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コラム

High Tide

By Mitsuharu Kume

「雲海」

2010
Issue 32

「一度も登らざるはバカ、二度登るもバカ」
富士山について、こんな言葉があります。


ここでのバカを訳してみると、日本一の高さを誇る3,776mの富士山に、登ったことがないなんて、ひとつ楽しい世界を知らなくて可哀想に、といったバカ。そして、いざ登ってみると予想以上にハードな富士山登山を、もう一度やろうというのも、これまたバカ。といったところでしょうか。

それで言えば、もう大バカモンったらありゃしないのが、僕の兄。

名前を岳晴(漢字には意味があり、岳は高くて大きな山、晴は空が晴れること)とは、親はよく付けたもので、20年も富士山頂上の山小屋で働いている。杖への刻印(木の杖を買い頂上で押してもらう慣わし)やお土産を売っているその山小屋に、一般登山可能な夏の約1ヶ月間余り、泊り込んでいるのです。地球を見下ろす感覚の中、肌で感じる太陽の強い光、遮る物など何もなく突き抜ける風、高地独特な天に近い感覚の中での生活です。

ところで、親のネーミングミラクルは続き、僕の名前は満晴(満は、潮が満ちること、晴は空が晴れること)といい、海の自然、波やうみがめやサーファーを撮る写真家で、15年南の島で魚を撮って暮らしています。

そんな山男と海男兄弟ですが、雲でつながっていることを発見しました。

兄の撮った写真に、“雲”の“海”と書いて“雲海(うんかい)”と呼ばれる現象で、頂上から見下ろす雲が、眼下一面に広がっていて、大海原のようになった幻想的な写真があります。一方僕は、海に浮かんで水面から魚眼レンズの先端を出し、空を撮ることが好きです。兄は日本一高いところから雲を見下ろし、弟は海抜0mから雲を見上げている、という訳です。

見上げる、見下ろす、とえば、最近考えることがあります。

天ぷら油から燃料(BDF)を作る仕事を知的障害者施設で手伝っている僕は、廃油という人が捨てるものを集める作業をしていると、人の優しさを感じる反面、とても見下された扱いをされることも多いのです。仲間の言った「自分までゴミのように扱われるけど、何かいい勉強していると思って」という言葉が、ジンワリと心に響くのです。

また、とある撮影で、大臣や国会議員を撮影していて思ったことは、人の上に立ち、まわりにあれだけ見上げられ、持ち上げられれば、いくら志のある人でも、上から目線になってしまうだろうな、ということ。
「上げ潮じゃ、上げ潮じゃ」(いい方向に向かうときに使う、日本の昔の言葉)。

同じ人間、見上げたり、見下したりはよくないことが少し分かった気がする。そして雲を見上げると、それは人間だけじゃなく、自然のものすべてなんだな、とも思います。

おしまい