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From the Editor

2010
33 号
From the Editor
By Gardner Robinson 

昨年の6月代々木公園でオーストラリア人のミック・タンと彼の妻みきさんと、皆が不可能だと思うこと達成する計画について話をした。そして僕も日本竹馬につかまって歩いてみた(うまく歩けなかった)。

実際に竹馬で歩いてみて、彼等が20キロのバックを背負い、悪天候と疲労に耐え、また自分に自信を失うことなく3000キロという距離を、竹馬で日本縦断する(ページxx)のはますます難しいと僕は心で思った。だから、二人がもうすぐゴールすると聞いたときは、本当にびっくりした。

一月に、カナダ人のエバン・ペアレントとニセコのパディー・マクギンティーズでビールを飲みながら話をする機会があった。彼のパウダーを追って3ヶ月ロードトリップする(ページxx)計画を聞いて、また違う感情が僕の内側に生まれたー嫉妬。この「スノーチェーサー」は近年でベストという、スノーシーズンを満喫したようだ。

その一週間後にニセコでもうひとつインタビューがあったが、僕はもう茅ヶ崎へ帰っていた。でも北海道在住で、長年OJのコントリビューターのニール・ハートマンが、バートン・マウンテン・フェスティバルのため来日していた、ジェイク・バートンと変わりに話しをした。スノーボードの生みの親(ページxx)が、今月のカバーだなんて最高だ。

バートンとの縁は、初めてのボード、バートン・クルザーを手にした1986年にさかのぼる。ロングノーズで大きく、ハイバックのハードビンディングがかなり後ろに付いていたもので、初心者向きじゃなかっだろうけど、安かったしそのころは、あまり詳しくなかったから、それで十分満足していたよ。

少しスノーボードがわかってきた、1998年にバートン・ジョハンを買い、それを十年ぐらい使った。その後いくつか新しいボードを使ってみるんだけど、やはりジョハンに逆戻りしてしまう。はきなれたジーンズのように、ボードも気に入るとそればかり使ってしまう。

しかし、昨年ジェイクがローテションで使っていると聞き、本格的パウダーボードのバートン・マロロを買った。乗り心地よく、このボードは僕のお気に入りとなったが、僕らの関係は長続きしなかった。エバンと会って数日後地元のタクシーに乗ったとき、運転手がボード(マロロはハワイ語で飛び魚)を車の上のラックに縛りつけたんだけど、ロッジについてみるとどこかに飛んでいって、それっきりでてこなかったんだ。

なぜ拾ったものを持って帰るような、バチあたりな事をする人がいるのだろう。失恋から立ち直り、もう一度マロロを買うべきか、それと他にもっといいのがあるかな、悩む。

今年は、春に入ってもスロープを楽しむことができる、リゾートによってはゴールデンウィークまで営業しているので、うれしい限りだ。