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特徴

2006
Issue 4
The Fire Still Burns in Bizen
By Lee Dobson

「備前で飲むビールは、なぜかうまいんだ!」と、友人は言う。今夜、彼はバーの片隅で政治から、アート、核融合にいたるまでよどみなく語り続けていた。しかしこの話題になったとたん、僕たちはまるで話題がさも重大な話に差し掛かったように沈黙した。しかも、僕たちは自称ビール通。今までいく度も何杯ものエールを片手に延々ビール談義してきたのに、これはらちが開かない。「きっと、備前焼で飲むからに違いない」と、実際に岡山の備前に行って確かめることにした。

備前焼は瀬戸、常滑、丹波、信楽、越前とともに日本を代表する六古窯のひとつに数えられている。そして、最も古い。その歴史は平安時代までさかのぼり、千年以上の歴史がある。備前の特徴は、火と鉄分を多く含む土によって生み出される、赤と茶褐色の風合だ。ぬくもりのある、素朴で美しい備前は日本陶器の真髄といわれる。
現在はガス窯をつかう窯場が少なくないが、備前の職人たちは誇りをもってこの千年一日たりと、薪を使う登り窯から煙が立ち上がらなかった日は無いと、言い切る。環境問題に興味をもつ人なら(みながそうで会ってほしいと願うが)、一回の窯焚きでどのくらいの量の赤松が燃やされるか知りたくないかもしれない。

作品ができるまでの工程は長くきびしい。窯の温度は1300℃まで上げられ、一週間ほどじっくりかけて焼かれる。いったんこの作業が始まると職人は昼夜を問わず薪をくべ続けなくてはならず、ほとんど寝ないで作業をする。
釉薬を一切使わない備前焼は、窯焚きの技術がたいへん重要だ。火に直接面していないものは青みを帯びたグレイになり、わらを巻いて焼かれたものは緋色の模様ができる。
   

窯焚き中に薪やわらの灰が降りかかと、まるで釉薬をかけたかのようにざらざらとした触感の作品になる。このように窯から出てくる作品は、作家本人さえも思いがけないものが仕上がってくる。
備前といえば芸術品と思われがちだが、一時は生産されるものの7割がパイプやレンガなどの生活必需品が占めていた。これらの備前焼は、中国から安値の物が入ってきたため、現在ほとんど生産されていない。

この集落には2人の外国人を含む600人の作家が暮らし、作陶に励んでいる。人間国宝たちによる卓越した技で、今日までに数えられないほどの歴史的名作を生み出してきた。また、町の散策は、とくに日本らしい趣はないものの、芸術家の雰囲気に触れることができ楽しい。

ほとんどの観光名所が備前伊部駅周辺に存在する。駅そのものが備前焼の美術館であり、インフォメーション・センターをもある。ウォーキングマップや時刻表などが用意されている。
駅からバスに乗り継ぐと、日本初の藩営による庶民教育の場「閑谷(しずたに)学校」(特別史跡)がある。備前藩主・池田光政が庶民教育を目的に開いたもので、1666年に創設された。斬新な考えを持つ光政は、知識ある民はより幸福で生産性に富むと考えていたという。

学校は美しい山々に囲まれた丘にたち、まるでユートピアのなかの学びの舎だ。閑谷学校のなかで学問の中心をなす構内最大の建物の講堂は国宝に指定され、ケヤキ、ヒノキ、クスなどの良材を選び、風雨に傷みやすい部分は黒漆で仕上げられている。基礎から屋根まで周到な設計施工によって完璧なまでに仕上げられており、床板は現在でも鏡のように光っている。
学校の隣の池田光政をまつる閑谷神社は、儒学の祖・孔子の椅座像が聖廟大成殿内に安置されている。1970年に通学の便の悪さを理由に閉校されるまで、様々な活動に使用されてきた。

幸運なことに、敷地とともに建物も創設以来の美しさで残されている。詳しい英語のパンフレットもある。開園時間は午前9時から午後4時30分まで。入場料は大人300円。
さて、備前焼で飲むとビールは美味いか? という質問にもどるが、正直いって味に変わりがあるとは思えなかった。だが、グラスと違い、土に多く含まれる鉄分の関係から、備前のカップのビールの泡はきめ細かく、いつまでたっても冷たくて美味かったということだけ、付け加えておこう。

焼き物を趣味としないなら備前に長居する必要はないだろうが、近くを通りかかるなら、ぜひ寄ってみてよう。特に閑谷学校は時間をとって欲しい。列車の旅なら、ゆっくり一泊することをすすめる。岡山駅から赤穂線に乗り変え、備前伊部駅で下車。ここから4時間の旅となるから、読み残しの本を一冊旅行カバンに忍ばせておくのを忘れずに。