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特徴

2010
Issue 37
その瞬間を、大いに味わう 時間をとり、すべてを吸収
By アブデル・イブラヒム

JAPAN ANGLER

多くの人はフィッシングを、アドベンチャー・スポーツと捉えていない。しかしながら珍しい魚を追い求めて遥かかなたの地まで遠征するアングラーにとっては、これほどエキサイティングはスポーツはない。遠征アングラーの一人となって、その醍醐味はラインに掛かる大物だけではないと知った。

2004年の後半頃、僕は渋谷のフィッシング・ショップではじめて、ジャイアント・トレバリー(ロウニンアジ)という魚の名を聞いた。その時は水族館や写真で見たことがある程度で、僕はゲーム・フィッシュとして考えたことがなかった。なぜならアメリカでは誰もこのような魚に興味を持たないし、大西洋ではいつも簡単に釣れるためだ。だからショップの店員から、日本ではこの魚の大物を釣るまで一人前のアングラーではないと聞いた時に違和感を覚えた。「OK,考えておくよ」とその時は思った。たかがGTのために一か月分の給料を叩いて地球の裏まで行くなんて、当時はまだ自分のこととして考えられなかったためだ。

それから6年後、僕はマダガスカルへの二日にわたる旅の最終日、初めてのGT、ほかの捕食性のリーフ・フィッシュを釣りあげるため、北西にあるヌシ・ベ島へ向かう小型飛行機の中にいた。ほかのアングラーもみな認めるほど良い釣果には恵まれなかった。しかし僕はこの旅で、自分の人生について考える機会をえるなど意義深い体験をすることができた。

不思議なことに、着陸した瞬間からこの地がとても懐かしく感じた。ヌシ・べ島のあちこちで市場が賑わい、人々が会話をしながら日常の用事をこなしていた。薄いパステル・カラー、装飾性の高い錬鉄ゲート、天井の高い家々、店の構え、オフィス・ビルなどに、かつての植民地時代を偲ぶことができる。砂糖きびをおやつとして食べる人々、18世紀の大砲が残っていたりするなど、昔から何も変わっていない様が心を和ます。ここに来た事があるように思えるのは、ここが子供のころを過ごしたフロリダのセイント・オウグスティンのスパニッシュ・クオーターに似ているからだと思った。

仲間と僕は、ヌシ・ベ島の北東にある、ボートでしか行けないビーチサイドのキャンプへ向かった。そこから30分ほどの小さな無人島へ、フィッシングのために往来するのだ。

初日に海に出てから、フィッシング・プレッシャーがあることに気がついた。自給自足をする地元の漁師が幾人か沖にいたのだ。しかし彼らは夏のレジャーとしてGT釣りを目的にフランスやイタリアから来るアングラーではないのだから、僕らのGT釣りには影響しないはずだ。 

僕らの旅をコーディネートした茂木陽一は、釣りへ出かける24時間前、町の中心地にあるガイド・サービス・ヴィラで「釣果写真が壁にないでしょ?」といいながら今回の釣りを予測した。その時点から、僕らは一生懸命にトライしない釣果が得られないことがわかった。

マダガスカルを訪れるまで、十万円相当もする手作りのトップウォーターのGT釣り用ルアーを集めていた。が、そのサイズはほとんどが25センチと、今回の釣りには大きすぎた。ベイト・パターンがわかってくると、GTが飽食している小さなリーフ・フィッシュに適切な20センチのプラグが必要になってくるのだが、僕は2個しかもっていなかった。 

そして二日間、僕がキャストして釣ったのはスナッパー、鬼カマス、サワラ、カツオ、キハダマグロというありとあらゆる魚が釣れたのに、お目当てはまったく掛からなかった。仲間は僕より調子が良かったが、それでも各人が1〜2匹のGTを釣りあげただけだった。

