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コラム

Finding Flow

By Paul Lammens

Finding Flow in Korea

2006
Issue 8

僕が初めてアウトドアジャパンのWebサイトにある「ファインディング・フロー」という記事(www.outdoorjapan.com/columns/column-findingflow.html)を読んだとき、スケートをしながら禅に挑むなんて、なんてぶっ飛んだアイディアなんだと思った。カナダ、ニュー・ブランウンズウィックの田舎道のカーブで、「うーん、そう、このリズムだ」と、確信するしていたものだ。でも、完璧にこの現象を理解したのは、韓国に行ってからだった。その頃はフロー(流れるようなライン)をつかむというより、アドレナリンがみなぎっていた。心が冷静であれば、アドレナリンは君を洗い流し、まるでコンクリートの高波のように君を襲うのだ。

あれは、ソウルの渋滞した道でのことだった。一車線道路で勝負をかけたとき、そのフィーリングが僕に静かに忍び寄ってきた。とうとう見つけたと思った、イヤ、そいつが僕を見つけたんだ。すごいスピードを出したとか、カーブを急ブレーキをかけて曲がったとか、そんなときでなくって、ただ流れに乗りながら、至福の境地に達することができたんだ。

そのフィーリングは僕を興奮させるとかじゃなく、仏のように僕の心を冷静に無の境地にさせてくれた。事の実態がわかったときは、その状態にずっと浸っていたかった。風はやさしく僕の頬をなで、さわやかな空気が口にはいり、日常の悩みなど忘れ、完璧にリラックスし、“今のこの瞬間”を、生きはじめたのだ。

あれから、何とか、フローとアドレナリンの中間の媒体の境地を求め続けている。スケーターならだれでも、きれいに舗装された道路だけじゃ満足いかないものだ。ロングボードならではの「速スギ、でもサイコウ!」という瞬間が必要なものなのだ。まぁ、韓国の道なら、十二分にその期待にそえるのだけどね。

韓国では、ロングボードはまだ目新しいスポーツだ。北米の人と違い、ローカルはフォー・ウィールのスピードを出しまくるロングボードを目の当たりにして、驚愕とする。好奇心にあふれる彼らは、「ウォォォォォォァ!」といった後、サムアップ(親指を立てて)で喜ぶ。

韓国の街中はクレージーだ。せまい道、あふれる車、深いピッチ、人はあちこちにいる。バイクにボードを乗せ、10分ほどいくと、景色は全く違ってきて、車の通らない、2車線の道を心いくまま長いラン・アウトが楽しめる。タクシーやトラックの後ろで、どこからか集まってきた人が、サムアップして応援してくれる。

しかし、韓国のスケーティング環境はいいことばかりではない。韓国の人は国民的趣味じゃないかと思うぐらい、クラクションを鳴らすのが好きなんだ。吠えまくる車に追いかけられるのは、優雅にスケーティングしたいときに、いただけたもんじゃない。パトカーに追いかけられて、何も起こらなかったら、君の腕がたいしたものだという証拠。

ソウル近郊の山なかの舗装道路は、まるでスケーターの事を頭に入れてくれていたかのようだ。スケーターの米の収穫シーズンのようなもの。ロングボードとグローブをつけ収穫、そして祝う。まだスケートされてないバージン・ロードを滑る。そして、やってくるフローとアドレナリンのコンビネーションを考えただけで、あぁ、手が汗ばんでくるよ。