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特徴

2011
Issue 40 (Summer 2011)
ウミガメを見つける旅
By 久米 満晴

ウミガメを見つける旅
久米 満晴



寒くなってきて、去年のジャケットをひっぱり出して着た時のこと。ポケットに手を入れたら、左ポケットからは航空券の座席番号が、右ポケットからはなくしていた小銭入れが出てきた。その旅のことを思い出してニヤリ、少し懐も暖かくなりニヤリ。

何かを「見つける」というのは、ちょっとしたことでも、心を喜ばせてくれるものだ。
でも僕は、ちょっとしたこと、ではなくて、凄いもの、を見つけてしまった。それは、今から5年ほど前のこと。その、見つけたもの、とは「ウミガメ」だ。ウミガメといってもタダのウミガメではない、足にタグ(標識番号)のついたウミガメなのだ。

僕は波の写真を撮りに日本の南の島、種子島に移り住み、漁師をしながら写真を撮っている。定置網漁という体育館がすっぽり入るような大きな網を毎朝8人ほどで上げて、魚を獲っているのだが、実は、そこにはよくウミガメが迷い込む。少なくとも年間50頭は入る。もちろん保護条例でウミガメは獲ってはいけないので海に返しているのだけれど、その中の1頭の足にタグがついているのを見つけたのだ。

 「アカウミガメは日本で生まれ、メキシコまで泳いで行って、大人になった30年後くらいに、また産卵に帰ってくるんです」

そう教えてくれたのは、日本ウミガメ協議会というNPO団体。タグに書いてある電話番号へ電話をかけた時のことだ。

のろま、というイメージのカメが、太平洋を横断(アカウミガメという種のみ)していたとは。しかも、産卵するのは北半球では日本の南だけで、その中でも屋久島と種子島が最も多いという。



「ウミガメ」という写真のテーマを「見つけた」瞬間である。

ウミガメを追いかけたい。それには風という自然の力を使ったヨットがいい。そこで中古ヨットを探してみると、バブル景気の名残なのか、古くて小さく量産されたもので、修理代だけで乗れる、というヨットを見つけてしまった。これは必要だ。普段、優柔不断なのに、こういう時だけ決断が速い。こうして、ヨット経験はほとんどないのに、古くて可愛いヨットを手に入れたのだった。名前はmoonbow2、見えたら幸福になれるという、なかなか見ることのできない「月明かりでできる虹」にした。

さて、ウミガメ探しの旅に出発である。期間は7月からの約1カ月間。日本で最も多いアカウミガメの産卵地である屋久島周辺の、今まで調査のされていない12の島々に決めた。
そこで、やるべきことの計画を立てた。アカウミガメの産卵跡を探したり、島人からウミガメの話を聞いたり、昔の海岸線や砂浜の写った写真を探して、その写真を撮影した場所を探して、今と比べてみる。海からは、砂浜を探して島を回り、泳いでウミガメの写真や、ウミガメの見ている景色を撮る。そして、ふ化のピークを迎える旅の後半には、砂浜から生まれ、太平洋を渡り始めるコガメを海で探しだして、写真に撮る。

7月に入り、毎朝の定置網漁が、3か月間の休漁期に入った。

「いってらっしゃーい」

相棒と僕は、家族に見送られ、母港の浮桟橋からロープをはずし、梅雨の明けきらない雨空のもと、旅に出たのである。

始まりは雨。カッパを着ていても、海の上で雨ざらしというのは、気分が滅入ってくる。しかも、風の弱い時や、緊急時、それに港内での航行に使うエンジンが調子悪く、予定より近い隣の屋久島に入港することにした。なんだか不安を抱えたスタートだった。

屋久島では漁師の友達に、種子島と屋久島の海峡の潮がとても速いことを教わった。出航の日は潮回りから昼前が出航時間の狙い目だった。けれど、次に向かう島は北にあり、北西から風が吹いているので時間がかかることが予想される。待ち切れず朝に出航してしまった。大間違いだった。いくらジグザグに風上に向かって走っているつもりでも、また同じ場所に帰ってきてしまうのだ。