三日目、僕はもう諦めムードで、午後遅くに近くの砂州からバタバタと泳いでくるベイトフィッシュをめがけてプラグを落とした。直後、僕は灰色のシルエットが、30メートル先からミサイルのように僕のルアーめがけ突進してくるのを見た。その後、泡が水面に立ったかと思うと、僕のロッドのガイドのまわりからラインのしまる音が聞こえた。フッキングが安定していることがわかったので、すぐに頭を自分に向かわせるために引き始めた。すると、驚いたことに、GTはボートに向かって突進してきたのだ。すぐに何が起こっているかはわかった。船長はラインが垂れ下がっているのを見たのか、おそらくはマダガスカル語で「巻け、巻け、巻け!」という意味の言葉を叫んだように思う。できるだけ早く巻き上げると、3秒後にはボートの下へ向かって魚が泳ぐので僕のロッドは限界まで満曲した。体制を立てなおそうと、今度はGTが反対方面へ20メートル引っ張り、逃げようとしていた。なんともエネルギーにあふれた奴だったのである。

そんなことで僕はすっかり大物が食いついていると思い込んでいたが、ボートの近くまで引き寄せてみると、グッピーのような魚が僕を見返していた。多分7キロ以下だと思うが、船上へあげる際にも本当に苦労させられた。「やっと分かった」とだけしか言えなかった。ようやく他のアングラーが、GTはすごい力持ちだと言っていた意味が理解できたのだ。

GTをリリースしてしまうと、急に消え行くものを記憶にとどめておきたくなり、初めて回りの景色に注意を払い始めた。僕はこの3日間パラダイスにいたのに、エメラルドブルーの海、緑色の小島、トロピカル・バードや、美しいビーチの何も目に入っていなかったのだ。ここは雑誌「ナショナル・ジオグラフィック」で見るような、僕の記憶の中での、もっとも絵のように美しく、エキゾチックな場所だった。

しかしながら、フランス人がよく訪れる富裕層向けのリゾート島の前を通ったとき、僕はあるアイロニーに気がついた。今日、僕と同じ恵まれた「先進国」に住む人々は、ビル一つない地平線に沈む夕日や、満点の星空を見るなどという簡単な体験をすることが困難となっている。その一方、マダガスカルの80%の人は貧困線を下回っているというのに、永遠にこの神々しい美しさに囲まれて生活しているのだ。彼らの生活の方がいいとは決していわないが、人間家畜のように、電車に乗せられて仕事にいく、関東の僕の生活が豊かとも思えない。

その後の二日間は、一人につき5−6匹のGTを釣りあげるなど、ペースが少し上がった。僕が取った一番大きなものは12キロに近かったが、最初の小さいGTより楽に引き上げることができた。ビーチのキャンプではたっぷりとリラックスする時間もあり、マダガスカルのおいしい料理も堪能した。 

ヌシ・ベ島を去る日が来て、他の場所はどうなんだろうと思い始めた。もう一週間滞在して、地元の人と交流したり、バックパッキング、マウンテン・バイクをメイン・アイランドでできればなと思った。遠征アングラーの僕は、フィッシングばかりに夢中になり、地球の果ての小さな町の景色を楽しみ、地元の文化を体験する事も、もう半分の恩恵であることを忘れがちだ。海外にいる時は、釣行から自分の気をそらすことも必要だということを覚えておかないといけない。

マダガスカルはとても貧しい国で、アウトドア・ツーリズムの収入が人々の生活を支えている。ユニークな地形、ワイルド・ライフ、植物、心暖まる地元の人々の親切さが、なんと言ってもこの国の宝だ。訪れる価値の大いにある所である。

フィッシングに行くには: ヌシ・ベ島にはアンタナナリボを経由していけるが、パリから直行便で行くこともできる。GTを狙いたい、または沖釣りをしたいアングラーは、GPボヤージのガイ・ジェフォリーに連絡することをおすすめする。ウェブ HYPERLINK “http://www.gpvoyages-chasse-peche.com” www.gpvoyages-chasse-peche.com