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特徴

2007
Issue 15
Korean Ironman
By Gregory Burns

8ヶ月ほど前、「アイアンマン」レースに出場しようと考え始めた。いろいろな思いが浮かび、また消えていくのが常。だが、今回は違った。。。

アイアンマン韓国大会2006」のスポンサー、「スタンダード・チャーター銀行」のゴー・サインをもらった。自分にはできるはずだ。そう考えたレースへの準備とスタミナづくりに取りかかった。

いろいなことが始まる。ウェイト・リフティングと水泳を毎日のトレーニングとして加える。
レース用の手漕ぎ車椅子を用意しなければならない。調べた結果、「サンライズ・シャーク」 社のXLサイズ・チェアが最適だとわかり注文をした。

ドイツの工場まで訪れ、調節もしてもらった。レース用ウェットスーツも手に入れ、必要なものは大体揃っただろう。そう、ぼくの両足は、自由に動かないのだ。

坂の少ないシンガポールでのトレーニング後、夏の間バイク・トレーニングをするためにカリフォルニアに戻ってきた。坂の多いベイエリアで、もっともきつい坂がある「モンテベロ・ロード」を教えてくれた、バイカーの友人に、レースでの応援を頼んだ。

この坂もふくめて、一夏で1000マイル(およそ1600km)の坂道を登った。    
レースの内容は、水泳3.8km、自転車180km、42kmのランニング。自転車の苦手意識を克服するため、夏の間、バイク・トレーニングに集中した。 

新しいウェットスーツを着て、サーフィンもした。プールではできない、波と潮流に慣れるためのトレーニングや、泳いだり、時間がたっぷりあるときにはボディーボードもした。 

過去20年、車椅子のレースに出たことはない。だが、姉のロバータに代わってサンタクルズで行われた10kmレース「ワーフ・トゥ・ワーフ」にも参加。無事33分で終えた。 「アイアンマン韓国大会2006」の開催日が近づくと、妻のアンジーとともに車椅子などのレース用機器とカメラなどをサンフランシスコからソウルへと運んだ。つまづきは、ここから始まった。ソウルから済州への国内線に乗り換えるとき、航空会社の係官に、車椅子は箱詰し手なければならないと伝えられた。

そこで大きな箱を探し回り、車椅子を梱包をしなければいけなくなった。

   幸いなことに、キムという親切な人物が、カンサス州が入るのではないかと思うほど巨大な箱を見つけてきてくれた。そうして、ようやく済州島のビーチサイドにある「新羅ホテル」に辿りつく。だが、次に、また問題が起こった。
車椅子に新しいホイールをつけようとしたところ、大きすぎて車椅子の下の部分に当たることが分かったのだ。 
アンジーはハンマーをかりてきて、叩き入れればいいのではないかと提案する。期待はできなかったが、ロビーに連絡すると、間もなくハンマーをもってきた。

身振り手振りで説明すると、ハンマーでホイールをたたき始め、30分後無事収まった。

暑く、湿度が高いレースの前。風が吹いていたが、海は静かだった。しかし、レース当日。朝5時にベッドから起き上がると、空はどんより暗く、時折雷が落ちていた。そんな天気のなか、ぼくはスタートラインで最後の準備をしていた。しかし7時になると、大会当局はレースの延期を発表した。

さらに10分後、水泳種目が、雷のために中止となった。 落胆したが、8時に始まる自転車種目に気持ちを切り替えた。「アイアンマン韓国大会」 の始まりだ。2分後に、チェーンがギアから外れそうになったり、道は雨水であふれ、まるで洪水のようだった。サングラスは曇りっぱなしだ、視界もわるい。ワイパーが欲しいくらいだ。

海岸道に差しかかる。最初の10kmは平坦で、自己最高の平均時速30kmを保持した。そこから山深い内陸部へと突入。風がでてきた。ターンを曲がったところで、噂に聞いていた急坂が目に入った。漕ぎ続けるが、ほとんど前へ進まない。自転車を降りて、押しているライダーもいる。しかし「モンテベロ・ロード」でトレーニングしたぼくは、こんな坂には慣れている。そして、頂上への長い道を少しずつ登り始めた。標高500mの頂上を目指す。 

一時間ほど登り、130km地点でようやくコースが平坦になり、下り坂が見えてきた。腕を休め、10kmほどの下り坂に身

を任せた。速度メーターの針は60km近くを指しているの。最高の気分だ。しかし次の丘が、またあらわれる。それまでの、つかの間の喜びを味わう。そして、次の丘が目の前に現れた。 155km地点、ぼくは疲れきっていた。

しかし、残り25km。ゴールは近い。ペースも悪くない。そのためゆっくりと、ゴールを目指して、最後の急斜面を走った。カメラを載せたクルマが、いつも僕の行く手を阻みんでいた。下り坂では、危うく接触しそうになったので、「どいてくれ!」 と怒鳴っていた。 

レースは終盤に入っていった。次の種目の準備にとりかかる。時計は8時間15分のタイムを記録している。180kmを9時間以内に終えることができた。 これからは14kmのコースを3周走るランニングだ。自転車ルートは坂道が多かったが、ランニング・コースはそれを上回るという。

   
目の前にひろがる丘の長さと大きさに目を見張った。ハイドレーションバッグに水と予備タイヤを入れていたが、ハイドレーションの水が出てこない。 リズムにのってスピードを上げるようにした。でももうレースがはじまって10時間、もう体がいうことを聞いてくれなくなっていた。車椅子を押すために身を前かがみにすると、胸と腹部が圧迫される。 

あたりは暗くなってきた、まわりのライダーはよろめいている。 21時30分。たくさんの応援がまつなか、フィニッシュラインを走り抜けた。アイアンマンレースを13時間21分29秒で終えた。満足だ。その後はサポーターや友人と一緒に記念写真を撮り、ウェアや道具をかたずける。そうして、杖をつきながらだが、ようやく自分の足で歩いた。 

ホテルに向かうと、気分が悪い。塩分と水分が危険なほど不足していると、病院で告げられる。13時間以上、身体を酷使し、今度は担架の上で身体を震早稲続かせるはめになった。 


8ヶ月前、自分にはできると確信したように、無事にレースを終えた。そして、こうして体験を、ここに記している。勝つために参加したのではない。だが、そ年齢別のクラスで180人中、122番だったことはうれしい。 そして、まさかと思うだろうが、今日の朝、目覚めたら、「次はなにやろうか?」と思ったんだ。

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