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特徴

2010
Issue 37
神楽バックカントリー・スプリットボード体験談
By Keith Stubbs & Andrew Kelly


今日の神楽は雲一つない晴天。お隣の苗場はすっかり春スキーのコンディションだが、こちらは標高が少し高く、冷たい北風が入ってきた事もあって、まだ20cmほどのパウダーが残っている。アンドリュー・ケリーと僕は朝から北側の斜面で撮影をしながら、ようやく一番上の2人乗りリフトまでたどり着いた。

この2人乗りリフトは毎年、春先になるまでオープンしないことが多いのだが、ここから魅力的なバックカントリーエリアにアクセスする事ができる。休憩をかねて、これからバックカントリーに入っていくスノーボーダー達の写真を取っているとちょっと控えめな男と出会った。彼の名前は永井拓三。『トライフォース』という山岳ガイドグループを率いているそうだ。

通常、出会ったばかりの他人から『一緒にバックカントリーを滑ろう』という招待を受ける事は少ないものだが、ここ日本ではそういう機会がわりと多い。彼と少し会話をかわすと、博識がありプロフェッショナルである事、そしてとても謙虚な人間であるという事が伝わってきた。きっとすばらしいガイドなのだろうと思った。

会話を続けるうちに彼がナイキACGのプロダクトデザイナーで、そして現在、新潟大学大学院にて雪崩に関する研究を行っているという事も分かった。さらに、彼は『ボルテージ』というオリジナルのスノーボードをデザインして販売しているという。 

どうも『ボルテージ』というブランドのボードは一般のスノーボードとはかけ離れている。彼の最新作はボードが真ん中から二つに割れるのだそうだ。バックカントリーの最新事情をあまり知らないスノーボーダーは『なぜ?』と思うかもしれないが、この新しいタイプのボードはスプリットボードとよばれ、雪山での長い登りを楽にする画期的なデザインである。

『スプリットボードの一番の利点は登りの時に軽い事。バックカントリーの奥深くまで楽にアクセスする事ができるんです』と永井は言う。

スプリットボードを簡単に説明すると、一般のボードを真ん中から2つに割り、ノーズとテール部分を金具でつなぐ仕組みになっている。バインディングも特殊なプレートをマウントする事で、横向きのライディングモードから前向きのツアーリングモードへ簡単に切り替える事ができる。

スノーシューよりも移動が速く、楽である事から、スプリットボードは今世界中のバックカントリーライダー達から注目を集めている。特に自分で登ってその分滑る事の意義を感じる者や、環境問題に敏感なバックカントリーライダーからの注目は熱い。

スプリットボードは板の裏側にスキンをつけて、スキーやテレマークの様に山を登る事ができるぶん移動が速いというだけでなく、スノーボードを背負って歩く必要がないので長距離のハイクには特に向いているわけだ。

もちろんスプリットボードにも不向きなコンディションがある。だが、ここ神楽のバックカントリーはドライなフカフカのパウダースノーが多く、その遊びのある地形は長時間のハイクを要するので、トライフォースのバックカントリーツアーにはもってこいのロケーションなのである。

『スプリットボードが全て、という事ではないんです。急なハイクやカチカチに凍ったコンディションにはブーツにクランポンの方が向いています。でも長いハイクやメローなラインにはスプリットボードがバッチリなんです』

翌日一緒に滑ろうと約束をかわし、朝8時に山麓駅の駐車場で待ち合わせする事になった。 みつまたロープウェーのふもとで合流し、『はじめまして』のあいさつの際に僕の不慣れなお辞儀と握手をやさしく受け止めてくれたクルーと一緒にギアのチェックをすませる。スキンズ、トランシーバー、ゾンデ、シャベル、ストック、控えの手袋、昼飯にカメラ。準備はOK。

神楽の山頂へ行くには、ロープウェー、ゴンドラ、複数のリフトに乗り、その間に少しハイクしなければならない。頂上につくと、そこから3時間のハイクが待っている。スプリットボードをスキーモードにし、汗をかかないようジャケットを脱ぐ。曇らないようにゴーグルをはずして、サングラスをかける。そこからの3時間はとても楽しいものだった。笑いと美しい眺めにかこまれ、ときおりの下り斜面では不慣れなスキーモードで転んだり、苦戦しながらも笑いながら歩いた。

目的地につき、地図を見ながら神楽バックカントリーのポテンシャルに驚いた。昼食を食べながら彼のボード作りやガイドの話なども聞かせてもらう。『スプリットボードは日本の山にとても向いているんです。メローな山が多く、一晩で50cm以上の積雪なんて事もよくあるんでね。深い新雪の中の長いハイクにはやっぱりスプリットボードが最適なんです』と永井は言う。

