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特徴

2011
Issue 38
Bonin Blue
By Tim Rock and Yoko Higashide

Bonin Blue Whale Watching

”ボニン・ブルー”と呼ばれる海を60フィート潜った海中で、周囲をサファイア一色に染めるきらびやかな水に包まれ私は漂っていた。海底には丸い大きな石がいくつも転がっていて、かなたを見ればどこまでも果てしなく海が続いている。タイバーたちは海底に沿ってゆっくり移動しながら、無数の岩間をぬって泳ぐ色鮮やかな魚たちを眺めて楽しんでいる。でも私はそのブルーの世界にただ魅了されていた…

私は人里離れた遠くのその場所で、波の下へ潜り込んでいった。元気いっぱいのガイド、ナホの話によれば、さらに多くの生物に遭遇できるよう、おもにオープンウォーターでときおり実験的なダイブをするそうだ。遠いこの海は、磯マグロやサワラ、野生のドルフィンがいることでも知られている。

だから、本当に透明そのものの海につかりながら、このブルーの中からいったい何が現れるのだろうと期待しながらじっと周りを見つめていた。海の底では、巨大なマーブルレイが岩陰の砂の中で休んでいる。その時、何かが私の視界に入り込んできた。

それは、何か大きなものが動いている、という感覚。近づいてきたのは、なんとボトルノーズ・ドルフィンの小さな群れだった。しかも彼らはまっすぐ私たちダイバーのいる方へ向かってくる。すかさずカメラを調節してストロボを光らせ、大きなワイドアングル・レンズがこのキュートな生き物の姿をしっかりとらえていますように…と願った。

すると、果たして思いが伝わったのか、もしくはボロボロのウェットスーツが珍しかったのか、生活な理由などはわからないが、彼らは私のすぐそばまで寄ってきてくれた。そして、夢中でフラッシュを浴びせる私の近くに来るとスピードをゆるめ、こちらを興味深げにまじまじと眺めていく。なかでもまだ幼い一頭は、なぜかずっと私に視線を合わせてじっと見つめたままだ。

何頭かは小さなコバンザメ付きで泳いでいた。また、年かさと思われるある一頭の尾ビレには妙な形のフジツボがくっついている。だがその動きはすべてが本当に優雅で自然だ。そしてそれは、姿を見せた時と同じようにあっという間のことだった。尾ビレを揺らしながら、彼らの姿はふたたびボニン・ブルーの中へと消えていったのである。

私にとってはこのエピソードだけでも満足だったのに、その後ディコンプレッションのために移動していると、今度は巨大サワラが様子をうかがうように近づいてきた。普通ダイバーがこうしたスポーツフィッシュに出会えることはまずないだろう。彼らは普段、外洋のカレントラインにいることが多く、コーラルリーフのある場所へはあまり行かないからだ。こんな貴重な出会いも、遠くの海だからこそのご褒美なのだ。

ボニン・アイランズ(日本語では小笠原諸島/小笠原群島)は、海洋生物や鳥類など、数多くの野生生物が生息していることで知られる島々だ。ほんのいくつかを挙げるだけでも、ハンプバック・ホエール(ザトウクジラ)、スピナー・ドルフィン(ハシナガイルカ)、ボトルノーズ・ドルフィン(ハンドウイルカ)、スパーム・ホエール(マッコウクジラ)、さらにスポッテッド・ドルフィン(マダライルカ)、ショートフィン・パイロット・ホエール(コビレゴンドウ)、ホエール・シャーク(ジンベイザメ)、その他遠海に暮らす魚たちなど、滅多に会うチャンスのない生物が生息し、彼らを見たり、接する体験をしたい観光客が訪れる。

30余りの小さい島々が散在する小笠原諸島があるのは、東京から南へおよそ1,000キロの位置。距離的にはマリアナ諸島の北と言ってもいいほどだが、行政上属しているのは東京都だ。一般住民が居住しているのは父島と母島のみで、おもに父島を中心にした住民数は2,300人ほど。

イメージとしては通年暖かいままと思うかもしれないが、実際には冬になれば気温が下がる。気候区分は亜熱帯で、気温の差は2月ごろの平均17.7℃から8月ごろの平均27.6℃まで変動する。

日本は国として観光客の数を制限したり、人工的な悪影響を最低限に抑えながら、ここに生息する野生生物の壊れやすいバランスを守り、この島々を可能な限り自然のままに維持する努力を続けている。日本の(東洋の)ガラパゴスとも呼ばれる小笠原諸島には、もちろんガラパゴスほどの広さや多様性はないが、ハイカーやバードウォッチャーにも、第二次世界大戦の歴史ファンにも、そして何より海を愛する人々にとっても十分すぎる魅力が豊富にある、自然そのままの場所なのだ。

