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コラム

Japan Angler

By Abdel Ibrahim

Conquering Kiwi Kings

2009
Issue 27

プレンテ湾に沿って緑の海岸線が延々と伸びている。 目の前の道以外には、人の手が加えられたものが見当たらないほどのこの場所は、 旅が始まったところとはまったく違う。 道は僕を冒険に誘うが、僕ら東京からきた釣りグループは、 こんな機会はめったにないので、広々とした海へ向かっていった。

スポーツフィッシングが僕に教えてくれたことは、 期待しすぎてはいけないということ。さまざまな 条件下により魚の食いつきはまったく違ってくるのだ から、毎回無心に釣りをし、たまたま思いがけなく大 量に釣れるとそれを素直に喜ぶことにしている。そう いった出来事が僕を釣りに熱中させるのだ。 僕らのグループの船、エンチャンター丸はワカタネ の港を離れた。僕は期待が大きい釣り人ほど、落胆が 大きいことを自分に釘さした。しかし数分後、今まで経 験したことのない、もっとも荒々しく、もっとも難しいオ フショア釣りといわれるニュージーランドにとうとう来 たことを恐る恐る実感した。

日本を含む太平洋で広く生息するブリやハマチを ねらった。日本ではオフショアでルアーフィッシングす るのが盛んだ。奴らは食いつくと大暴をれして、糸に 貨物列車がひっかかっているのではないかというほ どに強くひっぱっていく。

30キロ以上の怪獣たちは、地球上にあるどの場所よ りもニュージーランドで一番取れる。僕らはブリの楽園 に向かっていた。しかしブリより大きく成長するハプカ やシーバスといったレックフィッシュも釣れることだろう。

出発して10時間後、船首に出て、ランフリーバンク を覆う太陽をじっと眺めた。ランフリーバンクは、深さ 3,000メートルから、もっとも浅いところだとたった40 メートルの海底山だ。
 
脂っこいニュージーランドの朝食を食べたあと、 キャプテンがフィッシュファインダーでサーチしてい る間、僕らはジグの装備に取り掛かった。数分後、80 メートル下の海底に650グラムの重たいルアーを放り 投げては、60メートルまで引き戻すという行為を繰り 返した。

ジグ釣とは、ロッドを早く細かにひっぱり、ジグと呼 ばれる重い鉄のルアーを上下に動かし、怪我をした 魚や、逃げる魚のシルエットをまねて、目的とする魚に エサと思わせる方法だ。リズムをつかむのに少し時間 がかかるが、いったん当たるとその効果はもの

出発して10時間後、船首に出て、ランフリーバンク を覆う太陽をじっと眺めた。ランフリーバンクは、深さ 3,000メートルから、もっとも浅いところだとたった40 メートルの海底山だ。
 
脂っこいニュージーランドの朝食を食べたあと、 キャプテンがフィッシュファインダーでサーチしてい る間、僕らはジグの装備に取り掛かった。数分後、80 メートル下の海底に650グラムの重たいルアーを放り 投げては、60メートルまで引き戻すという行為を繰り 返した。

ジグ釣とは、ロッドを早く細かにひっぱり、ジグと呼 ばれる重い鉄のルアーを上下に動かし、怪我をした 魚や、逃げる魚のシルエットをまねて、目的とする魚に エサと思わせる方法だ。リズムをつかむのに少し時間 がかかるが、いったん当たるとその効果はものすごい。 しかしジグを10回ほど投げた時、この方法はとてもし んどいと気がついた。

僕の右手は疲れて、なぜ出発前にウエイトトレイニ ングをしなかったのかが悔やまれた。僕の左側にい た大久保さんは父親ほどの年齢だが、平気で休まず にジグ釣りを続けている。そのため僕も彼に負けずに、 このトリップ最初のブリを釣り上げようとさらに気合 をいれた。

ひと言ふた言と悪態をついて、バランスを取り戻す と背中をそらし、竿のお尻の部分をベルトに固定して 身の安全を確保した。なぜなら20キロのモンスターが 海底にむかって逃げようとしていたからだ。カスタム メードのロッドは僕を優位にたたせてくれて、魚をしと めることができた。およそ3分後、僕は超ご機嫌でニコ ニコしながら、リリースする前にその魚をトロフィーを 抱えるようにポーズしていた。

大久保さんも負けじと彼の最初の獲物を釣り上げ ようとしていた時、キャプテンのランスが僕たちに釣り 糸を上げるよう指示をした。大物2匹があがっていたが キャプテンは満足しておらず、40メートルピークのラン フリーへと向かった。 着いてすぐ、僕らは船首から50メートル先にいるブ リの群れに驚いた。僕らの存在など気にする様子もな く100匹以上の魚が泳いでいた。

