特徴
The Original "Hash House," Kuala Lumpur, circa 1938.
クロスカントリーとオリエンテーリングをあわせたようなランニングゲーム「ハッシュ・ハウス・ハリヤーズ」のルーツは、英国で古来より伝わる子供の遊び"Hares and Hounds"に由来する。ハリアーズ(猟犬)と呼ばれるグループが、ヘアー(野うさぎ)と呼ばれるグループを追いかけるのだが、ヘアーは野原、森、丘、川などへの道すがら、紙切れ(ハッシュ)を落としながら逃げていた(現在、ハレは紙切れの代わりに小麦粉で道しるべをつける)。
1837年、英国ワーウィックシャーのラグビースクールで「クリック・ラン」というイベントがあり、これが最も古いハレ・アンド・ハウンドの記録とされている。


"Hares and Hounds"が大人がスポーツとなったのは1867年。冬の間の、運動不足の解消のために始められたことがきっかけだという。ペーパー・チェイシング、またはパーパー・チェイスと呼ばれていたスポーツは、1868年に世界最古のクロスカントリー・ランニングクラブとされる「Thames Hare and Hounds」がウィンブルドンで紹介したことで広まった。当時、彼らは「ハレ・アンド・ハウンド」、「ハリヤーズ」と自称していた。
今日まで続いている「ハッシュ・ハウス・ハリヤーズ」は、マレーシアに駐在していたイギリス人会計士、アルバート・ギスパート(1903〜1942年)によって誕生した。


1937年頃、マラッカに住んでいたギスパート(友人からは、単にGと呼ばれていた)がペーパーチェイスの面白さを尻、転勤先のクアランプールで駐在員仲間を集めハリヤーのグループをつくった。最初のゲームは、1938年12月に行われた。
その後、クラブに正式な名称をつける必要に迫られたギスパートは、普通であれば「クアラランプール・ハリヤー」などと名付けるところだが、ハリヤーたちが生活していた宿舎「セランゴー・クラブ」にちなむことを思いついた。そのダイニングルームは、さえない食事から「ハッシュ・ハウス(秘密の部屋)」と呼ばれていた。
第二次世界大戦中、一時ハッシュは中断されていた。だが、戦争が終わるとともに、また再開された。そうしてハッシュはまもなく、ゆっくりだが、世界中に広がった。ハッシュハウスのオリジナル・メンバーが1947年、イタリア・ミラノでハッシュを始める。だが、その次にハッシュ・グループが生まれるのは1962年、シンガポールでのことだ。
以降、少しづつではあるが競技人口を増やし、現在では160の国と地域に2000以上のハッシュクラブをもつまでになった。
設立当時(1938年)のハッシュ・ハリヤーのモットー
・メンバーの健康の向上
・週末の二日酔いを解消する
・のどを乾かして、ビールをよりうまく飲む
・年配の仲間に、自分で考えるほど年をとっていないことを伝える




