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コラム

Spirit of Silence

By Troll

Mountain Man Memories

2009
Issue 27

今回は父の話。前々回に少し触れたがウチと同 じく、父もろうあ者であった。山が好きで青 年時代の多くの時間をテントを背負ってアルプスを 縦走し、写真を撮って過ごしていた。なぜ山が好き かと問うと「自分の足で登った分だけ見られる神々し い風景があるから。重い荷を背負い、経験や技術を 出し、天気などを味方にする必要があり、甘くない が達成した時の満足は本物だ」と言っていた。

その頃の日本では「手話」が珍しがられ、テレビに 字幕などなく、社会におけるろうあ者に対する理解 も浅かった。でも、山は常に誰に対しても平等だ。 自分の行動がそのまま結果となって現れる。

でも当時、山に関する情報は本や雑誌くらいしか なかったので、山に行くと周りの人の装備や技術を 「目」で見て研究したと言っていた。例えば最初は米 軍払い下げの大きくて重い寝袋を使用していたが、 小さな収納袋に軽々と寝袋を詰め込んでいる人を見 つけ、その装備の特徴を覚えていく。

そして、雑誌で調べたり、山道具屋で探して、手 に入れる。「情報がなかったからと、命を落とすとい うことは絶対にあってはならない」と彼なりに装備と いうハード面に加えて、知識や技術を確かなものに するために独学で学び、身につけてきた。

父にとって山や旅先で逢う聴者との出逢いも楽し みのひとつだった。厳しい自然の中での体験を分か ち合えるからだろう。国籍や言語など違いを越えて、 山を愛する心を共有することを大切に思っていた。

ウチはといえば、そんな父が現像した写真を見な がら、山での思い出話や失敗談などを聞くのが大好 きだった。父の手話で表現する山の寒さ、厳しさ、 感動が子ども心に好奇心をたぐり寄せた。地図に載っ ていた橋が壊れていて徒渉を余儀なくされたこと。 冬山で夜中に何かが自分の頬を圧迫するので目覚め たら、テントが雪で押しつぶされそうになり、慌て て雪かきをしたが1時間も経たないうちに、また押 し寄せて一晩中雪かきをしたこと。テントの中で突 然地震のような揺れを感じて外を見たら、近くにヘ リコプターが降りてきていたこと。ドキドキする体 験は日常にない「おとぎ話」のような世界だった。

ウチの人生に大きな影響を与えてくれた亡き父 は、今でも心の中に生きている。自分も父のように 他者にそんな話をしていけたらと願っている。