>  屋外日本雑誌  >  Issue 15 : 3月/4月 2007  > 特徴 >  The Unsuspecting Trail Blazer

特徴

2007
Issue 15
The Unsuspecting Trail Blazer
By Pauline Kitamura

An interview with one of Japan's top female trail runners: Chigaya Mase

「今日このペイストリー焼いたんです。召し上がってください」

間瀬ちがやさんは、そう言いながら、入れたばかりのコーヒーを差し出す。私が座っているテーブルには、たくさんのパンの載っている。エプロン姿の間瀬さんは、二人の子供の優しいお母さん。一見、普通の主婦にみえる。だが、彼女は日本が誇るトップ女性トレイルランナーなのだ。 

柔和で、控えめな彼女が、国内で最も過酷、かつ長距離を走るレースの優勝者だと、誰が想像できるだろう? 彼女の経歴をふたつだけ紹介するなら、43kmの「北丹沢レース」、72kmの「日本山岳耐久レース(通称・長谷川恒夫カップ)」の女性優勝者なのだ。 

昨年の8月、もっともハードなレース 「トランスジャパン・アルプスレース」の総合勝者ともなった。 
このレースは日本海から始まり、時には3000mを越す、北アルプス、中央アルプス、そして南アルプスの山々を、食料と水などの荷物を背負い、ビバークしながら一夜を過ごすという過酷なレースだ。415km、8日間の日程で行われたレースの参加者は6名。うち完走を果たせたのは、たったの2名だった。 

国内の多くの女性、そして男性も差し置いて「トランスジャパン・アルプスレース」で優勝したトレイルランナー・間瀬ちがやさんは現在、 39歳。まだまだ衰えをみせない。筆者はどうしても、強さの秘密を聞かずにいられなかった。そのようなトレーニングをするのだろう? どうして、そんなに早いのだろう?

「実は...、私そんなにタフじゃないし、早く走れないんです」 それが、控えめな彼女の答えだった。学生時代、ちがやさんは陸上部員になることもなく、競技会にも出たこともない。いっさい運動活動をしなかったという。しかし、高校生のときワンダーフォゲル部に入部し、登山にはよく出掛けたという。そしてこの時、山を愛し、山を尊ぶ心を持ったという。

「私、山が本当に好きなんです」と、興奮気味に話す」。

「それに家族も、ハイキングが好きで週末によく山に出かけていました」 高校の教師をしている、ちがやさんのご主人もまたアウトドアズマン。あるとき、ご主人の友人の一人が「自然人レース」

という草レースに誘ってくれた。山道、岩山、川に沿って、時には川に入って走りながらのレースだ。この時、これこそ自分の求めていたものだと気がついた。それ依頼、レースに夢中となり、7年の歳月が流れた今も、ちがやさんは夢中になって走りを楽しんでいる。

「自然の中に自分の身を置くことが何より好き、山の中ににいると時間があっという間に経ってしまう。より長く走り、より多くの素晴らしい景色を見て、より多くの経験を得ることができるレースが大好き。ひとつだけキライなことがあるとすれば、それはトレーニング。自分でも充分にトレーニングできているとは思っていない」 

という彼女の言葉、これは少し信じられないかった。トレーニングなしで、あんなに強いなんて、ありえない。ちがやさんはウエイト・トレーニングもやらない。トレーニングといえば、足を空中に上げたままの腹筋、おなじみの腕立て伏せ、といった強化トレーニングのみ。それも、1日10回ほどという。 彼女は恥ずかしそうに、

「ぜんぜん、充分じゃないですよね」と笑う。 日のよく当たる彼女の家では、テレビがある代わりに薪ストーブがそなえつけられ、薪が燃えている。間瀬一家は、一台もテレビがないのだ。それゆえ、ビデオゲームをしない子供達はいつも屋外で遊んでいる。 休日は、家族でハイキングに出掛ける。時々、ちがやさんは山のふもとで車を降りて、走って、頂上で家族と合流するという。 ランニングの経歴からもわかるように、ちがやさんは不屈の精神の持ち主である。どこからその強さがくるのか? 体が「もうダメ」

と言っているとき、どうして前に進めるんだろう? 彼女は、なぜこんなにも走るのかを説明するために言葉をさがす。

「自分に自信がないんです。以前は両親に認めてもらいたくて走っていました」。とても厳しく両親、彼女はいつも、何か成果を残さなければならないと感じていたという。 「まだ自信があるとはいえないけど、今は自分がこのチャレンジを達成できるか、試してみたいので自分のために走るようになりました」 

海外のレースに出る予定はありますか? と訊ねると、
「今のところありません」 と、彼女は答える。
「実は、海外に行ったことがないんです」 

ちがやさんは、いつか海外のレースに参加してみたいと考える。

「たぶん」 彼女はいう。

「最初に海外のレースに出るならば、スカイ・マラソンシリーズでしょうね」  長距離に強い彼女だから、ウルトラマラソンに挑戦するのが自然なのだろうか? いや、彼女の興味はウルトラマラソンではないようだ。究極の目標は、45 歳になるまでにアイアン・トライアスロンに出場することという。

「それにはまず、泳ぎ方を習わないといけませんね」と彼女は笑う。 インタビューを終え、帰り支度をしていると、ちがやさんは、私が欲しがっていたペイストリーのレシピと、作り方のアドバイスをいくつかくれた。 「チョコレートをアーモンド・ペーストに変えることもできますよ。スーパーならどこでも売ってるし、でも町田にいい店があるの。。。」 

ちがやさんのような“典型的な”日本人主婦に出合っても、見かけだけで判断しないように。あなたがどんなに頑張ったとしても、山道に砂埃だけを残して、恥ずかしがりやの主婦が見えなくなってしまうほど早いのかも知れないのだから。

(ポーリン北村) 今年の間瀬ちがやさんは、「OSJ箱根50K THE NORTH FACE エンデュランスラン2007」、「北丹沢12時間山岳耐久レース」、「日本山岳耐久レース」などに参加する予定だ。

北村ポーリン カナダ出身、在日4年。10年以上の財務と会計のキャリアに区切りをつけて、アウトドア関連の世界へ飛び込んだ。現在、日英バイリンガルのフリーランスライターとして活躍中。今熱中しているアウトドアはトレイルラン、アドベンチャーレース、スノーボード、マウテンバイクとカヤック。