昼過ぎまでそんなことを繰り返して、やっとの思いで種子屋久海峡を抜ける。自然の力を甘く見てはいけなかった。予定の馬毛島に付く頃には真っ暗。今までに2度ほど昼間に漁船で入港したことがあったので、なんとなく港のイメージは湧くけれど、赤灯がひとつだけ灯る、小さな港だ。しかもヨットは漁船よりも底が深い。座礁してしまったら旅が終わってしまう。懐中電灯頼りにゆっくりゆっくり港に入る。夜の港に入るのは危険だと痛感する。

旅はトカラ列島の北にある三島村へ進む。竹島、硫黄島、黒島からなるこの島々は、それぞれ人口112人、142人、215人の小さな島々。

向かい潮と向かい風に苦しみながらも、小さなヨットmoonbow2は、1週間かけて、この3島を調査した。どこの島もまずは情報収集のため小学校へ向かう。移動は長めのスケートボード。上り坂は歩いたりトレイルラン気取りで走ったり、下りはスケートサーフィンだ。

小学校に着き「ウミガメの調査に来ました」というと、突然の訪問にも関わらず校長室に案内していただき、校長先生から直々に話を聞くことができた。ウミガメについて子供たちが研究してないかどうか尋ねたり、砂浜にウミガメは産卵にあがるので、島にある砂浜までの行き方を尋ねたり、古い砂浜の写った写真や文献を見せていただいた。

竹島では、船揚げ場の斜路をウミガメが上って来た話しを聞き、硫黄島では、毎年80頭もの産卵があったけれど、港の拡張で潮の流れが変わり、砂浜が無くなってしまい、島外から運んできた砂を盛った人口ビーチに、去年は20頭ほど産卵していたという。黒島ではウミガメを探しに泳ぐと、港を出たところでこの旅第1号、甲羅の直径5~60cmほどの小さめなアオウミガメを見つけた。



三島村での一番の出来事は、「硫黄島上陸作戦」である。その名の通り、今も噴煙を上げる硫黄の匂い漂う島。島のまわりをヨットで砂浜がないか探していると、双眼鏡で砂浜らしきものを発見。相棒をヨットに残し、カメラを抱えサーフボードでパドルを開始したのだ。海岸線に近付くと、そこは時折海底からボコッと煙の上がる黄緑色をした海。舐めてみると、なんだか鉄臭くて不気味。無事上陸し海岸線を行くと、波で洗われた丸い石と、大量の軽石だらけで歩きにくい。ヨットから見た砂浜のような砂は、崖崩れで砕かれた小さな尖った砂利で、ウミガメが卵を産めそうなところではなかった。ウミガメの形跡は何も見つからなかったけれど、地獄の海を渡り、無人島にひとりでいる気分にとても興奮した。

さて、次の島からは南へ下る。トカラ列島である。口之島、中之島、諏訪之瀬島、平島、悪石島、小宝島、宝島の7島。どの島も人口は100人前後。現在は無人島の臥蛇島もある。

ここへは初の夜通し航行。明るいうちに次の島に着こうと思うと、夜中走らなければ間に合わない距離がある。余裕を持って夕方出航。こういう時に限って、天気予報通り一晩中大雨である。相棒とふたりで交代しながら舵を持つのだけれど、風の強さによってヨットというのはいろいろやることがある。雨にずぶ濡れになりながら、デッキで交代で眠る長い夜だった。やがて、朝と共に空が晴れ渡ってきた。それは、なんと待望の梅雨明け。夜の海の上で梅雨前線を抜けてきたのだ。それからは肌に痛いほどの日差しが降り注ぎ始めた。そして予定通り口の島へ昼過ぎに到着。次の日はシュノーケルとカメラを持ち、サーフボードに乗って、海水パンツ一枚で、ウミガメ探しと初サーフィン。夏が突然やってきた。

このトカラ列島は、源平合戦で源氏に敗れた平家が、追手を逃れて辿り着いたとされる島々。多くの島に当時の監視用の見晴らし場所、というのが残っている。言葉使いも特徴のある鹿児島弁とは異なり、昔の綺麗な言葉が使われていて、今もお歯黒の儀式が残っている島もある。また遠く南方の島々に多い仮面を使った儀式が続けられているところもあり、興味深い。

