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コラム

By Rob Volansky

Kokusai Couple

2006
Issue 7

15年前、故郷のオーストラリアで長く努めた馬術をやめ、パット・オキーフは大陸間をまたぐ冒険旅行にでかけた。その時、あるきっかけから北海道に訪れることに。そこでも、まだ馬屋にたどり着き、そして”ショーティー“と呼ばれていた女性・尚美と出会うことに。その後まもなく、ラフティング・アドベンチャーを企画する会社を二人で起こすこととなった。

体力、スタイルと精神力の強さが要求される馬術の障害飛越競技。オリンピックチームに選ばれたこともあった若き日のパットだが、オーストラリアがモスクワ・オリンピック出場をボイコットしたため、彼はメダルに挑戦するチャンスを失った。1980年のことだ。    

直美はまさに会社の起動力といっていいだろう。HOAはまさに彼女の王国である。BGMのイージーゴーイングなレゲエ音楽や、壁に張られたスタッフの写真に騙されてはいけない。この会社はまるで機械のように彼女のコントロール下で動いている。尚美は経理から、写真の販売まで、すべてを仕切っているのだ。ありとあらゆる仕事を、彼女が笑顔で何事もなくこなすのには驚嘆してしまう。

高校卒業後、尚美は母と同様、看護婦になるため、故郷の上富良野をはなれた。札幌で6年間、看護士の勉強をし、公共の健康機関で働いた。

当時パットは富川という村でフリーランスで馬の調教師をしていた。2人は札幌で出会い、その後、尚美は富川に移り住む。パットが働き、彼女は家に入るという計画は2ヶ月しか持たなかった。
「退屈でしかたなかったの」

彼女は笑ってこたえる。富川駅前にある病院で働き始めたのだ。その後、2人のパートナーと一緒にHOAを立ち上げる事となる。沙流川と鵡川に近くの北海道中央にある日高の廃校になった木造小学校に会社事務所を移す。   

尚美は夏事務所で、冬は病院で働いた。パットとともにアジアの国々を訪れ、彼女も次第に旅に興味を持つようになってきた。

2人の会話の様子を見ると、どのようにHOAが成長していったのかがわかる。パットはカヤック・ツアーから帰ってきたばかりで、長いドレッドヘアからはまだ水が滴っている。尚美はデスクに向かい仕事をしている。パットは様々なビジネス・アイディアをひらめかす。しかし尚美はいつも、パットより一歩先を進んでいる。彼が話しを持ち出すときには、関連した必要なペーパー・ワークや何本かの電話までも済ましていたりする。

ワールド・クラスのカヤッカーではないものの、パットは多くのエクスペディションに挑戦している。最も注目すべきなのは、著名なマイク・アッボットとスティーブ・フィッシャーが行った、“川のエベレスト”とも呼ばれるミヤンマー・メイカ川へのラフティング遠征の依頼を受けている。
パットはエリック・サウスウィック、クレイ・ライト、パット・ケラーなどのスーパースターを北海道の未踏の地域にも連れてきた。夏のシーズンは修学旅行で多忙を極め、日高にアートとフォト・ギャラリーを開こうと計画している。    

3 才の長女ケイは両親に似たのか、おてんばで恐れ知らず。尚美は昨年の冬、「ケイの世話をするのはフルタイム・ジョブだわ」と、病院勤務を退職した。パットと尚美は子育てと同様、写真家、オフィス・マネージャー、馬の調教師、そして冒険家としてもうまくやっていく事だろう。

WEB CONNECTION


Hokkaido Outdoor Adventures: www.rafting-hoa.co.jp
The Last Resort: www.trlnepal.com
Siam River Adventures: www.siamrivers.com
Malhika Lodge: www.axmyanmar.com