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特徴

2005
Issue 3
-50 in the Great White North
By Taro Muraishi

雪と、氷と、闇に覆われた厳冬のアラスカ。

いつまでたっても昇らない、太陽。
そして、暖かな人々の心。
ここに・るのは、それだけだ。
だから、ぼくは向かう。零下50度の世界へ

この話は、もう随分と古い、わたしが始めてアラスカを訪れた年の話で・る。眩いばかりの緑の大地広がる夏のアラスカを訪れ、太陽が昇らぬ冬に人々はどのように生活をしているのだろうか? その疑問を確かめるために再度訪れたのだ。この年以来、わたしはこの10年の間、毎年のようにアラスカを訪れ続けている。このときはまだ、こんなにもアラスカに魅了されることになるとは想像もしていなかったのだが……

最悪だ。航空機に乗せた荷物が出てこない。今ぼくらは、フェアバンスクス空港の荷物受取口にいる。数時間後には飛行機を乗り換え、北極圏へ向かわないといけないというのに、厳冬期用の寝袋や防寒具などが入ったバックパックが出てこないのだ。半年ぶりに会ったエドは、おどけて見せる。寝袋がなけりゃ、どうやって寝るつもりだ。穴でも掘って眠るのか? とニヤついた目が言っている。係りに聞くと、もう積んできた荷物はこれだけだ、どこに・るか分からない、という。ひとまずエドの家へ行き、電話をまつ。「オレの寝袋を持っていくか?」と、笑いながらエドは言うが、2mも・る大男の寝袋を借りたって、すき間だらけで寒くてしょうがない。

厳冬の北極圏へ

プロペラの音が止まり、小型飛行機の壁を通じて“バタン”とハッチを開ける振動が伝わってくる。すると、すべての水分を一瞬にして蒸発させてしまうかのような極低温の冷気が、機内に入り込む。すこし腰をかがめながらハッチへと向かい、タラップを下る。

すると一人の男が「犬ぞりに参加したいという日本人は、君たちか?」と、話しかけてきた。彼の名は、ブランドン・ベンソン。まだ30代になったばかり、というのに禿げ上がった頭、それとアラスカの美しい景色をすべてを見てきたような青く透きとおった目。そして妙にチャーミングな話っぷりをもつ男で・る。彼の父親の経営する「サワドゥ・アウトフィッター」は、ここベトルスで1972年から原始自然のガイド業を行ってきた。そのツアーには定評が・り、2000年には同社の犬ぞりツアーが『ナショナルジオグラフィック』誌の選ぶ“america's best The ADVENTURE 100”の3位に選ばれている。

 ブランドンと一通りの挨拶を交わした・と、ぼくらが1週間ほど滞在するバンクハウスへと案内してくれた。そこに荷物をおき、薪はどこに・るか、シャワーやトイレの位置、そして母屋に・るリビングルームへと案内してくれた。そこで、奥さんのケリーや、愛犬ドゥーノラックとマヤ(アラスカ・コユクック川沿いに・る名峰の名が付けられたドゥーノラックはいつも賢そうにしていて、日光の少なさからストレスがたまっているマヤはいつも自分のしっぽを追っている)を紹介してくれる。

 「寒くないか?」

そう、ガイドのビル・マッキーが言う。ぼくは、大丈夫。それほど寒くない。と伝えると、「そうか、オレは結構寒くなってきたよ」とビル。自分だけ寒いというのが悔しくて、少し我慢をしていたぼくは、「やっぱり、少し冷えてきたかな」と、本当のことを話す。

ぼくらは6頭だての犬ぞりに乗って、厳冬のブルックスレンジを駆っていた。気温はマイナス20〜30度を、いったりきたり。静寂のなか、ソリの軋む音だけがする。白い雪と灰色の空、そして黒いスプルースの幹。見える景色のなかには、それだけしかない。時折、犬が雪を口にくわえ、のどの渇きをいやしている。

「オレたちマッシャーは、いつも犬に助けられているんだよ」

ビルがいうように、雪のなかに倒れてしまった犬ぞり師が犬に救助され、命拾いをしたという話をよく聞く。冬の移動手段としてはスノーモービルが主流となったが、近年その利点の多さから犬ぞりが再度見直されているという。もしも原野で一人、そこでスノーモービルが故障してしまったら、それは即、死を意味するからだ。

 「さぁ、今日はここでキャンプとしよう」

ビルが指さした先には小さな湖が凍結していて、この上にテントを張るという。そうして張られたテントは、ウールのような内張りの付けられた2重構造。内部にはペレットを燃やして室内を暖めるストーブが・り、室内外の気温差は、なんと50度以上。肌着だけでも寝られるほど暖かい。しかし、寝ている・いだにペレットがなくなると、冷気が容赦なく身体に迫る。

 「明日は、ここで停滞としようか」

-40度を超えた途端に、寒さのレベルが変わった。このままだと、明日はもっと気温が下がるという。テントの外を見ると、北西の方角からオーロラが発達しだした。赤や緑の光りの柱が、まるでピアノの鍵盤を叩くように冬空のなかを躍動している。気温計を見ると、-50度を下回っている。ビルのいうとおりだ、明日はここで一日ゆっくりしよう。

 テントの中では、ペレットストーブが勢いよく燃えている。寝袋に収まり、ウトウトしている。そうしていると、遠くに聞こえるオオカミの遠吠えに反応して、「ウォォーッ」とソリ犬たちが一斉に応える。そのやりとりはいつまでも終わらず、オオカミと犬の遠吠えだけが暗闇のなかで続いていた。

*
わたしにとってアラスカとは、ただ広大なウィルダネスを訪れるために・るのではない。ここでしか出会うことのできない人々、第2の故郷に暮らす大切な家族に会いに行くためで・る。その多くは助け合わなければ生きていけないような極寒の地で、大らかで優しく、気温とは正反対の心暖かな心を持つ。彼らとともに旅を続けること、それこそが目的で・る。

 Note:現在、サワドゥ・アウトフィッターは別の経営者により運営され、ビル・マッキーは長年続けてきた同社の仕事をやめてしまった。
URL:www.sourdoughoutfitters.com