>  屋外日本雑誌  >  36 号 : 9月/10月 2010  > 特徴 >  古き宿でひと休み

特徴

2010
36 号
古き宿でひと休み
By William Ross

ちょっと冷静に現実を見つめてほしい。

大都市の真ん中でコンクリートのビルに囲まれ、ミーティングからミーティングへと移動を続ける毎日。1日のうちでホッとできる時間といえば、せいぜいコーヒーを急いで飲み干している間くらいだ。

しかも夏の厳しさは半端じゃない。

木々の緑を眺め、冷たい飲み物でもすすりながらゆったりと時間を気にせず湯船につかる。そしてその後は、日本ならではの食事を堪能し、布団でゆっくり眠る。コンピューターのことは少し忘れて頭を空っぽにし、自分自身をリチャージ。そんなときに必要なのは、歴史と日本の文化をかもし出すシンプルかつ贅沢な場所だ。

そんな疲れきった旅行者にぜひおすすめしたい宿をいくつか紹介したい。どこも130年以上の歴史を持つ由緒正しい宿ばかりだ。

高級なサービスや環境を堪能するためにはそれなりの出費も必要ではあるが、きっと忘れられないほどの素晴らしい体験が手に入るに違いない。4つの宿のうちの2つは東京から少しだけ南西へ向かった場所。ひとつは新幹線で北へ向かえばすぐの場所にある。そしてもうひとつは、他よりは少し遠いが、世界でも最古の旅館とされている宿だ。

陣屋


エレガントな雰囲気を好むなら、この陣屋をおすすめしたい。

横浜や鎌倉の西、新宿から1時間ほどで行ける鶴巻温泉にあるこの宿は、ロールスロイスのファントムで出迎えもしてくれる。なんと1万坪(およそ8.2エーカー)もの広さを誇る大庭園に囲まれたこの宿は、日本の良さが凝縮されたような空間といえる。

「開業したのは大正7年(1918年)ですが、松風(貴賓室)はそれよりさらに歴史の古い建物です」と代表の宮崎富夫氏はいう。

女将をつとめるのは奥さんのトモコさんだ。

「もともとは明治天皇をお迎えするために建てられた建物を、その後ここへ移築したのです」。 

そう、そんなところに今では我々一般人も泊まることができるというわけだ。

総檜の露天風呂、庭、品のあるシンプルさ。本当に素晴らしいところである(しかも、最近までは宴席のみで使われていた部屋を客室にリニューアルしたので非常に広い)。

「庭園が美しく色づく秋もキレイですし、春に桜が満開になる頃もおすすめですね」と宮崎氏。だがなんといっても、ここを訪れる観光客にとって最大のお目当ては温泉だろう。驚くことに、この温泉は700年以上も前、少なくとも鎌倉時代から続くものだという。

「温泉のカルシウム含有量は世界有数なんですよ。牛乳と変わらないほどです。もちろん源泉100%の掛け流しのお湯を使っています」。

松風のほかに露天風呂付きの客室は3つあり、もちろんそれとは別に露天風呂と大浴場がある。部屋数は20部屋と決して多くはないが、その分ゆったりとした時間が過ごせるはずだ。

また宮崎氏の提案で、畳の部屋とベッドを備えたフローリングの部屋をつなげた和洋室も1部屋用意されている。もし布団が大好きというわけでもなく、むしろ苦手という場合には、この部屋がおすすめだ。

さらに宿には日本の伝統的な着物で写真を撮るという趣向も用意されており、宿泊客でなくても楽しめることがある。

食事にも細心の心配りをしてくれる。

たとえばベジタリアンやアレルギーがある人などに考慮した食事を用意してくれたり、とくに苦手な食材があればメニューを変えてくれたりもする。トラディショナルなコースの食事を、時間を遅めに出してもらうことも可能だという。

どれも事前に伝えておくことをすすめるが、こうしたサービスは通常の温泉旅館ではなかなかやってくれないことである。

食事はとても美味しく、庭園はとても広い。春にはゲストが自分で山菜を採ることもできる。「季節ごとに最良の食材を使ってお出ししたいので、メニューは毎月変えているんですよ」と宮崎氏はいう。

元湯陣屋
〒257-0001 神奈川県秦野市鶴巻北2-8-24
Tel 0463-77-1300 / Fax 0463-78-2808
http://www.jinya-ryokan.jp