ここには空港というものがなく、唯一のアクセス方法は、東京から父島へ就航している「おがさわら丸」(131メートル/6,679トン)。所要時間は25時間で、月に4便から6便ほどしか出ない。

船には値段も手ごろで共同シャワーのある2等船室から特等船室まで数種類の部屋があり、レストランや小さなラウンジ、エンターテイメントセンターなどがあり、アッパーデッキの外には椅子も備えられている。丸一日かかるこのクルーズそのものがすでにアドベンチャーのスタートという感じで、もちろん、同じ船で旅をする人々との出会いも楽しい。

そんな風に出会ったひとりがジェッセル・セーボレーだ。セーボレーというのは小笠原ではよく知られた名前である。というのも、彼の曽曽祖父にあたる人物は、かつて1800年代の捕鯨時代、ここに入植した初の移住民のひとりだったからである。

1830年、セーボレーを含む25人の欧米人たちは、島に移住して家畜を飼い、作物を収穫しながら、捕鯨船に水や食料を供給することで生活を始めた。

島にはセーボレー・パームと呼ばれる、ここにしか生息しない木もあるということだ。そしてその子孫であるジェッセルは小笠原で育ち、グアムでハイスクールに通い、現在はアメリカに住んでいる。この時は長男を連れ、今も島に住む母親を訪ねるところだった。

セーボレーたちが入植する前、島々は実質的に無人だったという。それ以前の時代にここへ上陸していた人々はすでにはるか昔に立ち去っていたため、この島々の歴史は比較的短いと言えるが、そこにはいくつもの出来事がある。捕鯨全盛期を間近で過ごしたという歴史を別にしても、たとえばここは第二次世界大戦中、元アメリカ大統領であるジョージ・H・W・ブッシュが撃墜された場所でもある。ブッシュ本人はその後救助されるが、彼の仲間の何人かは日本の捕虜となり、2度と母国に戻ることはなかった。

また、現在は最大の見どころのひとつであるホエールウォッチングにも過去の歴史がある。かつて捕鯨船員や海賊で賑わっていたこの港が、いまではホエールラバーズが集う場となっている。日本が捕鯨をなかなかやめようとしないことについて、ある日本人はこんなことを言っていた。

「政府が何を考えているのかわからない。いまはもう日本人の多くが捕鯨なんて見たくはないはずだ。そんなことよりも、彼らが平和に自然に暮らしているのを見守りたいんだ」

もう何年もの間、クジラは実際にこの場所には寄り付かなくなっていた。もちろんそれが過去の捕鯨によるものなのか、単に一時的に生息数が減少しているからなのかは誰にもわからない。ただ、ザトウクジラやマッコウクジラは、最近またその数が増えてきたそうだ。

シーズン中なら、ホエールウォッチャーを乗せたボートが小笠原周辺でザトウクジラに遭遇する確率は毎日90%もあるというし、マッコウクジラについても確率はかなり高いということだ。

父島には、クジラを眺めることのできる見晴らしのいい場所がいくつかある。西側に向かってキチンと整備された道を通って簡単に行けるので、高性能の双眼鏡を持っていくことが大切だ。一方、ほとんど手の加わっていない小道を数時間かけて歩く気があるなら、その先にはサラサラで真っ白な砂がある誰もいないビーチが待っていてくれる。

私たちが楽しんだのは、言ってみれば、ダイビングをしながらのイルカ探しとホエールウォッチングだった。ここでは一日かければ2回から3回のダイブが可能だ。ダイブの合間にはランチやスナックをつまみ、その間に船長とクルーがクジラやイルカを探していてくれるという、そんな具合である。

セーボレー・パームと同じように、水中にも珍しいものはたくさんあった。なかでもオガサワラ・バタフライフィッシュ(Chaetodon daedalma)はこの海にしかいない美しい魚で、ゴツゴツした海底近くを泳ぐペアと、小さな群れも見ることができた。

ここの海底はほとんどが岩の多いゴツゴツした地形だが、カレントの通り道にだけは健康なコーラルが密生している場所もある。3ノットから5ノットほどのスピードのカレント・パスでシュノーケリングを楽しむこともできるが、リーフ満載なのでフィン・キックはくれぐれも控えめにしたい。

巨大な石がかなり深いところまで転がっている独特の光景は圧巻だ。だがその結果、小さな洞窟のような空間が生まれるため、時期によってはサンドタイガー・シャークがやって来る。20メートルから35メートルほどの深さにいることが多いが、恐ろしい見た目の割には、どちらかといえば基本的にはシャイで攻撃性も弱いらしい。

