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特徴

2011
Issue 39
自分の居場所を見つけたアイ・フタキ
By Tim Rock

Free in the Sea: 自分の居場所を見つけたアイ・フタキ
Story & photos by Tim Rock

西日本の海辺で育ったアイ・フタキは、子供のころから海が大好きだった。素潜りで真珠を拾う技を持つ海女さんたちに囲まれ、身近に接することができた環境に影響されたのかもしれない。10代の女の子から自分のおばあさんに当たる年代の女性たちまで、幅広い年代の海女さんたちが海に入っている姿を見ていた彼女は、いま自分も海と密接にかかわる人生を送っている。もう20年近く、ただ海に入るだけではなく、海の上でも海の奥深くでも、海さえあればどこにいても自分が心地よくいられる場所をいくつも見つけ、そこで生きてきた。

アイ・フタキはいま、ミクロネシアのヤップ島の西に広がるフィリピン海の上を漂っている。さすがの彼女も、まさかここが最後の場所になってもいいなんて思ったことはないはずだ。なんといっても彼女が浮かんでいるところからわずか17メートル下、アウターリーフの外側にある深い溝沿いでは、グレイリーフシャーク、ブラックチップシャーク、ホワイトチップシャークといった面々が獲物を探してグルグルと泳ぎ回っているのだから。

ダイブボートはすぐ近くにいる。普通の人間なら、やはりここではボートに戻っておこうと考えるはずだ。だが、アイは手にしたビデオカメラをチェックすると、おもむろに頭から水中へ潜っていった。ゆっくり慎重に、ゆったりしたキックで、シャークが群れをなす方向に向けて海面から少しずつ沈んでいく。



アイが生まれたのは、日本海にも近い金沢市西部。だが、彼女には自分の地元と呼べるような場所が他にも世界各地にある。メキシコのユカタン半島で仕事をし、キューバで学び、LAではフィルムスクールに通い、さらにタイではビデオスキルを磨いた。そしてそれ以外にも毎年世界中のコンペティションに参加し、世界のトップフリーダイバーたちとともに記録を競い続けている。

彼女自身、現在フリーダイビングの記録保持者でもある。2009年、メキシコの深いセノーテで、コンスタント・ウェイト・ノー・フィンズ部門でアジア女性が持つ記録(55メートル・スイム)を破ったのである。

おそらく皆さんがこれを読んでいる頃、アイはちょうど4ヶ月にわたる日本滞在を終えているはずだ。今回の日本で、アイは女性が史上初めて挑む、まさに特別な目的のためのトレーニングに取り組んでいた。その目的とは、メキシコのセノーテを抜けて潜水を行い、その後、ほら穴を通ってバーティカルに進んでいくという挑戦だ。しかも光と水しかないその神秘的な場所へ行くためには、ユカタン半島のジャングルを徒歩で進みながら、重量のある安全なエクイップメント各種を運んで行かなくてはならない。

そして2011年1月7日、彼女は見事に誰も成し遂げたことのない偉業に成功し、2つのギネス記録を達成した。そのひとつはワンブレス。フィンのみで、ほら穴を泳いだ最長記録100メートルを泳ぎ切った。女性では世界初の快挙である。



さらにフィンなしでも90メートルという驚異的な距離を泳ぎ、こちらは男女を合わせて世界最長の記録としてギネスに登録された。
“海女(Ama)”というのは文字通り日本語で”海の女”という意味だ。漢字でもそのまま”海”と”女”という2文字で表される。日本では普通海女さんと呼ばれ、アイさんもまた間違いなく彼女たちと同じルーツを持っていると言える。

彼女たちはもう何千年もの間、日本の冷たい海に息を止めたままで潜るという方法で(1960年代まではほとんどが裸で海に入っていた)、貝や海藻などの食料を収穫し続けてきた。かつては村々の食料の最大供給者として活躍しており、一時期は彼女たち海女さんが世界最大の商業ダイバー団であった時期もあったほどだ。

