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コラム

Spirit of Silence

By Troll

Signs in the Rain

2009
Issue 29

どこまでも澄んだ青空 の下、気持ちよい北アルプス西穂山荘のテラスに腰かけてビールを飲んでいると、多くの登山者の中から突然一人の男が手をあげ、こちらに向かって走ってき た。


 「やあ!」

興奮しながらやってき たのでウチは面食らった。

「覚えてない?」

その男が慌ててカメラを取 り出す間に、M夫婦の旦那さんである事を思い出し、慌てて握手した。ホッとした彼が見せてくれたカメラのモニターにはレインウェアを着たうちらの姿が映っ ていた。


その2ヶ月ほど前の夏、北 アルプスをテント泊で縦走中、激しい風雨に襲われて山小屋に避難した。すぐ後に同じくビショ濡れで到着したのがM夫婦であり、一緒にストーブの前に暖を とっていた。夜に小屋の人が温風ジェットヒーターで濡れた雨具やザックカバーを乾かしてくれると教えてくれた。



ところが次の朝、レイン ウェアのボタンがはまらない。裏表を間違えたのか? そう思い、よく見ると、ボタンが溶けているではないか。しかも穴まで開いている。乾かそうとして一番 手前に置いたのだが、熱風が近すぎて化学繊維が溶けてしまったらしい。恐るべしジェットヒーター。



窓の外を見ると今日も雨 だ。意を決して小屋を出た。途中の休憩ベンチで休んでいるとM夫妻と一緒になり、熱いコーヒーをご馳走になった。湿った体が癒されてくる。その時に雨があ がり、下方の沢から勢いよく霧が上がっていった。やっと穴開きの雨具を脱ぎ、雨上がりを共に喜びあったのだけど、また逢えるとは嬉しい。聞けば「憧れだっ たジャンダルムを歩いてきた」と少年のように目を輝かせて、鋸歯のような岩稜を指さした。


ジャンダルムとは奥穂高岳 から西穂高岳との縦走路途上にあるヤセ尾根が続く難ルート。


「手話が見えたから、まさか? と思っていたけど、やっぱり君達だったんだ。 妻は別ルートを歩いているから今、連絡するね」と携帯電話を取りだした。そして、電話を切ると「君達に逢いたがっていたよ、写真を撮っていいかな」とカメ ラを出し、乾杯した。


前回は山の話に始終して消 灯時間になったのだが今回、M夫妻は埼玉でガソリンスタンドを経営している事など聞かせてもらった。


後日、夏の写真とともに再 会の喜びの手紙が届けられた。手話が目印のステキな出逢い。M夫妻の写真を眺めながら、感慨に浸っている。