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特徴

2006
Issue 4
Rusutsu: My Home Mountain
By Neil Hartmann

悪戦苦闘して初めて滑ったスキー場や、何度も行って慣れ親しんだゲレンデがあるだろうか? カリフォルニアに生まれ33歳になる僕にとって、人生の半分を過ごしてきたホームマウンテンがある。それが北海道ルスツ。

誰でも初めてのスノーボード体験は忘れられないものだ。僕の場合は、日本でちょうどスノーボードが始まった頃。1985年、父を訪ねに札幌へいった時だった。僕は雪のないサンディエゴ育ちだけど、スケートボードをしていたから、ルスツのスキー場でバイトを始めたのを機会にスノーボードに挑戦してみた。

今でもバイト先のスキー場まで、父親に送ってもらった日のことを鮮明に覚えている。父の車が行ってしまうと、急に不安になり、心細くなった。当時まだ15歳で、職場の外国人は僕を含めてたったの3人。仕事はカフェテリアのウエイターで、お客さんのトレイをキッチンに戻すといった内容だった。2ヶ月間は仕事、残りの時間はすべてスキーといった日を過ごしていた。

一緒に働いていた2人の外国人はオーストラリア人で、スノーボードにハマっていた。彼らは僕にスノーボードをやってみるように説得し、レンタルショップで僕のためにボードを選んでくれた。僕が始めて滑ったボードは、今はよく知られるバートン社製の「パフォーマー・エリート」。あの頃、すごく話題になっていたモデルだ。

友人たちはルスツのウエスト・マウンテン行きの一人乗りタイガーリフト乗り場まで連れていってくれた。そして僕が頂上でバインディングを付けている間、2人はあれこれスノーボードの滑り方を2~3アドバイスしてくれた。

「まず、リフトの下にパウダースノーのコースがある。そこからやってみることだ」。

僕が最後のバインディングをはめて見上げると、2人が森の彼方に消えていく姿が見えた。なんと初心者の僕は、たった一人で山の頂上に残されたのだ。その後覚えているのはただ転びまくった事、大笑いした事。周りの人に笑われたんじゃなくて、自分で自分を笑ってしまった。つまりスノーボードにハマってしまったのだ。

ここで早送りして、時代を1995年に進める。スノーボードのために札幌に移り住み、10年。仕事を見つけ、車を買い、空いた時間はすべてスノーボードに費やしていた。この間、ルスツの開発は進み、巨大なタワーホテルとともに一大リゾート地へと変貌した。標高1,000m弱の「イーストマウンテン」と「マウント・イソラ」にも次々と新しいゲレンデがつくられていった。しかし、晴れた日の頂上からの眺めは最高だ。南側には洞爺湖や太平洋も、そして西側には羊蹄山やニセコも一望できる。多くの人は、その雪質に見せられてルスツを訪れる。高さはそれほどでもないが、日本一の大きさを誇るゲレンデは滑っても、滑ってもコースが続き、一日では回りきれない。

典型的なルスツの朝はスーパー・イースト・ゴンドラからスタートする。10分程で頂上に到着。2つの山の中央の谷に滑り降りる、やや傾斜があるコースを進み、そこから高速クワッドに乗る。スロープを振り返ると、自分が残したボードのマークのみがある。早起きする価値があ、大いにあるというものだ。

リフトを降りるとAコースがある。BもCもあるが(AとかBじゃなくて、もっといい名前をつければいいのにと思うが)、僕のお気に入りはやっぱりAコース。なぜならスロープが長くて、しかも除雪車で整備されていないのだ。ベストシーズンは12月と1月。

このAコースの入り口はちょっと山になっていて、凍って滑りやすいので多くの人は敬遠して入らない。しかしそれを10mも進むとパウダースノーが広がっている事を皆、知らないのだ。君も試してみるといい。数分後にはハイテンションで、またAコース行きのクワッドに並んでいるだろう。

ルスツでは、正月の混雑時でさえあまりリフトを待つことがない。ゲレンデは北海道隋一というスケールで、7つのリフト、2つの高速ゴンドラがあるから大勢のスキーヤー押し掛けてもさばいてしまうのだ。

次はイソラリフト第一で、もっとも神聖な谷へ行ってみよう。雪をかぶった白樺が幻想的で、滑り降りたいのを我慢して最奥部へ進み続けると、僕のもっとも好きなパウダーパラダイス「ヘブンリー」が現れる。

静かな谷を爽快なロングランしながら、時折雪を散らし、エアーで遊んだり、ベースのナチュラルハーフパイプを試したりと飽きることがない。

さて、また早送りして時代は2006年だ。僕の北海道スノーボード暦は20年になった。そのうちほとんどは、ルスツで滑っている。なれたゲレンデで滑るのが一番落ち着くし、ゲレンデを隅々まで知り尽くしているので、天候やコンディションが違っても、どこで滑ればベストかがわかっている。

ルスツが自分のホームマウンテンだなんて、とてもラッキーだと思う。毎シーズン、どんなに老朽化してチェアーがきしむ音をたてても、一回はタイガーリフトに乗りウエスト・マウンテンに行くようにしている。そして、あの時のようにボードを履きながらパウダーランの喜びを教えてくれ、僕の人生を永遠に変えた2人のオーストラリア人に心で感謝するのだ。

ルスツリゾートは千歳空港から車で1時間30分。ニセコ、尻別山、羊蹄山、蝦夷富士行きのほとんどのバスは、ルスツにも停まる。カルデラ湖である洞爺湖にも近い。ニセコへは真狩村を通って羊蹄山の南側から、または京極を経由して北側からも日帰りで行ける。どちらの村も温泉が有名だ。ルスツリゾートの詳細は電話(0136) 46-3331または、ウェブサイト(www.rusutsu.co.jp)へ

ニール・ハートマンは札幌在住の写真家、ビデオアーティスト、MC、作家でありスノーボーダー。彼の経営する会社「ワン・フィルムズ」では、日本の冬の生活とスノーボードとを描く映画を製作している。