コラム

Japan Angler

By Abdel Ibrahim

By Abdel Ibrahim

2011
Issue 40 (Summer 2011)

一番素朴なこと
By Abdel Ibrahim

今年のゴールデンウィークはやはりどこか重苦しい雰囲気に包まれていた。私の知り合いの多くも、東北地方の地震と津波の被災者に対するそれぞれの想いから、あらゆる遊びを控えていた。神奈川でもわりと田舎の方で生活している私にとっては、もっと人口密度の高い関東地域に比べるとその影響も集団的な混乱も少ないように感じた。

東京都内まで毎日通勤する、近所の友人たちの陰鬱で疲れ切った顔を見た私は、これはいけないと思った。少しでも気持ちが明るくなるような事が必要だと、無理やりにでもマス釣りに連れ出すことに決めたのだ。

曇り空の火曜日の朝、平塚市の工業地帯と田園地帯を横目に車を走らせた。ゴールデンウィーク真っ只中だというのに道路はガラガラだ。伊勢原市の山の方にある、小さいがとっておきのマス釣り場まで予想の半分以下の時間で到着した。

仲間たちはあまり元気がなかった。日々神経をすり減らし、それがだんだんと溜まってきていることが私にも見て取れた。おそらく3月11日の前から積み重なっていた分もあるのだろう。彼らやここ何年かで知り合った人たちのことを思うと、みんなが悪いカードばかりを引かされているような気になってきてしまった。

着いた時は疲れてダルそうだったみんなだけれど、子供の頃を思い出したのか、そのうち全員が最初の一匹を釣り上げた。魚釣りが初めてという訳でもないのに、あまりに久しぶりの感触に大盛り上がりで、まるで初体験かのように喜んでいた。仲間内でも仕事が今一番きつい状況にあるケイスケも、今まで見たこともないような満面の笑みではしゃいでいる。それを見た私は「そう、これこそが魚釣りのパワーなのさ!」と密かにニヤけてしまった。

なにより素晴らしいことは、私たちがしていた行為の素朴さにある。竿の向こうのマスの引き、キンキンに冷えたビール、そして緑の景色。たったそれだけだ。

野心的な生徒たちによく話すことがある。人生の最高の経験というのは、本当にシンプルなものだということを忘れないで、と。そして自分自身に楽しむ時間を作ってあげることさえできれば、それは簡単に手に入る。地位や成功や業績とは全く関係ない。

どうやら今回の釣りトリップは、その最高の例になったようだ。

みんなで楽しくワイワイやったあの時間は、それぞれにとって必要なものだったと思う。ほんのちょっとだけ、のんびり羽を伸ばす。このつらく厳しい時だからこそ、そういう時間が必要なのではないだろうか。