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特徴

2006
Issue 6
Scenes from Sarawak
By Charlotte Anderson & Gorazd Vilhar

南シナ海はマレーシアの国土を、ほぼふたつに分けている。ひとつは西マレーシア、もうひとつはそこから 600km離れた東マレーシアとして知られるボルネオ島にある。マレーシアのサラワク州とサバ州は、人を寄せ付けない山々、赤道熱帯雨林、四方に広がる河川を有し、イスラム教君主国のブルネイ、インドネシアのカリマンタンととともにボルネオ島に位置する。

サラワクの歴史はアジアの中でもたいへん興味深い。1839年にクチンを訪れたイギリス人の探検家、ジェームズ・ブルックは原住民の反乱を鎮圧した。褒賞として領土を割譲され、初めてのホワイト・ラジャ(白人王)としてサラワクを3代に渡って統治した。
その後、王国は甥であるチャールズ・ブルックを2代目に、チャールズの息子であり三代目となるヴァイナー・ブルックに継承し、領土を拡大。第2次世界大戦で日本軍に占領されるまで、およそ一世紀にわたりサラワクを支配されていた。

1945年軍降伏に伴い、三代目ホワイト・ラジャであるヴァイナーは様々な困難から実質的に支配を失い、サラワクは英国の直轄植民地となった。その後、1963年にマレーシア連邦の一部となる。

サラワクの首都はクチンだが、この街の名の由来にはちょっとしたいわれがある。クチンとは猫のことなのだ。チャールズ・ブルックがこの地を指さし、人々に地名を訊ねたところ、彼らはその方向にいた猫と勘違いし、“クチン”と答えたというのである。しかし実際には、この名前が付けられたのはブルックが統治して数年後であったので、真実ではないだろう。だが、現地の人々はこの逸話がお気に入りのようで、街にはキャット・ファミリーの彫刻まである。当時をあらわすように2匹の猫は北の市長と南の市長、9匹の子猫は9つの各省庁を意味する。

サラワク川はクチンの生命線といってもよい。旧植民地時代の陰を残す町の北部には「クチン・ウォーター・フロント」と呼ばれるおしゃれな遊歩道が川沿いに整備されている。朝はこのレンガ造りの歩道で太極拳を練習したり、夕方は家族、友達や恋人たちが散歩したりと市民の憩いの場となっている。

また、ここではタンパンと呼ばれるキャンバスを張った渡し舟が、わずかな料金で人々を運ぶために待機している。舟をハイヤーすれば、歴史あるマルゲリタ砦から、現在の地事公邸として利用されているブルック卿屋敷のアスタナ、羽目板作りのマレー人居住区、イスラム教の中心である金色のモスクまで、水辺から見せてくれる。

ウォーター・フロントから目と鼻の先の距離には、もっとも古い道教の寺と19世紀後半から20世紀、中国からの移民が建てた美しいチャイナ・タウンのショップハウスを見ることができる。そこから、そう離れていないところにインディア・ストリートがある。この様にサラワクでは、先住民族を始め、多種多様な人種からなるかたちづくられている。

サラワク美術館には様々な文化を代表する素晴らしい美術品が並ぶ。目を奪われるのはイバン族や、オラング・ウル族、ビダユー族、メラナウ族、ペナン族など先住民族の展示品だ。
   
クチンからそう遠くない、サントゥーボン半島では伝統的なサラワク生活様式を見せる村がある。熱心な観光者なら、内陸部の本物のロングハウスを見るチャンスを見逃さないだろう。

GETTING THERE

成田からクアラ・ランプールへは、マレーシア航空が毎日就航。そしてサラワクの首都であるクチンには同日乗り継ぎで訪れることができる。

Web: www.malaysiaairlines.com

RAINFOREST RHYTHMS


レインフォーレスト・リズム
恒例のイベント「レインフォーレスト・ワールド・ミュージック・フェスティバル」が、サワラク・カルチュラル・ヴィレッジで開催される。この音楽の祭典は世界のミュージシャンやボルネオ島の民族音楽をワークショップ、レクチャー、ジャムセッションなどで理解を深めるというもの。今年は7月7日から9日のあいだに開催される。

Web: www.rainforestmusic-borneo.com