この島々を調査して分かったこと。それは、砂浜のある場所にはウミガメは産卵にあがること。ただ、その多くが人間の作った港や防波堤によって、無くなってしまったり、狭くなってしまっていること。

人間が便利さを求めて港を拡張することで、島から砂浜が無くなっていき、絶滅危惧種であるウミガメは産卵場所をなくしている。そして、島からは若者が出ていき、小学校も全校生徒で10人に満たないところが多い。貴重な文化も失われ、過疎化が進んでいる。こんな悪循環が南の島々で起こっていたのだ。

旅は、折り返し地点であるトカラ列島最南端の宝島まであと5マイルと迫っていた。天候は晴れ、この旅で最も強い東風を受けながら、スピードをグングンあげて快走していた。
すると突然目の前から、全てが消えた。



 「えっ?」

人間は信じられない出来事が起こった時、それを理解することができずに、時間が止まってしまうのだと知った。マスト(ヨットの中央に立っている柱)が根元から折れて、セイル(風を受ける帆)が海面に漂っている。ヨットは引っ繰り返らないか? 調子の悪い予備エンジンはかかるのか? 不安が襲いかかってくる。

まずはエンジンをかけてみる。かかった。でも今ペラを回したら海に垂れているロープやワイヤーを巻いてしまう。とにかく海に浸かっているものをデッキに引き上げ、ヨットに固定する。船は返りそうにない。トボトボとエンジンを使い、ゆっくり最終目的地の小宝島へ走る。なんとか漂流せずに済んだ。けれどもこのエンジンだけでは、種子島まで帰れない。途方にくれながらも、なんとかなる、と信じた。

数日後、なんとかなった。ブームという横に伸びているポールをマストの代わりに立てて、横向きになったセイルを張る。小さな小さなセイルができあがったのだ。2行の文章で済むはずのない試行錯誤が、この裏にはもちろんあるのだけれど。

ここからは帰り道。けれども大切なミッションが残っている。太平洋を泳ぎだすコガメを探すことだ。ちょうど今からが、ふ化のピークの時期である。大きな海で小さなコガメを探すこと。大げさに言えば、地球の約71%を占める海、約3億6000万平方kmの海で、直径5cmほどの甲羅のコガメを探すのだ。

作戦はこうだ。これまでの島々を見ても、やはり産卵は屋久島が一番多いことがわかった。そこで屋久島まで戻り、最も産卵が多いと言われる浜の回りの潮の流れを考える。夜間にふ化するウミガメは、自力で泳いで、潮に乗って、どこを通って黒潮に乗るのだろうか考えた。狙いは種子屋久海峡。行きの航海で潮が速く、苦難したところだ。

朝からカメラを2台抱え、足ひれを履いて、ヨットの最後部に腰掛ける。そして、ヨットを走らせ、海に浮いているゴミや流木を探す。そういった浮遊物は、潮のぶつかる潮目に集まるので、その陰は海面近くで暮らす生物にとって、オアシスのようなところ。鳥や外敵から身をひそめられるし、食べるものもあるだろう。コガメもそこをきっと通るという読みだ。

この日は、何度潜っただろうか、小さなゴミも見つけ次第飛び込んだ。泳いで30分近く続く長い潮目もあった。お昼も過ぎ、疲れと苛立ちを感じながらも、その浮遊物の下に集まる、数種類の魚の子供たちの鮮やかな世界に見とれていた。

やがて、一瞬時間が止まるのを感じた。マストが折れたあの時と同じ感覚。
黒い小さな物体が、蝶のように羽をばたつかせ、こちらに向かってくるのだ。
最近、覚えがないほどの大きな声をあげ相棒に知らせた。

 「見つけたー」

小さな小さなセイルを張ったmoonbow2は、そのコガメを撮影したフィルムを持って、しっかり種子島に帰ってきた。島を出て、31日が経っていた。

来年の旅へ、つづく。