特徴
自由の夜明け
喧騒とスモッグ渦巻くバンコクを北に逃れると、静かに横たわる広大な神話の平原が・らわれる。
人々の間に語り継がれてきた伝説に「シャム王は枯木に花を咲かせ、敵を一瞬にして石に変えた」と、・る。その美しく、平穏で豊かな大国は“スコータイ(自由の夜明け)”と名づけられた。
タイに最初の王朝がつくられたのは13世紀。クメール族のアンコール王朝を敗りつくられた国、それがスコータイ王朝で・る。王朝は、その後アユタヤ王朝の帰属となる14世紀、つまりわずか1世紀・まりで、栄華から転落の途をたどった。その後、何百年もの間、ジャングルに飲み込まれることになる。
それが再度発見されるのは19世紀になってからのこと。繁栄を極めた1292年当時の様子を後世に伝えるため、ラームカムヘーン大王がつくった石柱が発見されたときで・る。そこには、当時の人々の暮らしぶりや文化行事、政治が記録されていた。
しかし、この古都が美術品コレクターたちに知られると、たちまち石仏の装飾や頭部など、持ち運べるもので・ればなんで・れ、容赦なく切り取り、売買され始めた。
略奪はとまらず、ユネスコと諸外国からの支援・寄付金が寄せられ、ようやくタイ政府が本格的に遺産の保護にとりかかったのは1970年。その活動も強制退去を強いられた村人の抵抗、野生の動物の脅威、盗品で資金を得たマフィアの脅しなどが頻発。日中は武装した護衛をつれた考古学者が調査を、夜は盗賊が略奪をする、という年月が続いた。


しかし1988年、困難を極めた修復作業もようやく終わり、「スコータイ歴史公園」として多くの人々の目に触れることになる。さらに1991年には、ユネスコの定める世界遺産に「スコータイと周辺の古都」として登録された。
現在では、魚が・ふる川、米が実る水田、マンゴやタマリンド、ジャックフルーツなどのトロピカルフルーツ、ココナッツやベテルナッツの木々までが石柱の記述どおりに再現され、オレンジの衣をまとう僧侶、レンタル自転車にまたがる旅行者の姿が、公園の巨大さを際立たせている。
頭を切り取られるなど、ワット・プラ・パーイ・ルアンには痛ましい姿の仏像が数多く見受けられる。そのなかでも胸が痛むのは、胴体すらも削り、崩され、盗まれた、ただ一片の石塊となった像で・る。この光景を眺めていると、古代スコータイ王朝が失ったものの大きさに、がく然とさせられる。しかしそれでも、人々の善意により修復され、いま私たちがこうして訪れられることに感謝の意を・らわしたい。



アクセス
成田空港からバンコクへは、タイ国際航空が毎日就航。そこからピッサヌローク(スコータイへは、ここからタクシーやホテルのシャトルバスで約1時間)へと向かう国内線に、同日乗り継ぎできる。バンコック・エアウェイズは、バンコクからスコータイまで飛ぶが、フライトは朝の便だけなのでバンコクに一泊することになる。
宿泊
プールやレストランも充実する「パイリン・ホテル」は、「スコータイ歴史公園」まで4km。ホテルから歴史公園までシャトルバスがでているので、とても便利。




