタゴニア・エクスペディション・レースに出場するため、チリ行きの飛行機に乗っていた。「エクスペディション・レースに出るなんて初めての経験で、どんなレースになるのか予想もつかなかったんです。でも、今まで生きて来た中で、一番過酷な体験になるだろうとは覚悟していました」と彼女は当時の心境を打ち明けた。   

レースの間、彼女はアドベンチャー・レーサーとして、痛みと苦しみに耐え続けた。足には巨大なまめができていたし、胸骨にはヒビが入っていた。1日に取れる睡眠時間はわずか12時間くらいのもので、目が覚めれば再び茨の道を進まなければならなかった。密集した森は行く手を阻み、沼地に足を取られ、深い下生えに潜む危険に怯え、氷のように冷たい川を越え、いつ終わるともしれぬ嵐と闘い続けたのだ。  

ほんとうにつらくて痛くて、沢山泣きましたよ。でもくじけなかった。限界まで自分を奮い立たせることができたのは、ひとりぼっちじゃなかったからです。チームメイトに支えられて、心の底からの信頼感がそこにはあったんです」とケイは言う。   

みんな怖かったんです」と、ケイはレースを振り返る。  

でもアドベンチャー・レースの真髄は、チームで力を合わせて困難に立ち向かうことにあるんです。話し合い、困難を受け入れ、進み続けようと皆で決めたんです。やっとのことでゴールに辿り着いた時、それまでの痛みや苦しみは全て報われて、リタイヤしなくて良かったと心から思いました。共に戦ってきたチームメイトと、あの感動的な喜びの瞬間を味わえたことは本当に感激でした。あの感覚をもう一度味わうためだけにでも、またレースをやる価値がある、そう思います」   

2011年のレース。イースト・ウインドは5位でレースを終えた。「順位が上がった理由には、英語が話せる新しい女性メンバーの存在が大きかった」と田中は言う。ケイは冗談を言っていたのではなかった。彼女は2012年の出場メンバーに選ばれ、10周年となる記念すべきパタゴニア・エクスペディション・レースで更なる好成績を目標に、来年も再びチリの大地を踏むのである。  

 

サポート: 

レースが始まる前にも、チームは厳しい現実に直面することになる。レース参加には多額の準備金が必要で、トレーニング・セミナーやイベントの参加費などが資金のひとつになっている。チームがレースに参加できるよう、スポンサーからの支援も行われている。イースト・ウインドを応援したい方は、info@east-wind.jp

まで是非お問い合わせを。 

トレイルから届いた話: 

ドアを開けておくのを忘れずに!!” 

アドベンチャー・レースでは心配の種は山ほどあるが、仮眠中の窒息事故とは思いもしないだろう。イースト・ウインドのメンバーたちはテントを張って、大切な睡眠をとることにした。テントは雨の際には完全に空気を遮断できる素材で作られていて、どしゃぶりの夜だったので、テントの入り口を少しだけ開けて眠りについた。夜中にトイレに行きたくなってテントを這いだしたメンバーが、戻ってきた時にうっかりテントの入口を閉めてしまった。幸運にも他のメンバーのひとりが、皆が息苦しそうにしているのに気が付いてあわてて空気を入れた。思わぬところで命の恩人となったわけだ。 

真っ逆さま!” 

イースト・ウインドのすぐ手前を、アメリカ・チームが岩壁をフリー・クライミングで進んでいた。すると女性レーサーが足を滑らせて落下。3m下にいたフォトグラファーが彼女を掴み、ぎりぎりで彼女を救った。 

お願い、笑わせないで!” 

レース初日、イースト・ウインドの紅一点であるケイが胸骨を骨折した。息を吸うだけでも痛みがひどく、呼吸困難に陥りやすい状態だった。更に、氷点下の川に浸り強風にさらされたことで、低体温症に陥ってしまったのだ。まさに不屈の精神の持ち主である。 

パタゴニアで素っ裸!” 

イギリスの女性レーサーは、着ているものをどうしても濡らしたくないと、素っ裸になって川を渡っていたそうだ。 

もう一歩先へ” 

このレースに参加すると、パタゴニアと恋に落ちる選手は多い。アメリカのチーム、ギア・ジャンキー・ドットコム(Gearjunkie.comのメンバー、チェルシー・グリボンとジェイソン・マグネスは他の選手たちのもう一歩先を行っていたようだ。閉会式でふたりは婚約までしてしまったのだから。

 
レースについて:


2011年、ウェンガー・パタゴニア・エクスペディション・レースには、13カ国から14のチームが集結し、レースに臨んだ。完走したのは6チームだった。 

*レースの総距離は617キロ、レース時間は最長10日間まで。 

4人のチームメンバー全員で、マウンテンバイク、トレッキング、シーカヤック、ロープアクティビティを、コンパスと地図のみを頼りに進まなければならない。チームの内ひとりでもリタイヤした場合、チーム全体が失格となる。

*優勝したのはイギリス代表のAdidasTERREX/Prunescoで、ゴールタイムは5日間と12時間36分。チーム・イースト・ウインドは5位で、タイムは7日間と58分だった。 

*パタゴニア・エクスペディション・レースに感動したものの、時速100キロの突風や前人未到の山道トレッキングはちょっと・・・と言う方には、他にも参加できる方法がある。主催者のノマダス・アウトドア・サービスでは、世界中から熱意あるボランティア・スタッフを常時募集している。詳しくは、www.patagonianexpeditionrace.com

をご覧あれ。