>  屋外日本雑誌  >  Issue 26 : 1月/2月 2009  > コラム  >  Whaling: Tradition and Conservation vs. Fear and Hype

コラム

By Abdel Ibrahim

Whaling: Tradition and Conservation vs. Fear and Hype

2009
Issue 26

アウトドアマガジンの読者なら、最近アニマルプラネットチャンネルで放送されているリアリティーテレビシリーズ「ホエール・ワーズ」について聞いたことが あるかもしれない。シーシェパード・ソサエティと呼ばれる活動家たちが、昨年南極周辺で捕鯨船日進丸を追跡し、強制的に鯨への銛打ちを阻止しようと試みた 様子がシリーズでドキュメントされているのだ。

11月にこの番組の事を知って以来、南の海域で緊張が高まるのを恐れていた。必要なのはま た新しいリアリティーショウではなくて、両者の意見を知るリアリティーチェックだ。

国際捕鯨委員会が商業捕鯨の一時禁止を決議して以来、 僕の知るほとんどの外国人が捕鯨反対の立場をみせ、またほとんどの日本人が熱心に支持する立場をみせた。両者の右にならえのこの反応に、みんながこの問題 の本質にについて考えたことがあるのか疑わしく思った。

実際に、僕の最初の反応も「えっ、鯨を殺すなんてひどすぎる!」というものだっ た。でも、きっとそれは僕が「捕鯨は悪い」と考える社会で育ったからだと考えた。

長時間イルカと泳いだことがあるので、彼らがいかに頭が いいかはよく知っているし、一頭だって殺してなんかほしくない、でも僕はいままで生活のためにイルカを食べる必要がなかった。もし自分が日本人のお年寄り と同様に飢えを経験したなら、捕鯨がそんなに悪いことだとは思わなかったかもしれない。

加えて、ほとんどじゃないとしても、反捕鯨を唱え る僕たちの多くは、牛肉や豚肉を食べたり、とても知能が高いとされている動物を狩のために殺している。僕らって偽善者そのものじゃないかな?

商 業捕鯨者は、捕鯨は日本固有の文化であり、商業捕鯨をする権利があるのにそれができないのは、日本人が差別されている証拠だと言う。なぜならIWCはノル ウェーの商業捕鯨を許可しており、実際鯨の肉の副産物はノルウェー国内で販売されている。

これは事実だが、両国に大きな違いがあることを 忘れてはならない。というのは、ノルウェーの人口は4600万人だ。これはおおよそ新宿駅の一日の利用客の数であり、日本は1億2770万人の人口をかか えている。

本当の緊急性を持った問題は、捕鯨を続ける権利といったものではなく、現在の国内の食料事情からこの国は近海だけではなく遠洋 に行ってまで漁をしなければならなくなっているのだ。日本は決してたくさん鯨を捕ろうとなどしていない。しかし鯨で前例を作ってしまえば、次は他の日本人 の食文化に欠かせない魚にまで及ぶのではないかと懸念しているのだ。鯨の次はマグロと言うことだ。

僕個人は日本人の気持ちがよくわかる が、他の国際社会が漁業国日本に危機感を感じるのも無理はないと思う。

スポーツフィッシングをやる僕は、国内の様々なひどい状況にある漁 業場を見てきている。僕の釣り仲間やガイドも同じ考えだ。捕獲量制限など定められていないので釣り放題だし、キャッチアンドリリ-スという概念も定着して いない。

そして養殖場も封建時代のころの名残で私的企業が個々に管理しており、誰のものでもない海に営利目的を持った者が携われば、保護 より利益を優先するのは目に見えている。たとえるなら鳥かごの見張りに狐を置くようなものだ。

ある人は、人口が多いのだから日本の魚食文 化は否定されるべきでないと言うかもしれないが、実際世界中の多くの観察者たちは、こと海洋保護となると日本は無責任すぎるという印象を持ち続けている。 日本がIWCで票あつめに躍起になったり、日進丸は調査捕鯨のみをしてると主張するまえに、このマイナスのイメージにしっかり取り組むべきだ。

同 時に、反捕鯨集団は自分たちを日本人と同じ立場においてみるといい。シーシェバードをサポートし、イルカハンターを「野蛮人」と呼んだりする人たちは、も し日本人グループがケアンズや南カルフォルニアに現れて、地元のフィッシャーマンに酪酸入りボトルを投げつけたら世界がどう反応するか想像できるだろう か。

捕鯨は牛を虐殺するより残酷なのだろうか。そしてサステナブルの状況で捕鯨を続けることはできないのだろうか。

悲し いことだが、捕鯨問題の両派ともが誇大された情報に惑わされ、感情的になり、派閥争いばかりに目が奪われて賢明な問題解決にたどりつく努力をしていない。 両派とももう一度冷静に内省し、何が本当の危険に面しているか考えるべきであろう。

僕達はまた自分たちの立場を示し、そして自分たちの非 を認めなければならない。僕は独立した第三の者が介入して和解を促してくれることを切に望む。なぜなら他の環境問題と同じで、捕鯨問題は一刻を争うほど深 刻な状態にあるのだから。