しかし現在はその数もだいぶ少なくなっている。最年少の海女さんでもすでに50代を迎え、上は70代や80代、さらに年長の海女さんもいるが、みな現役で仕事を続けている。彼女たちの娘の世代は地元を離れて都市へ移り住む人が多くなり、冷たい海で厳しい訓練を積んで海女さんを継ぐ娘たちは年々減り続けている。このまま現役の海女さんたちが引退していけば、いつの日か海女さんは日本の海からいなくなってしまうのかもしれない。



そんな海女さんたちと同じように、アイ・フタキもまた特別な血を引いた海の女性だ。世界でまだ女性が誰も成し遂げてはいない彼女だけの偉業を、次々に打ち立てようとしているのである。彼女にしか到達できない場所、彼女だけが適した場所、そんな場所をアイは探し続けている。

海の世界で、彼女のような挑戦をしている人は世界を見渡しても少ない。彼女の偉業は、コーラルリーフでのスキューバダイビングの知識や経験、ビデオグラフィーのスキル、フリーダイビングのトレーニング、そのすべてを身につけた上でしか達成できないからである。まるで彼女にしかできない方法をもって、水中で自在に動き回り、アクションフォトグラフィーを実践する。彼女がやっているのは、そんなことなのである。さらにモデルとしての役割も少し加わるとなれば、彼女は海の中でありとあらゆる役目をこなせる海の女性そのものということになる。

彼女は言う。

 「エアなしでこれをやること、それに私たちの大切な海へとつながるカノーテをワンブレスだけで抜けていくことによって、この海や水がどれほど大切なのかというメッセージになればいいと思う」

私はヤップで彼女がシャークの方、そして私がいる方へと下降を続ける様子を見ている。彼女は青い静かな海の中へとゆっくりと沈んでいき、リーフに沿ってさらに青い海へと進みながら、深い溝の周りを回っていった。そして20メートルほどの深さに達した場所で停止して、青い海の中に浮かびながら通り過ぎていくシャークたちをフィルムに収めていく。その様子はまるで、彼女自身もシャークたちも、互いを珍しい生き物として眺め合っているかのようだ。そしてそのどちらにも、恐れや攻撃的な気持ちはまったく感じられない。

1分が経ち、また1分が経った。彼女は静かにリーフに沿って動き、パーフェクトなショットが撮れる場所へと移動していく。そしておそらく3分ほど経った頃、両手を頭の上へ向け、流れるようなドルフィンキックで優雅に水面まで上昇し、呼吸をする。それは驚くほど美しく、まさに彼女だけが演出できる海の眺めだった。

アイ・フタキはチャレンジをまったく恐れない女性だ。その性格は、あえて自分自身でチャレンジングな状況を作り出すこともあるほどだ。スキューバダイビングの世界へデビューを果たしてからもずっと、彼女は次々とチャレンジを見つけ、またそれに果敢に挑戦し続けてきた。2003年にホンジュラスでスキューバの魅力を知って以来、彼女は業界内でも様々な活動を続けていった。

ツーリズム産業の枠の中で、単なる仕事というだけでなくそれ以上のこともしたいと思っていた彼女は、友人の勧めで、2007年にタイで行われたフリーダイビングの大会に参加。ベーシックな知識を学んだ彼女は、なんとその後、フリーダイビングのインストラクター免許まで取得する。そして大会出場を続けながら、テレビ局が行っていたフィルミング・コンペティションへの参加も開始することになる。



だが次第に、フリーダイビングのコンペティションにはどうしても欠けている点があると感じるようになった。当然ながらフリーダイビングのコンペティションというのは争いだ。そして彼女は、リーフや海やそこで暮らす生き物たちとのつながりが欠けていると感じられるようになっていったのだ。自分の経験やスキルを生かし、さらに新しい世界へと歩を進めることを決意したのである。

