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特徴

2006
Issue 11
A Night on the Nakasendo
By Lee Dobson

かつて東京と京都を結んだ街道町の馬籠宿と妻籠宿は、現在も遠方から来た旅人を癒してくれる街であることには変わりない。

馬籠(まごめ)の旅館、但馬屋で新鮮な山菜、魚の甘露煮、うまい米と豆腐に舌鼓する。夕飯の前に、檜風呂に入り、いまだ心地よい気持ちが続くなか、最高の料理をビールで流し込み、極楽気分を味わっていた。

そこへ突如、ちょっと年配の旅館のご主人が、食べるのは途中にして、一緒に宴会に興じないかと誘ってきた。あっと言う間に、ちょっと古めの歌詞が書かれた紙を渡され、なんやら訳のわからない説明をうける。そしてご主人は、皆が手拍子をするなか、声を張り上げて、きこり歌を歌いはじめた。
   
大阪からきたという男性が、大いにはしゃいでいる。奥さんの冷たい視線に気づくまで、「ウォイ、ウォイ、ウォイ!」と大きな声で掛け声をかけていた。僕もそれが一番の得策だと思っていた。歌が終わるやいなや、男は頭を下げ、もそもそと謝りの言葉を述べ、どこかへ消えていった。

夕食後、宿泊客の多くは民宿の下駄に履き替え、風情あふれる旅籠宿やアトリエ、レストランが続く石畳の坂道を散歩する。

観光客であふれる日中と違い、夜はひっそりとしていて、聞こえてくるのは下駄のカラン、カランという音、田んぼの蛙の合唱だけ。決まり文句かもしれないが、馬籠が輝き始めるのはまさにこの時間帯なのだ。
午前中に長野と岐阜の県境にまたがる馬籠と妻籠をハイキングにでかける。東京と京都をつなぐ大動脈、かつての中山道7.5キロである。

8世紀に完成した中山道は、商売人、お遍路、そして将軍達も使った。ある大名行列は、たいそう長く、通りすぎるのに3日もかかったという言い伝えさえある。 19世紀に鉄道ができてからは、悲しい事にほとんど使用されなくなった。いまではすれ違うのは僕達のような、ハイカー達ばかりだ。

早朝には、ほとんど人はいない。旅籠や田畑を目にすると、まるでその時代にタイムスリップしたかと錯覚する。すべての建物が原型を保っているわけではないが、1960年代以降、多くの建物が歴史的文化財として守られている。

むずかしいハイキングコースではないが、きつい勾配のところでは少し汗ばむだろう。途中、滝の近くにある木陰で、一休みするのもいいだろう。家族連れには最適だ。

馬籠宿も、妻籠宿も、かつては公用の荷物や通信物をあつかう伝馬制の宿駅だった。街道が整備され、賑わっていた頃は、多くの疲れた旅人を宿に泊めたり、休ませたりという役割があった。もっとも高貴な人は本陣と呼ばれる、権威のある宿泊施設を利用した。馬籠宿と妻籠宿の本陣は現在、博物館として公開されている。かつての栄華な、文化的価値の高い装飾品が展示されている。

地元の人たちは、この歴史的価値の高い町を誇りにしており、その美観を守ってきた。通りに面した建物は、売買、取り壊し、改装することができないという規約がある。

Web Connection

Japanese Guesthouses: www.japaneseguesthouses.com

Nagiso Town: www.nagiso-town.ne.jp/english/engtop.htm