ダイビングに最高の場所のひとつは、群島の中でも北に位置する聟島だ。大きくて岩だらけの無人島で、自然のアーチが複数存在するこのエリアは、何百という巨大磯マグロの生息地になっている。

アーチの横まで泳ぎ少し待っていれば、そのうちにマグロがすぐ近くまでやって来る。人間ほどの大きさのマグロもいる。ダイバーがこんな光景を近くで見られる場所は、世界でも数えるほどしかない。

こうしてダイビングやザトウクジラやマッコウクジラを満喫した私たちだが、実のところ小笠原を目指した最大の理由はドルフィンだ。ハンドウイルカは人間をほとんど恐れていない様子で、時には本当にすぐ横を泳いでいくこともある。興味津々に人懐っこい素振りを見せ、あの素晴らしくアクロバティックな動きを披露してくれるのだ。

その出会いはわずかな時間だとしても、彼らが自分の近くまで泳いで来てくれて、クルッと回ってくれるそんな瞬間、これまで何時間も何日も過ごしてきた海での時間が無駄ではなかったと心から感じられるのである。

数日間を一緒に過ごした地元のダイバーたちは、まるで彼ら自身がイルカなんじゃないかと思うほどだった。あっという間に10メートルから15メートル近くまで潜ると、今度はイルカの動きを真似る。すると、イルカが実際にそこに加わって一緒に遊ぶことすらある。

ある満月の翌朝、地元の人たちがタコを探しに岸の方へ出ていた時には、予想通りイルカの小さな群れを発見した。リラックスしていた彼らは私たちと一緒に泳ぎ始めたが、尾ビレがワイドアングルのレンズからほんの数センチというほどに近い。海底をゆっくり移動したと思ったら、今度は海面まで上がって呼吸。そんな彼らの動きに合わせてこちらも移動しながら、この小さい群れと長めのスイムを一緒に楽しむことができたのだが、おそらくこれが一番の出会いだったといえるだろう。

太陽の光が筋状になり、驚くほどクリアなブルーの海にフィルターをかけていく。その様は、まるで魔法のようだ。

海に出る一日は8時間のトリップになるのが普通である。ベストシーズンは6月から10月だが、彼らは1年を通して姿を見せる。マッコウクジラのウォッチングなら、春から秋の終わり、とくに8月から10月がベストシーズンだ。ここでは先ごろ、「ナショナル・ジオグラフィック」誌がスポンサードする科学者が巨大イカの初の写真を撮っている。そう、マッコウクジラの好物だ。

一方、歴史ファンは、丘の上に今も残るほら穴や古い銃や遺物の数々に興味をそそられるだろう。シュノーケラーやダイバーなら、第二次大戦時の難破船である濱江丸を近くから見ることもできる。敵の魚雷攻撃を受けて境浦湾に沈んだこの船は、現在は数多くの魚の住処になっているが、浅瀬でのダイブやシュノーケルの際、満潮時にもっともよく見えるようになる。

町中には、小さな食堂やパブなどもいくつかある。また商店では小笠原ならではの海塩やアンバージャック(ブリ/ハマチ)のスシなども買え、クジラの骨で作ったお土産物を売る店もある。さらに、展示館やホエール・インフォ・センターも点在。夜になれば、蛍光キノコやオオコウモリを探しながらの散歩も楽しい。

小笠原は魅力にあふれる小さな島。訪れる人は多くはないが、一度訪れた人は、ボニン・ブルーの魔法をずっと忘れない。

TRAVEL NOTES
アクセス:
自前の船もしくはセイルボートでも所有していない限り、小笠原諸島へのアクセス方法はひとつしかない。「おがさわら丸」の運賃は決して安くはなく、船室のレベルに応じて片道で\22,500から¥55,000。Tel:(03)3451-5171

宿泊:父島には42件、母島には12件の宿があり、宿泊料金は2食付で1人\6,500から\10,000程度。観光情報全般については小笠原村観光協会までTel:(04998)2-2587。英語はあまり通じないので、ある程度は日本語を話せたり読めたりする方が当然ラク。

MARINE LIFE
海洋生物の観察には春の終わりから秋の初めにかけてが最適だが、ザトウクジラはおもに冬にやって来る。また多くの魚が8月と9月に産卵期を迎える。
ザトウクジラ — 1月から4月
ハシナガイルカ&ハンドウイルカ — 通年見られるが、水温が高くなる6月から10月ごろがベスト

マッコウクジラ — おもに夏から秋

サンドタイガー・シャーク/スパイニ—・ロブスター — 5月から9月

ウミガメ — 3月から9月

磯マグロ — 5月から9月

 

詳細は小笠原ホエールウォッチング協会までTel:(04998)2-3215