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特徴

2006
Issue 6
Agony in the Land of Oze
By Taro Muraishi

湿原にはミズバショウが咲き乱れ、敷かれた木道から多くの登山客がカメラのシャッターを押す。まるで観光地のように、いつも人で賑わう尾瀬。しかし尾瀬はまた、1年の半分以上が雪に覆われ人を寄せつけない地でもある。

ぼくらはそのとき戸倉の駐車場に車を止め、大清水までの車道約10kmほどを歩いていた。登山社の訪れる晩春からは、あっという間に車で通過してしまうところだが、今はまだ冬季通行止。車で入ることができなかったのだ。ただ、大清水の宿屋の人などが雪下ろしに入ってきているのだろう、道はすべて除雪されている。そうして、いつもは賑わう尾瀬の登山基地のひとつ大清水に辿りついた。
さぁ、ここからが本番だ。豪雪地帯である尾瀬の核心部へと入っていく。スノーシューのストラップを締め、ストックを握り、ぼくはカメラマン佐藤にいう。
「さぁて、いこうか」
すると佐藤が、
「りょうかぁい!」と返す。

 大清水からの道は雪に覆われ、サクッ、サクッ、サクッ、っと小気味よく踏みしめる音をさせながら奥へ、奥へと進む。茶屋のある三平橋までは普段、砂利敷きの単調な林道が続くのだが、逆に気楽なウォーミングアップとなりちょどいい。それが変わるのが三平橋を過ぎたころ。登山道に入ってからだ。冬路沢という、その名のとおり冬の路となる沢沿いに斜面をトラバース。深雪をラッセルし、沢を越えてからは這いつくばるような斜面を急登。ジャケットのなかは汗まみれになり、息があがる。

   
そんなこんなを続けていたら、時刻は夕方に。もう1時間もしないうちに日が暮れるだろう。早朝、寝不足のまま出てきたぼくらは、このあたりで今日は切り上げよう、と話し合い、テントを設営する。実は、このとき少し道に迷っていたし、場所がキャンプにちょうどいい地形だったのだ。

2日目も快晴で、歩き出すと、いきなり白く凍結した尾瀬沼があらわれる。次に燧ケ岳(2,356m)に登り、尾瀬沼を縦断後、凍結した沼の上でキャンプ。この日も、日没ぎりぎりまで歩き続けていた。それまで順調に進んでいた尾瀬エキスペディションだが、ハプニングが起こったのは3日目の午後のことのだ。ぼくらは尾瀬沼から流れだす沼尻川の谷筋をトラバースし、尾瀬ガ原の下田代十字路に辿りついていた。そこでは、この旅で唯一であった山小屋「檜枝岐小屋」を経営する萩原さん夫婦たちと話をして、そして今日のキャンプ予定地・山の鼻に向かい出発後まもないときだった。

   あと1時間もすればキャンプ予定地に到着すると思っていた。

春の尾瀬は、北極海?

「は、橋が壊れてる!?」
ぼくらは呆然と立ちつくしていた。いつもは木道の上から眺めることしかできなかった尾瀬ヶ原の湿原を、思うまま、軽快に歩いていた。そのとき、あるはずの橋が川底に崩れ落ちていたのだ。
沼尻川が東南北と、コの時にぼくのいる場所を囲んでいる。つまり、いま歩いてきた西側以外どこにも行き場所がないのだ。川の両岸には分厚い雪が多いかぶさり、無理して渡ろうとすれれば、勢いよく流れる雪解け水のなかへ落ちるだけだろう。下に落ちてしまったら、まず上がってくることはできない。

しばらく考えたあと、川沿いに南へ渡れる場所がないか探しに歩き始める。だが、そんな場所はどこにもない。では、崩れ落ちた橋桁の北側に新しい橋があるのかもしれない、と今度は北側へ。でもやっぱり、橋などどこにもない。目の前に見える竜宮小屋に行きたくてもいけない、そんな状況がいつまでも続いた。時間はすでに3時近い。このあたりでどうにかしないと明日の下山すら難しくなる。 

行く路を川に寸断され困り果てていたぼくは、荻原さんたちのいる下田代十字路まで急いで引き返すことを考えていた。別のルートできているのかもしれないし最悪、山の鼻までスノーモービルに乗せてもらうこともできる。ご夫婦が下山する前に、戻ろう。すると、すこし横を歩いていた佐藤が叫ぶ。

「あそこにあるの、スノーモービルの跡じゃないかあ?」

まっすぐに伸びる2本の線が雪原上に見えた。かさなっているが、確かに2台分の跡がある。夫婦のスノーモービルだ。雪の解け具合から、午後のものではなく、今日の午前中に通ったものだと推測できる。これを辿り、ふたたび山の鼻の方角へ歩けば、きっと後から萩原夫婦が来るだろう。

沼尻川にかかるスノーブリッジを越え、丘を越えていく。エンジン音が後ろから響いてくる。

「どこに行ってたの? 途中から足跡が合流してきたから不思議に思ってたんだよ」

橋が崩れ落ちていたこと、さまよい歩いていたことを話し、荻原さんのルートを確認する。そして、スノーモービルに乗っていくか、ということをお互い言葉にはしないものの目で確認しあった。大丈夫、何とか日没までには山の鼻に到着するだろう。

萩原さんとは、もしも明日帰れなくなりそうだったら助けてください、それだけ伝えた。萩原さんも明日も雪下ろしに来る、それだけ言い帰路を急いだ。
*
4日目。昨日は日没近く、ようやく山の鼻に辿りついた。朝方まで強い雨が降り続き、風はいまも強く、やまない。食料は行動食以外まったく何もなくなってしまった。燧ヶ岳に登っているときに、いたずら好きのカラスに予備の食料が取られてしまったのだ。なんと、彼らはバックパックのジッパーを開けていったのだ。

天気が崩れてきそうだ、下山を急ごう。そうしてぼくらは、ながいながい林道歩き、鳩待峠から車のおいてある戸倉まで、ひたすら歩いていったのだった。