富士屋ホテル

浴衣に着替えたり畳に寝転んでばかりいるのはちょっと…という人には、箱根の富士屋ホテルがいい。西欧のクラシックな伝統を受け継ぐ雰囲気を持つホテルで、本館、西洋館、ダイニング棟、花御殿、フォレスト館という美しい5つの建物から成っている。オープンは1878年。現在の建物は1891年から1960年にかけて建てられた。

「本当にクラシックなホテルで、いたるところからその歴史を感じていただけると思います。社寺造りの屋根を持つ建物もあり、とても個性的な雰囲気をもあわせ持っています」。

そういうのはフロントオフィスマネージャーのパトリック・ケイリー氏だ。

事実、天井が高く白壁のビクトリア調の部屋もあれば、木の温もりや日本風の味わいの部屋もある。

「菊華荘が建てられたのは1895年。もともと皇室の夏の滞在場所として建てられました。ですから、建物にある3つのお部屋では菊の御紋章を数多く目にされるはずです。そして現在4つ目のお部屋は懐石レストランになっています」。

ホテル内やその周囲、庭園には数多くの彫刻や彫像があり、ところどころには個性的なカーペットがしかれていたり、客室すべてに花の名前がつけられている花御殿では、木製のキータグにそれぞれの花が描かれていたりと、いろいろな楽しみに出会える宿になっている。

しかし富士屋ホテルには、いわゆる大浴場と呼ばれるものがない。一般の浴場は7人ほどが同時に入れる女性用と、3人ほどの男性用だ。

「ですが、各客室に温泉がひかれていますので、それぞれのお部屋で自由に温泉をお楽しみいただけます。室内プールも温泉による温水プールになっております」。

ゆっくり静かに過ごしたい人や、街の喧騒から離れた時間を求める人にとって最適なおもてなしを、ということなのだろう。「箱根でも静かなエリアにありますし、夜にお出かけになれるような場所もあまりありません。インターネットの接続もロビーにしか用意されておりません」と言葉を続ける。

海外からの旅行者にはユニークなパッケージもある。ドルをベースにしたパッケージがそれだ。

「毎年、前回のお値段に1USドルのみをプラスした額でご提供しております。税金やサービス料は円建てですが、それ以外はドルベースになっているので、とくに円高のときであれば非常にお得になりますよ」。

さらにお祝いや記念日などを大切にする人たちにもとても人気で、「記念日などで何年も使っていただいているお客様も大勢いらっしゃいます。そうした方々は、このホテルのいつまでも変わらない佇まいを見てホッとされるのではないでしょうか」とケイリー氏はいう。

富士屋ホテル
〒250-0404 神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下359
Tel: 0460-82-2211 / Fax: 0460-82-2210
shukuhaku@fujiyahotel.co.jp
www.fujiyahotel.co.jp

龍言


新潟県の六日町近くにある龍言もまた、富士屋ホテルと同じようにそれぞれ建築された時期が異なる建物がいくつか集まってつくられた旅館だ。だがこの龍言では、その建物すべてが建てられてから210年以上の年月を経ている。雪の多いこの地域にあった江戸時代の侍の館を移築してひとつに集め、41年前にこのユニークな旅館が作られたということだ。

マネージャーのフクダユキオ氏はいう。

「近年は伝統的な建築物に対する注目度が高まっているので、しばしば私も専門家を相手に建物を案内して回ることがあるんです。旅館がビールと車のコマーシャルのセットに使われたこともあります。この越後は豪雪地域ですので、昔ながらの家の梁は非常に大きく丈夫に作られていますが、そこが魅力のようですね。建物だけをどこかへ移してホテルやらレストランに改装した人々もいるようですが、私はやはりこの越後の建物は越後にあってこそ、良さが見えてくるのだと思っています」。

そう、ここでは木というものが圧倒的な存在感を持っている。

入り口には黒光りする重そうな梁と美しく光るフローリング、ロビーにはソファや椅子のほか、広い畳の座敷には囲炉裏までをしつらえている。

「すべての建物は平屋なので、自分の下で誰かが眠るということもありません。それだけでも普通の宿とは違うでしょう。もちろん上質の温泉も複数あり、貸切にできる温泉もありますので、ぜひいらしてみてください」。

敷地内には茶室やパブやカラオケルームなどもある。客室はまるで迷路のような小道に沿って並んでいるので、そぞろ歩くのも楽しい。

新潟というと遠いように思えるかもしれないが、新幹線や高速を使えば想像以上に近いことに気づくはずだ(電車の場合は1回短い乗り換えがある)。

龍言
〒949-6611 新潟県南魚沼市坂戸山際79
Tel: 025-772-3470 /  Fax: 025-772-2124
info@ryugon.co.jp

www.ryugon.co.jp