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コラム

High Tide

By Mitsuharu Kume

「皆既日食がくれた一葉」

2009
Issue 31

僕は写真好きである。太陽の光や月あかりなど、自然光での撮影が好きで、波に透ける太陽や、月明かりに照らされる海などが大好物。そんな僕にとって、皆既日食は大イベント。「さあ、何を撮ろう」と当日までずっと考え続けていました。

超望遠レンズで、太陽の欠ける様子やダイヤモンドリングを撮る、なんていうのは天文写真家に任せておけばいい。僕のフィールドである海を泳ごう。今やメインテーマとなっている海亀が、昼間に暗くなることでどんな動きをするのか? 魚はどうか? そこを捉えるべく、前夜は当日の様子を想像しながら、高感度フィルムを装填したカメラを水中ハウジングに念入りに仕込んだのでありました。

当日の朝、カメラバックを車に積み込み、予定している浜に向かった。悲しいことに、ワイパーを動かさないと走れない。雨なのである。それでも、日食予定の一時間前になり、カメラ二台を抱え、小雨の降る中、海がめを探しに沖へ沖へと泳ぎ始めたのでした。

日本で一番宇宙に近いといわれる僕の住む島。その所以たるロケット発射台が見える。カラフルな熱帯の小魚達は、日食を控えていることを察知してか、動きが慌しい。目当ての海亀を探し出すことが出来ぬまま、日食の始まる時間となった。少しずつ欠けていく太陽は厚い雲の上。見渡す限り人っ子一人いない静寂な海の中、少しずつ闇が訪れてくるのを感じる。やがて、ロケット発射台に夜間しか灯らない、赤い点滅ライトが輝きだした。雲間からは、一瞬だけ三日月のような三日太陽が顔を出す。先ほどから、幾度と無く息の続く限り、海の中を潜っていたのだけれど、急に魚がいなくなった。眠ってしまったのだろうか? 僕は時計で一番暗い時間が迫っていることを確認して、出来るだけ深く潜っていった。その闇は月夜の海より遥かに暗い。海面を見上げ、薄い光の“青”を海底から撮影し浮上。不思議な感覚に包まれた。

月と太陽が重なるなんて、本当に偶然のこと。でも、二つのものが重なるのは必然なことかもしれない。写真は、そこにいなければ撮れないから必然なこと。でも、そこに偶然が左右して不思議で素敵な写真が出来ることがある。

この時もそうだった。日食を撮りに行ったフィルムを現像したところ、この写真が僕のところにやってきたのだ。月を念じていたら写ってしまう。そんな能力が僕にある訳は無い。理由を考えてみると、一つだけ思い当たる節があった。僕はフィルムをカラーから白黒に変えたくなると、5枚くらいならもう一度巻き込んでおいて、メモを書き、また次回の為に置いておくのだ。そのフィルムを間違えて装填してしまったのではないか、ということ。

この写真は、僕の意思が働かないところで、合成された写真なのだ。
「上げ潮じゃ、上げ潮じゃ」(いい方向に向かうときに使う、日本の昔の言葉)。
“偶然を待つ必然”。この一葉から、いい言葉を見つけた。