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特徴

2006
Issue 12
Confessions of a Sento Junkie
By Rob Volansky

外人オンセンマニアによる銭湯うんちく

僕は、これを読んでるあなたより絶対たくさん銭湯に行っている。別にコンテストじゃないけど、もしそうだったら、僕が勝つことは間違いなし。心から愛しているから、銭湯を語らずにはいられないのだ。

歴史家によると最初の銭湯は1266年頃には存在していたらしい。80cmの間口から、洞窟のような場所にある混浴の湯にいく。暗い場所で自分の居場所を知らすため、咳をしなければならなかったという。もっとも今日、銭湯でとなりあったおじさんが、痰を勢いよく吐くのとは、どうやら関係ないらいしい。

東京の昔ながらの銭湯は、1923年9月1日の関東大震災の大火により、残念ながらほとんど焼けてしまい残っていない。再建された銭湯の多くは安全面と機能性のため、全国に浸透しているタイル張りのものになっていった。お客はお陰でスッテンコロリとタイルの上で転んでばかりで、たまったもんじゃぁない。
   

70年代になると、小さい銭湯の時代に変わる。第二次世界大戦後、人々は、失ったアイデンティティを再び探し求めるかのように、銭湯に帰ってきた。しかし、内風呂を持つ人が増え、銭湯の数は次第に減っていった。

文化も時代とともに変わり、若者の多くは人前で裸になるのを気にし始める。元日本駐在員で、今はアメリカに住む銭湯好きの友人に、銭湯の値段が最近10円上がったと教えると、「80歳以下のお客さんは気がついたかな?」と、返事が帰ってきた。

なぜ、銭湯じゃなきゃならんのか?

日本語の表現には、風呂に関連したものが数々ある。一番よく知られているのが「裸の付き合い」だろう。日本人と本当に腹を割って話ができたのも、サウナで汗と野球の話とかをしたときだ。あとで、ビールを飲みに行くことになるほど必ず親しくなるから不思議だ。カタカナで「スキンシップ」という、“裸の付き合い”という意味の言葉もある。

ほとんどの人が、温泉にいく時間も、お金も無いのが現実。でも土曜の朝の銭湯は、近場だし、とてもゆったりと過ごせて、友達と週末をどう過ごしたか報告するときに、自慢できちゃう。

8歳以下の日本人は、外人を銭湯で見かけると一分間以上見つめなければならないというルールがあんだ。それは僕のウソ。8歳以下の子供は、男湯でも女湯でも、どちらでも入れるのだ。だけどここ何年か、それは適切な年齢かどうかが問題になっている。
幼少期に異性の人体にさらされるのは害だと考える人もいるが、スキンシップは社会性をはぐくむと考える人もいる。頻繁に銭湯通いする外人として、別段意見はないが、僕を見たときに泣き叫ぶ声をもう少し低くしてもらえばありがたい。   

各地の銭湯の特色

銭湯の屋根は、たいがい3mから4mの高さがある。しかし、男湯と女湯を分ける壁は約2m。背の高い外人が女湯を覗き、女性が叫んでも、水をかけても覗き続けたため逮捕されたことがある。2001年のことだ。なの? 背が高い? ぐっと我慢、がまん。

戦前からある古い銭湯では男湯と女湯の壁に穴がある。なぜって?あの時代は皆貧しく、一家に一つの石鹸しか買えなくて、その穴から、家族で石鹸を渡し合いっこしたのだ。

温暖な気候の沖縄では、脱衣場と風呂場の境がない。大阪は昔から湯船が低く、蒸し風呂が多い。そして、東北はなぜか混浴の銭湯が多い。

度重なるロシア人船員の素行の悪さに閉口して、外人“お断り”の銭湯が北海道、小樽には多い。そのため日本人に帰化した一人を含むロシア人3人が裁判を起こし、勝訴した。やや緊張が残るものの、僕が小樽の銭湯に行ったときは問題なかった。

スーパー・サイズ・ミー

悲しいことに、町の銭湯の多くが廃業している。しかし銭湯は、ふたつの理由から、これからも存続するだろう。

第一の理由はここ数年あちこちに出没している「スーパー銭湯」。お風呂以外に、食事、ゲームセンター、パチンコ、大きな畳の部屋、15分散髪などの施設がある。

スーパー銭湯は家族みんなで楽しめ、人気も高まっている。お風呂目当て以外の人もひきつけ、人と人とのコミュニティーセンターの役割も果たしている。

もう一つの理由は、僕がなぜ銭湯に通い続けるかに関係している。露天風呂ではないんだけど、銭湯に行くと水曜日の夜でさえ、仕事、締め切り、そして浮世までを忘れさせてくれからなのだ。

まあ、忙しくてお風呂ごときにそんな時間が掛けられるかという人もいるだろう。でも、僕はあえていこう。「だからこそ銭湯に行くんだ」、と。東京は、本当に忙しい街だ。だからこそ、この街にいながらにして安息を求めることが必要なんだ。

 ついこの間、友達と銭湯に行った。彼は湯に浸かり、あきらかにリラックスしきっていた。そしてしばらくして、彼は言った。

「もっと、こういう事したいよ」
そこで、僕はこう答えた。

「じゃ、そうすればいいじゃん?」