「もちろんフリーダイビングは大好きよ。一生続けていきたいことだとはっきり言える。だけど、私にとってのフリーダイビングは、ただ深く、より深くと自分の限界を超えていくことだけじゃないっていうこと。そこにある素晴らしさや美しさも伝えていきたいっていうことなの」

記録を追うだけではない立場になったからといって、トレーニングには変わらず厳しくのぞみ、コンスタントに続けている。人はいったい何分くらい海の中で泳いでいられるのだろう? ウミガメみたいに泳ぐためにも、厳しい体調管理や食事の管理を続け、アルコールは避け、できれば海で、可能な限り頻繁に泳ぐことを心がけている。

彼女のダイブ方法は、まず最初の数回は10メートルから15メートル程度を目安に行い、その後で徐々に深くしていくというものだ。といってもそれは際立った技術があるからこそで、彼女にとっては、30メートルほどの位置でステイしながら撮影を行うことなど何の問題もないらしい。

「どんなスポーツでも同じだと思うけど、ウォームアップは大切。まずそれをやっておけば、その後ずっと長くステイできるから」とアイは言う。彼女はリーフに沿ってゆっくりと移動しながら、どんな深さであっても4分まではステイ可能という。だからこそ、ブクブクと泡を発しながら移動するスキューバダイバーには撮れないフッテージが撮れるのだ。

「潜っていく時は、魚たちも逃げていくわ。でもしばらくそこにいれば、そのうちに戻って来てくれる。だから撮れるのよ」。
またエアを背負ったダイバーは動ける範囲も限られるが、彼女の場合にはそれもない。

「海の中でより自由を感じられる。スキューバダイビングだったら無理な場所でも、私は自分が行きたいと思ったところへ行けるんだもの。自由自在に動きながら、そのままのアクションをフィルムに収めることができるわけ。魚と一緒になって、同じ動きをすることだってできちゃう」と、いつもように目を輝かせながら話してくれる。

今回のこのミクロネシア・リーフ・シャーク・ダイビングは、彼女が2010年に新しく体験したものだ。そして2011年の第1週には、世界記録2つを達成した。いったいこれから先はどうなるのだろう。

彼女はこれからも人々を楽しませ、海にまつわる様々なことを知ってもらい、生物や環境の保護についても知識を共有しながら、自分でも何かその助けになれないかと考えている。なかでも彼女が心を痛めているのは、世界各地でシャークのヒレを狙う人間が増えていることだという。シャークのヒレだけを狙って捕獲し、ヒレが無くなった状態で胴体だけを海に戻す。その結果、当然シャークの生息数は世界中で激減し、絶滅の危機に近づいているのだということだ。

「一番大切なパーツであるヒレを最初に狙うなんて、ただお金のことしか考えてないってことでしょ。そんなのフェアじゃないわ」
彼女はグアムのローカルのスピアフィッシャーマンの姿をフィルムに収め、自然のままのコモドにあるリーフや、ミクロネシアのヤップやパラオで自由に暮らすシャークたちの姿も捉えてきた。どれも驚くほどのテクニックによって撮影されたものだ。

去年も地元に戻っていた彼女は、その時になじみ深い海女さんたちの姿もフィルムに収めている。カメラを手にし、深い敬意を込めて、実家のある金沢からも近い海で海の生物を収穫する海女さんたちの姿を記録に収めた。その時に感じたそうだ。なんて素晴らしいことなのだろう、と。

アイはこれからも海にかかわるフィルムを撮り続けるという。
「水中の世界を人々に知ってもらうための1つの方法だもの」と、彼女は自分のライフワークを語る。理由は「みんなをハッピーにしたいだけ」である。

Web Connection

YouTubeでアイのフィルムやコンペティション・ピースを視聴可能。彼女の名前で検索するか、以下のリンクから
Komodo: www.youtube.com/watch?v=7sH16puZ_Io
Record Attempt: www.youtube.com/watch?v=GcWAkmpFPQ0