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特徴

2011
Issue 40 (Summer 2011)
新島ショアブレイク
By クラーク・リトル

新島ショアブレイク (=波打ち際で一気に崩れる波)
クラーク・リトルによるフォト・エッセイ



僕が最初に日本を訪れた時には天候に恵まれず、ビーチの水も綺麗とは言えない状況だった。だからその旅では、取り立てて話すような良い写真は撮ることができなかった。

2度目の来日では、強い熱帯低気圧が連れてきた雷と大雨が僕を迎えてくれた。イベントに参加するために青山へと向かう途中、傘のない僕はズブ濡れになってしまった。普段から仕事で水の中にいる僕にとっては大したことではなかったが、靴の下に広がっていく水たまりを見たイベントのスタッフにとっては違ったようだった。まあ、結局はことなきを得たんだけれど、その話はまた改めて。

その夜、嵐の音を聞きながら眠りについた僕は、代わりに訪れた静寂のせいでずいぶん早く目を覚ますことになった。仕事を手伝ってくれている僕のハワイの友人も、同じく外の静けさで目が覚めたようだった。彼は日本に住んでいたことがあって、僕の案内役をやってくれていた。外はまだ真っ暗だというのに、ふたりともすっかり目が冴えてしまった。その日は午後まで予定はなかったので、せっかく早起きしたのだし何をしようかという話になった。インターネットで天気予報サイトを調べてみると、昨日までの予報とは変わり、神奈川や千葉や伊豆の海に行くには絶好の天気になりそうだった。晴れあがった空に穏やかな風、嵐が残していったうねり、なかでも一番大きな波がありそうなのは、天気予報図の端っ子に位置する伊豆諸島だった。もちろん、新島も入っている。



新島にはいつか行ってみたいと長い間思っていたけれど、まさかこの旅で行くとは思ってもみなかった。まずどうやって島まで行くのか見当もつかない。でも伊豆諸島には今日一番の波がありそうだし、コンディションもパーフェクトの様子とあれば、何としてでも行く方法を見つけるしかなかった。

インターネットでリサーチを続けていると、調布空港から新島まで1日に4便の小型飛行機が飛んでいることを知った。午後からの予定を考えると時間的に厳しかったし、陸での移動も大変そうだ。けれど、最初の便で新島に飛んで3時間後の便で戻ってくれば、横浜での約束にはぎりぎり間に合いそうだった。

さっそく予約の電話を掛けてみたものの空港オフィスは午前8時まで開かないという。最初の便に乗るためには、それから家を出ていたのでは間に合わない。あとは運にまかせて、空席があるようにと祈りながら、とりあえず空港まで向かってみることにした。

何本か電車を乗り継ぎ、タクシーに乗って、朝日が昇りはじめる街を2時間さまよった後に調布空港へ辿り着いた。入口にはすでに何人かの釣り人がチェックインの開始を待っていた。聞くと、みんな1カ月前には予約を入れていたと言うではないか。滑走路にある飛行機のサイズと集まってくる乗客たちの数を見比べてみた。飛行機は小さな15人乗りで、ロビーには10人ほどが集まっている。しかしラッキーなことに、それ以上の乗客はあらわれず、僕らは無事にふたつの座席を確保することができた。



ちょっとした遅れの後、小さなプロペラ機は滑走路から離陸した。ブンブンと回るプロペラが飛行機を揺らし、ガスの匂いが漂ってきた。そしてあっという間に鎌倉上空から海に出ると、20分程ほどの上を飛んでいった。午前10時半、新島空港に到着。辺りの山や豊かな緑に囲まれた風景は、まるでハワイの小島にやってきたかのようで不思議な感じがした。

僕たちは子供のように大はしゃぎで滑走路のすぐ反対側にあるビーチまで走っていった。新島に降り立ってから10分後には、僕らはもう海の中にいた。想像していたより新島はずっと良い場所だった。ライトグレー色の砂浜が6キロも続く海岸。そこにはサーファーがたったひとりだけ。きれいに晴れた青空の下には胸から肩サイズのセットが入り、穏やかな風で海面もきれいだ。僕の慣れ親しんだハワイのノースショアほどサイズはないものの、それでもコンディションは最高だった。

僕たちが海に入っていられたのはたったの1時間だった。岸辺の砂浜を守るために投入されたテトラの間から撮った写真もある。何枚かはもう少し沖で割れる小さなチューブを撮った。ちょっと変わったところでは、工事現場の前の金属フェンスに当たって空中に打ち上がる波もおさめた。新島はとてもユニークな場所で、短い滞在時間ながらも僕はいろいろな波を撮ることができた。

ヒッチハイクで空港まで戻り飛行機に飛び乗ると、1時間も経たずに東京の調布空港に戻って来ていた。眉毛にはまだ乾いた塩が付いている。タクシーに乗り、3本の電車を乗り継いだ後で3キロ歩いて、横浜のグリーンルーム・フェスティバル会場に到着した僕は、アートワークの展示準備に取り掛かった。

周りでスタッフが忙しそうに準備に走り回る中、僕は何度も手を止めて、頭の中で今日のリプレイをしていた。さっきまでの時間って、本当に現実だよな?



クラーク・リトルについて:
カルフォルニア州のナパで1968年に誕生。2年後にオアフ島のノースショアに移り住んだことが彼の未来を大きく変える。80~90年代には、ワイメアベイでのショアブレイク・サーフィンのパイオニアとしてその名を馳せた。危険極まりないショアブレイクの大波に挑戦し生きて帰るという、類まれな才能を持つ男。それがクラークだ。

2007年のある日。クラークはベッドルームの壁に飾る海の写真が欲しいと奥さんに頼まれた。経験を積んだサーファーとしての自信を支えに海に飛び込むと、そのままシャッターを押した。これがきっかけとなって、ハワイの波、特にそのショアブレイクのすさまじいパワーと崇高な美しさを写真におさめることに情熱と才能を見出した。クラークの作品は、危険な波が持つ様々な表情を、彼にしか撮れない視点で余すことなく捉えている。

ノースショアのショアブレイク写真を撮り始めてからわずか4年間で、クラークは国内外で認知を得ることになった。ナショナルジオグラフィック、ニコンワールド、ゲオ、ザ・サーファーズ・ジャーナルといった雑誌を含む世界中の紙面を飾っている。2010年にはオーシャン・フォトグラフィー・アワードを受賞。2011年4月から9月まで、ワシントンDCのスミソニアン自然史博物館に2点の受賞作品が展示されている。クラークの作品はハワイのハレイワと、カルフォルニアのラグーナ・ビーチにあるギャラリー、もしくはwww.clarklittle.comで見ることができる。