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特徴

2006
Issue 12
Sarawak Blues
By Taro Muraishi

マレーシアの首都クアラルンプールから、およそ600km。赤道直下、熱帯雨林の広がるボルネオ島サラワク州の州都クチンの街中を流れるサラワク川。10年来の友人を訪ねるため訪れた筆者の、サラワク川源流域行。

「弟が持っているジェットスキーを持っているんだ。出発は明後日だろ? それで明日、事前にクチンから川を遡って危険なところはないか下見に行こうじゃないか。な、タロウ。どうだ?」

そう提案したケニー・リムの言葉に返答するまでのほんの1~2秒の間、ぼくの頭の中はあらゆる後悔が渦巻いた。

「何でヤツに相談してしまったんだ?
まずいことになったな、どうしよう? 
これからカヤックで川下りをしに行こうというに、何故わざわざ川を遡らないといけないんだ? 

チキショウ、分かってくれよオレの気持ちを。
問題ないさ、いくら小さいとはいえ人の住んでいる村から出発するんだ。
川は無事、河口まで続いているに違いない。

しかも、よりによってジェットスキーとは。あのけたたましい騒音を鳴らし、排ガスとともにエンジンオイルを吐き散らすなんて。
そんなことはしたくない。
あぁ、この計画が台無しになる。もし、本気でヤツが下見にいくのなら、川下りは止めにしようか? 
なんてこった」

ぼくは赤道直下、熱帯雨林の広がるボルネオ島サラワク州の州都クチンで古くからの友人ケルビン・タンに、とある相談をした。
日本からもってきたフォールディングカヤックを使って、クチンの街中を流れるサラワク川を下ろうとしていたのだ。出発地点はインドネシア国境にほど近いパンエンパット村。ケルビンによると、村までは彼の乗っているホンダではとうてい辿り着けない悪路だろうという。
そこで彼の知人である自動車工のリムがもっている4輪駆動車で連れていってもらうように頼んではどうか? 
というのだ。

「こんなクルマはサラワクには他に持っているヤツなんていない。いや、ボルネオ中探してもいないだろうな」

そう言いながら、リムがタイヤが腰の高さほどもあるトヨタジープのエンジンを切った。

「しかし、4輪駆動車といっても、こんな化け物でいくのか。本当にコイツが必要なのか? 
まぁ、郷に入れば郷に従えだ。彼らの言うことを信じよう」。

ここまではそう思っていた。しかし、しばらくして、リムは冒頭のジェットスキーでの下見計画がぼくの計画を台無しにしようとしていた。

だが、その状況は翌日一変した。

「弟が言うには上流部は浅すぎてジェットボートで遡るのは無理なんだそうだ。ちょっと不安だろうが、下見は諦めよう」

もちろんだ。
どんな景色が川の途中にあるのか見に行きたいのだから、事前に見ておく必要などまったくもってないのだ。

パンエンパットの砂州を漕ぎだす。

パンエンパットの砂州でカヤックを組み立て、テントや寝袋、ストーブなどのキャンプ用品と食料と大量の水を詰め込む。リムは仕事場に戻らないとならないのだと言い、途中で同乗してきたクチン・ジープクラブのメンバー2人とともにクチンへと帰っていく。3人がいなくなり静まり返った河原で、苦労してようやく最後の荷物をカヤックのなかに入れる。

パッキングを終え、澄んだ水の上にカヤックを浮かべる。パンエンパットの小さな砂州から漕ぎ始めると、いつもの浮遊感と心地よい涼風が身体を包む。透明な川の水には、キラキラとした金色に輝く砂の粒子が浮かび、空を覆う木々の枝からは熱帯の野鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
いくつかの瀬を越えると、次の村が見えてきた。
地図にないその村の中心には、川面からかなり高い位置に、対岸へと続く木製の橋が渡り、河原では水遊びをする子供たちの姿がある。大人たちはロングボートに乗り、ぼくの乗るカヤックを物珍しそうに見ながら、