ストックをたたみ、滑る為の準備をはじめる。パズルのようにスキーモードのスプリットボードをライディングモードに切り替える。吹きだまりのリッジラインやフカフカのオープンバーンなど、メローで遊びのある地形を30分かけて楽しみながら降り、下の方の尾根の春雪まで味わう。

午後2時には駐車場に戻ってきて、ギアの確認とお別れのあいさつを交わしたのだった。

自分にあったボルテージを選ぶ
文: アンドリュー・ケリー

『ボルテージ』のボードデザインは豪雪地帯とよばれる新潟の雪山で育まれたものだ。こちらでは絶好のパウダー日和になると普通のボードでは浮力が足りずもぐってしまうので、多くのスノーボーダーがパウダー専用に別のボードを持っている。最新のボードデザインにはリバースキャンバーやテーパーなどの加工が施され、深い雪でも浮力を得る事のできるデザインになっている。

しかし、どんな優れたデザインであってもバックカントリーをハイクする際に背負わなければならないのは不便なものだ。ボードの重みでスノーシューがさらに沈むため歩きづらいし、ボードのノーズが木にぶつかり顔にスプレーをお見舞いされる事もたびたびある。

新潟という豪雪地帯のバックカントリーをスノーシューで悶々と歩きながら、永井拓三は『他にもっといい方法があるんじゃないか?』と考えるようになった。 ジェレミー・ジョーンズのスプリットボードでの活動にインスパイアされ、彼は日本の地形に特化したボードデザインを考えるようになっていた。

『パウダーを滑る事がインスピレーションになっている。ウチのお客さんもみんなパウダージャンキーだしね』 と彼は言う。

スプリットボードでハイクするという事は背中にボードを背負わなくていいというだけでなく、スキーのようにはく事で、体重を分散してくれるので浮力を得られる。グライドしながら登れるので移動もずいぶん速い。しかし構造上ひねりに弱く、 凍った尾根沿いでの登りや固いバーンでの滑走時の安定性に欠けるという一面もある。その弱点に対して、多くのモデルはボードのフレックスを固くすることで対応してきた。残念ながらそれは面白みに欠けるライディングに直結する加工でもあった。

究極の性能を追い求める永井にとって、スプリットボードがガチガチの固い板2枚をつなげただけの味気のないライディングしか提供できない事が納得できなかった。やがて彼はナチュラルにしなり、レスポンスもよく、滑る事を楽しめるスプリットボードを作り上げた。そのデザインはトッププロライダーから週末パウダージャンキーまで、いろいろな要求に答えるべく、一般のボードとは一線を画したデザインになっている。

ボードの両端にはリバースキャンバー、中心部はキャンバー、そしてすこしテーパーが入った最先端のデザイン。長くないボードでも深雪で十分に浮力を得られるようになっている。

アウトバック・モデルはフリースタイルなライディングに対応するためツインチップを搭載し、谷川岳の細いシュートを滑れるよう腰回りの細いシェイプになっている。テーパーの入ったフライング・フィッシュモデルは彫りの浅いスワローテールが美しい。

『ボルテージ』のスノーボードは国内で生産されているが、スプリットボードに関してはすべてカナダのブランド、Priorの工場で手作り生産されている。ちなみに『ボルテージ』のライダーである南浦たかしは、白馬のバックカントリーを滑った帰りにパークでバックサイド720を決めたりしている。

日本の小さなスプリットボードメーカーという枠を超え、『スノーボードデザインおたく』の異名をもつモンタナのスプリット専用バインディングメーカー『スパークR&D』とも提供。これから発展していくスプリットボード文化の一角として、品質の高いプロダクトを提供し、これからのスノーボードを自分たちの解釈で体現していく 。

購入する際には、2011年モデルの中から好きな形と好きなデザインを選択し、自分だけの1本を選ぶ事ができる。Eメールなどで具体的な詳細についても注文する事ができるので、ほぼオーダーメードといっていいだろう。 

価格は決して安いものではない。が、このボードは毎年ウエアの色使いにあわせて買い替えるようなボードではない。バックカントリーでは自分が心から信用できる道具と長くつき合える事が大切なのだ。

Tri Force (トライフォース)
トライフォースはバックカントリーのスノーボードツアーに特化したガイド集団である。クライアントはスノーシューかスプリットボードでのツアーを選択する事ができ、『ボルテージ』のスプリットボードをテストすることができる。トライフォースのツアーの多くは神楽スキー場近辺で行われ、参加グループのレベルにあわせ通常5〜8時間かけていろいろな地形を満喫する事ができる。

その他のツアーオプションには群馬県水上の天神平から新潟県土樽までのツアー、さらにスティープなラインを滑りたい人向けのハードなハイクを含むツアー、群馬の尾瀬での数日にわたる山岳キャンプなどもあり、ウェブサイトでチェックする事ができる。 (WEBサイト: www.triforce.ne.jp)