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特徴

2006
Issue 7
Tall (fishing) Tales from Tohoku
By Takeshi Utano

ブナ林の中を流れる美しい渓と白点をまとった北東北のイワナたち。家財道具一式を背負ってエメラルドグリーンの源流を遡りながら箱庭のような森の中で過ごす数日間。それは渓流釣りが好きな男たちの一つの理想郷。

初夏になると、東北の川へむしょうに行きたくなる。あちこち釣り歩いたが、毎年初夏に行きたくなるのは、決まって秋田や岩手などの北東北の川だ。苔むした箱庭のような柔らかな自然の中で、大好きな毛バリで思う存分イワナ釣りがしたい、焚き火を前に仲間と“ヨタ話”をしつつのんびり酒を飲みたい、そう思ってしまうのだ。

今年の秋田は夏が遅いと聞いた。昨年の大雪の影響で、いまだ源頭部には雪が残っており、2週間遅れだという。源流の拠点になる大曲の町を出ると、藁葺き屋根ばかりの最終集落にある“よろず屋”で、20年前は秋田美人だった色白のお婆さんからタバコとビールを買う。しばらく車を走らせると、渓沿いについていた舗装道路が砂利道の林道になる。右手の森に小さな祠があり、車を降りてしばし手を合わせた。
車止めの空き地で釣り道具の準備をし、着替えをすませ、荷物をかついで川に降りる。

バックパックの中身は、寝袋、マットレス、シュラフカバー、小型のタープ、着替え、釣り道具、米や味噌、小麦粉、乾燥ソーメンなどの食料、各種調味料、飯ごう、ストーブなど。今日の行程は約5kmの徒歩旅行。

日当たりのよい土手で大ぶりにはじけたタラの芽をつみながら、釣りザオを片手に渓をゆっくり遡行する。渓は辛い泳ぎもなければ険しいゴルジュもない。ただ快適に釣りができる美しい渓流である。
   
腰にタラの芽の入ったビニール袋を下げたまま、よいポイントだけでサオを出し、2級・3級の場所はすべて見過ごして上流を目指した。ヒラキのカタで、サビのとれた7寸ほどの綺麗なイワナが飛び出す。倒木の入った涎の出そうなブッツケで友人が尺上を掛けるが、玉網に入れる前に逃げられてしまう。

午後3時半、右岸の平らな林をテン場に決める。荷物を降ろし、下草と落ち葉のクッションの上にマットレスを敷き、ノコギリで長さを調節した倒木をポールに小型のタープを張った。
岸際を歩いて十分な量の薪を集め、大きめの倒木を斜めにかざしてハリガネを巻きつけ、米と渓の水を張った飯盒を吊るしておく。ナイロン製のビクにはビールを入れて、渓に浸しておいた。

日が傾くと、目の前のヒラキで魚がしきりに跳ね始める。偏光グラスをかけると、浅瀬で定位するイワナがはっきり見えた。30cmの魚が水面のすぐ下で泳ぐさまは何度見ても胸がときめく光景だ。ドライフライを振ると、25cmほどのイワナが入れ食いでかかった。時おり、大きなイワナが食いつき、イトをちぎって逃げる。サオがまさしく半弧を描く。

このくらいの川のヒラキ(川幅6m、最深部で60cm)だと、跳ねた魚はすべて僕のものになる。川岸の岩で囲いをして小さな池をつくり、イワナは釣れた端から投げ込んでおいた。今日は魚を食べるつもりはないのですぐに逃がしてもいいのだが、少しでも“自分のイワナ”を見ていたいし、時折その魚体に触ってみたいのだ。

即席の池が養魚場のようになり、ヒラキ全部の魚を釣りきったかと思う頃に友人がやってくる。僕が荒らした場所でサオを振るが、少しも釣れずに頭をひねっている。気の毒なので、彼にバレないように池のイワナたちを川にそっと戻しておいた。日没。
焚き火をおこし、茹でたタラの芽の醤油マヨネーズ和えを肴に酒を飲む。虫の鳴き声は盛夏ほどではない。持参した米焼酎にしたたかに酔い、寝袋にすべり込んで泥のように眠った。

初夏の頃、北東北の渓の朝は相当冷える。だから、渓に明るい日が差し込むのに合わせてのんびり行動を始める。
   
水を入れて軽く混ぜた小麦粉を渓の平らな岩で打ち、うどん麺を作る。ベニヤ板のマナ板の上で伸ばして切り揃え、飯ごうに張ったお湯で茹でた。だしの素のスープを入れたお椀に麺を入れて、即席うどんのでき上がりだ。

食事の後テン場を片付け、パックに家財道具を詰め込んでさらに上流を目指した。

真夏はショウガやネギなどの薬味を入れたソーメンを食べ、自生するフキを醤油と豆板醤で炒めて酒の肴に。残ったフキは渓の水でアク抜きしておいて、翌朝の味噌汁の具にする。ときどき食べるイワナも、丁寧に焼いてありがたく食べる。皮を剥いで刺身にしたり、持参した練りワサビを入れて“握り”にすることもある。手間はかかるが、ワタを抜いて味噌漬けにし、夕方取り出して味噌焼きにして食べるのもたまらない。

昼飯は何にしようか。今晩は何を肴に酒を飲もうか。もっと大きくて綺麗なイワナが釣れないか。渓にいる間はそんなごく単純なことばかり考えている。

楽しみでやる北東北の源流行は、苦行でも冒険でもない。できるだけ楽しく簡単に、だらしなく自由にやるのがぼくの主義だ。
(歌野タケシ)