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エクストリームの世界へ

2010
36 号
エクストリームの世界へ
By Gardner Robinson 

第10回目のGEARに燃え上がる 

5月30日。時間は午前1:30。数時間の睡眠の後、僕は誰もいない道を南へ向かい車を走らせている。目的地は10回目となるグアム・エクストリーム・アドベンチャー・レース(通称GEAR)の出発地点だ。

会場に着き、車外に出て参加者達と話していると、足が焼けるように痛くなってくるのを感じた。すぐに、自分が集会真っ最中の火蟻たちの上に立っている事に気付いた。近くにいた皆も慌てて足から小さな悪魔達を振り落とし始めている。アジアで最も過酷なアドベンチャーレースの名に、なんともふさわしい始まり方だ。

午前3時、選手達はわれ先にとレースマップを受け取った。レース開始までの一時間を、マップ解読とコース取りの熟考にあてるためである。

13のプロ灯チームと6のソーシャル灯チームは、これから始まる一日の殆どを、数あるチェックポイント突破に費やすことになる。各チームが地図に群がって準備を進めている模様を観察していると、勝ちに来ている灯チームと、もう少し謙虚な目的—たとえば全員でゴール地点まで辿り着くこと−を持って参加しているチームとが分かってくる。

実のところ、レース・ディレクターであるジェームス・オエルケは、GEARの高いリタイヤ率を得意に感じている。最終チェックポイントまで辿り着く選手は25%に満たない場合が殆どなのだ。

今まさに、彼は参加者全員をスタート地点である海辺に誘導していこうとしている。「水面から膝が見えない所までしっかり進んで!」と、大きな声が響く。

ヘッドランプが点き、チームは次の指示を待つ。谷の向こうに見えるボラノス山山頂の赤い灯りが示された(あそこが第1チェックポイントだ)次の瞬間、一斉に水中から選手達が駆け出した。さあ、GEARの始まりだ。


ジャングルへようこそ

レースの前日、グアム政府観光局に参加者全員が集まってオリエンテーションが催され、厳重守秘だったレース出発地点が発表された。

オリエンテーションは、ジェームスのシンプルな質問で始まった。

「自分のタフさに自信はあるか?」

僕は過去の優勝者の何人かと話したが、彼らが脱水症状や発作におそわれ、アドレナリン注射を必要とし、ブーニー蜂と戦い、それでもまた参加してしまう理由を熱く語ってくれる時、そこにはプライドと、少しのマゾヒズムが見て取れた。

でもジェームスの話はまだまだ始まったばかりだ。

「これから地獄に踏み込むんだ」とジェームスは皆に言う。それから「最悪だぞ。犬たちに追いかけられる事もある」と続ける。闘犬のピットブル達は繋いでおくように現地の人達にはお願いしたようだが。

オリエンテーション会場から出て行く時、ある初参加の選手が「ジェームスの話が始まるまでは、俺、元気だったんだけどな」とふざけて言った。

そして今、まっ暗闇の山腹にチカチカと光る灯りが、第1チェックポイントを目指す選手達の位置を示している。夜明け前の薄明かりに照らされて、どのチームが最短ルートを見つけ、どのチームが廻り道をしているのかが良く見えてくる。

チェックポイントにトップで辿り着いたのはサイパンのベテラン、Don’t Be a Kittyチームだ。が、下りの途中で彼らはいくつかのチームに抜かれてしまう。Rocky Mountain Warriorsチームがその一つで、第2チェックポイントへのリードを奪うことに成功した。チーム内の2人がセッティ湾に向けてカヤックを進め、他の2人はコースタリング(海岸線を歩き、岸壁を登り、泳ぐ)灯で目的地を目指して行く。

満潮のため漕ぎ手には進みやすい状況だったけれど、帰り道には交代しなくてはならない。あるチームのカヤックは、着岸地点を大幅に越えて進んでしまい、捜索ボートさえすぐに彼らを見つけられないほどだった。

ようやく戻って来たものの、早い段階での大幅なタイムロスに、チームメイト達は苛立ちを見せていた。

チームのダイナミズムは、アドベンチャーレースにとってものすごく重要な要素となる。順風満帆な時にお互いうまくやっていくのは簡単だ。けれど、アドベンチャーレースにおいては、予定通り物事が進むなんてことは滅多にない。挫折や失敗、疲労や怪我に対し、チームとしてどう対処できるかが、往々にしてレースを無事に終えられる鍵となる。

Rocky Mountain Highはカヤックとコースタリングを終えた段階でトップを守っていた。疲労で1名が棄権したものの、すぐにマウンテンバイクに飛び乗り出発して行った。この日の暑さといったら息が詰まる程で、脱水症状にならないよう早い段階から誰もが苦労していた。第4チェックポイントまでに、すでに2人に点滴投与がされてもいた。


山燃ゆる

時間が経つにつれ、ジェームスが言っていた地獄に踏み込む灯というのが冗談じゃなかったとはっきりしてくる。焼けるような暑さはコース近くの野火によって激しさを増して、黒土は足元から文字通り煙を出す。たとえ地獄の火を逃れたとしても、ブーニー蜂からは逃れられないかもしれないのだ。

チームDependsは、サイパンから初参加の男性2名のチーム。彼らはソーシャル部門の首位を走っていた途中、蜂に刺されてアレルギーショックを起こしている単独レーサーに出くわした。チームDependsの一人は医師で、部門優勝のチャンスを捨て、ヘリコプターの救助がやって来るまで苦しむレーサーとその場に残った。

この寛大な行動は、アドベンチャーレースにおいては勝つ事よりも生き残る事の方が大切なのだと示すことになった。気温が38度を越え、一息つかせてくれる風さえもろくに吹かないこんな日なら、なおさらのことだ。

煙が薄れ、夜が深まる頃、Don’t Be A Kittyチームが17時間37分でゴールを飾り、勝利の美酒を味わうことになる。ヨッシュ・ギャバルドンさん、タイス・ミスターさん、ラス・クィンさん、ケリー・美枝子さんのサイパン連隊4名中3名にとっては、2度目のGEAR優勝だ。また、GEAR 2010に参加したプロチームの中で、唯一ゴールに辿り着いたチームでもある。即席でチームを組んだ他10名が、過酷なコンディションの中で19時間を切り、レースを終えることになった。

オエルケは素晴らしく困難で魅力的なコースを創り上げていることに誇りを持っている。その誇りは、ゴールに辿り着いた、わずかの選手達が感じられるのと同じものだ。レース中には13本もの点滴、1回のヘリコプター救助、それからジェームスが表彰式でふざけたように、パルプフィクションさながら灯にグサッと打たれたアドレナリン注射が1本登場した。

オエルケは選手本人達と比べるとあまり苦しんでいないのかもしれないが、それでも彼らと同じように「毎回GEARレース中は、ありとあらゆる感情を味わうものさ」と言う。

主催者達は、来年のイベントにはもっと日本からの参加者が増えてほしいと話す。彼らはグアムで毎年恒例の短距離レースも行っていて、これはアドベンチャーレースへの新たな参加者にとって良い練習の場となるだろう。東京からグアムまではたったの3時間の空の旅。だから自分の胸に聞く質問は、「自分のタフさに自信はあるか?」だけで良さそうだ。

その答えは2011年5月29日、第11回GEARに出場した後でのお楽しみである。

グアムエクストリームアドベンチャーレース

www.guamextreme.com