「なんてこった」と5~6キロのサイズの魚の群れ を見てランスは言った。「釣る価値もない」と彼がしゃべ り終える前に、僕らはトップウォーター用のロッドに変 えてプラグを群れに投げ込んでいた。魚がぶつかって 僕らのルアーを奪い合う様は滑稽なほどだった。

港とスターボードに目をやると、なんとあらゆる方 向から群れをなして魚が集まってきていた。これは釣 りをする人にとって、ほとんど聖書なみの現象だ。知る 限り、僕らはトップウォーターで釣り上げるノウハウを 知っている日本から来た初めてのグループであること に間違いはないのだが、もっと大物をいとめなければ ニュースにならない。

その後、海深120メートルの場所の海底から40メー トルあたりで、とうとうニュージーランドの大きなぶり を釣り上げることができた。 ある時点では僕ら6人全員のロッドに同時に魚が かかり、ランスと仲間のフィルが僕らの糸が絡まない ようにして釣りあげるのを手伝ってくれた。それだけで なく、モンスターとの記念写真を撮るのにも大わらわ だった。

しばらくして、僕は他には何がいるのかと、海底の底 まで糸をたらしてみた。船は4ノットの速度で進んで いたが、海底から5メートルのあたりまで糸をたらし、 急に引いて、ゆっくりおろしてみたりした。そうして5~ 6回ドロップしたあと、ロッドを引けないだけではなく、 完全に動くことができなくなった。

「なんか底でかかったみたい」と僕の思いを声にした。
「ハプカか?」と大久保さんとランスが同時に言う。
「え?」その時、僕のギアは10倍の重みになった。

 海面から約20メートルのところまでひきつけたら 獲物が頭を振ってもうれつに抵抗しているのがロッド を通して感じられた。その刹那、まるで半分体重がな くなったように一瞬にして軽くなった。可哀想なことに。 獲物は塞栓を起こしたようで、そのまま海面まで浮い てきた。とはいえ最初のハプカである。夕食のテーブル を飾ることになったのはもちろんのことだ。

その夜の気象情報では、翌日は25ノットの風が出る と予測していた。僕らはランフリーバンクを出て10キ ロほど走り、風や波による影響のないところまで移動し なくてはならなかった。そうして午後にはホワイトアイ ランドと呼ばれる雄大なカルデラ火山に到着した。 夕食までに少し釣りをする時間があったので、島の 北側にフィッシングに出かけた。ブリはいるもののラン フリーよりサイズが小さい。その日は船で揺られて少し 疲れていたこともあり、およそ1時間でお終いにして錨 をあげた。

ジグ釣りとキャスティングをしてみた。もう僕は揺れ にも慣れ、どんなことが起ころうと自信があった。しか し、すごい食いつきがはじまり、準備などできていない ことが判明。今までで経験したことがないほどにブリ は激しく引き続け、5分ほど僕は何もすることができな かった。このままではきっと逃げてしまうに違いない。

旅行の世話人の茂木さんは、ビデオカメラを取り出 してきて、うめいたり、叫んだりしている僕をフィルム におさめた。ようやく魚の頭を僕の方に向けることが でき、捕獲にいたった。というわけで、30キロの大物を 釣りあげたのである。写真を撮るためポーズをしたが、 なんとか抱えられたたほどにその大物は重たかった。

次は茂木さんが160グラムの大きなプラグを岩の あたりにたらし始めた。突然に彼のロッドは激しくし なり、ドラッグが音をたて始めた。誰でも釣ることはで きる。だが47キロの大物を4分以内に引き上げる人は めったにいない。誰もが驚いた。ランスはおおはしゃ ぎで無線でこの収穫を報告し、ランチの時間までには 釣り愛好家のブログやフォーラムで話題になるほど だった。

その日の午後、僕はまた苦戦して30キロのブリを釣 り上げることができた。大久保さんや、他の人たちも 大物を釣り、みんな自己記録を更新した日となった。

この時点では、僕の体力はアドレナリンでもって いた。休むのを忘れてキャストしていた。大きなモン スターが海面で僕のプラグを粉砕したり、もう一匹は フックを飲み込んだものの引っかかっておらず、吹き 出されてしまった。戦う獲物を見ただけで疲れを感じ、 リールするのをやめて立ち尽くした。腕の筋肉もパン パン。手は震えていた。もう十分だった。

翌日、他の釣りグループが冒険をはじめようと待っ ているワカタネに戻った。僕らの成功を知ると、彼ら一 行は自分たちの釣りを思いわくわくしていた。
れていた僕は、残った時間を陸で過ごし、次に いつニュージーランドに来ようか思案していた。一瞬、 ガールフレンドと共にニュージーランドに移住しよう かとさえ思った。

だけど関東地方に住んでいるからこそ、海のすばら しさがわかるんだと思いなおした。海で困難や喜びを 味わったあと、都会の生活に戻ると生きていると実感 できる。都会にいるからこそ、釣りにいくのを楽しみに できるんだ。