「どこから下ってきたんだ?」

と話しかけてくれる。地図上には、クチンまでに大小15ほどの村があり、その河原ではいつも子供たちのはしゃぐ声が響いていた。その声を聞きながら村を過ぎると、カヤックは深い森のなかへとまた進み、水の音、鳥の鳴き声の世界へと入っていく。そうして、その日の夕暮れ、カンポン(村の意)ボヤンの下流にカヤックを河原にあげテントを設営した。

この夜、ぼくは不思議な男を見た。

夕食を作ろうと小さな河原でストーブに鍋をのせていると、無音のまま上流から2人の、たしか上半身にはTシャツを着ていた浅黒い肌の男が、ヒック、ヒックと不思議な上下運動をしながら木製のボートを漕ぎ下ってきたのだ。
彼らは挨拶をするでもなく、前に座っていた男の白い目が伏し目がちに、少しだけこちらを覗いた、と思う。すでに森は暗い。そして、ストーブの湯が沸いていないか確かめようと一瞬視線を落とすと、すでに彼らの姿はどこかへ消えていた。

夢だろうか? 現実だろうか? 

未だにわからない。
そして、その夜、ぼくは災難にあった。

時間は分からない。寝袋に包まり寝ていると、テントの下からポタポタというテント生地を鳴らす音が聞こえてくる。ハッとして起き上がると、川が増水してテントの下に水が流れていたのだ。

「なんてこった!」。

思わず、そう口から言葉が飛びだし、下着のままジッパーを開け外に出た。昼間のスコールのせいだろう、テントはすでに水の中に没していて小さな河原がさらに小さく、わずかしか残っていない。とにかくカヤックとテントを、そのわずかな河原へ移動し、ただぼう然と流れを数十分見守っていた。

気怠くながい週末の午後。

翌朝、霧が立ち込める森に向けて出発。昨晩の増水は、その後すぐに引き始め、幸せなる2度目の睡眠へと落ちた。

「おーい、何処まで行くの? ワニに気を付けてね!」

とある、集落で水辺に立っていた子供が、ぼくを威してきた。この一言でぼくは不安になった。

   
「このクソガキ! 冗談じゃない。ワニなんて、この川にはいないのは知っている。でも、あの役人に聞いた話しは本当だろうか? しかし、冗談のきついガキだ」

サラワク川の水は、いくつかの瀬を越えると次第に濁りはじめ、流れはトロリとする。熱帯地方独特の川の様相を見始めたのだ。整えられた竹の生け垣が岸辺にあるカンポン・ダヌー、森の中にひそりとたたずむカンポン・ボヤン、新しい家を建てるため建築資材が積まれ、忙しいそうに人々が働くカンポン・ギット、沢山の子供たちが水遊びをしていたカンポン・バトゥンを過ぎると、スリルある瀬が続く。途中、2泊目のキャンプを設営し3日目、バツキタンを通過する。村のスピーカーからは、イスラムのコーランが大音量で流され、気怠い午後の川面を揺らさせていた。

川はクチン郊外にある空港からバウへと至る国道にかかる鉄鋼橋を渡り、大きな支流と合わさり、川幅は広く、水はさらに濁りを増す。河原はなく、このままクチンの街まで一気に漕ぎ下るほかない。蒸し暑く、流れはさらに遅く、さらに川幅が増し、パドルを進める手が止まる。飲料水が驚くほどのスピードで消費されていく。

大きな橋を1つ、2つとくぐると、ここではもう川岸からの子供たちの声は聞こえない。そして午後4時、これまで下ってきた川の景色とまるで繋がりのないコンクリートで整備されたクチンウォータフロントに辿り着く。

次の日、ぼくと旧友ケルビン、パンエンパットまでクルマで送ってくれたリム、そして日本語を勉強中だというジミーとともにクチンで最近人気というメキシコ料理屋で暑い夜の喉を潤すビールを引っかけにいった。もちろん、ぼくの冒険の成功のお礼と川の話をするために。

「干杯(カンペイ)!」