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コラム

High Tide

By Mitsuharu Kume

Lasting Impressions

2010
33 号

この日はそこへ行こうと決めていた。駅を出て線路沿いの道を歩くと、焼鳥屋の先にとんかつ屋があり、その横に目当ての店の看板があった。そして、僕は今まで踏み入れたことのない未知の世界へ続く急な階段を上って行った。まるでジェットコースターが動き出して、一番高いところへ引き上げられていく時のような感覚だったように思う。その頂上近くになり正面に見えてきたのは、ハワイのビッグウェーブをサーファーが滑る大きなパネル写真。その横にあるドアを開け、僕は言った。「すみません、ここはアルバイトを募集していませんか?」

やがて、ここのバーの看板を出し入れするようになった。そしてここから僕はサーフィンの世界に入って行った。オーナーは近くにある河口のローカルサーファーの長老だったのだ。僕が10代後半の頃の話だ。お店はモータウンやブラックコンテンポラリーをレコードで流す、カウンターとボックス数席の落ち着いたバーで、サーフィンの匂いは、唯一階段正面のパネル写真だけだったが、それだけに印象深かった。

そう言えば、こんなラジオドラマに聞き入ったことがあった。

とあるホテルのフロントマンとお客の会話からなるドラマで、大自然の中にぽつんと佇むそのホテルの写ったポストカードを誰かに送ると、受け取った人はそこに行きたくなり、必ず泊まりにやってくる、というお話。でも、差出人の名前や住所を書いては、その効力がなく、みんな差出人もわからず、そこのホテルを訪れ、また、誰かにポストカードを送って帰っていく、というもの。視覚の世界である写真を、ラジオという声だけの世界で作り上げたそのドラマは、今も心に残っている。

以来、僕は写真の作品としてポストカードを作るようになった。何しろ、切手という羽を買えば、差出人の思いを乗せて、自分の写真が世界中に飛んで行くかもしれないのだ。そしていつかそのラジオドラマのように、僕の写真の景色を見たくて訪れてくれる人がいるかもしれない。

さて、先のバーでアルバイトをして3年が経ち、僕はその地を離れることになった。その時オーナーはそのパネルを「持っていけ」と言って僕にくれた。

「上げ潮じゃ、上げ潮じゃ」(物事がいい方向に向かうときに使う日本の古い言葉)それから5年後、僕は水中写真家を目指すようになっていた。そして、あれから20年経つ今も、度重なる引っ越しにも負けず、誰が撮ったかわからないそのパネル写真は、ボロボロになりながらも僕の手元に存在し続け、僕の夢を今も照らしている。

近頃はカメラの性能が良くなり、誰もがいい写真を撮れるようになってきた。でも、こんな物語のある写真を、僕は世の中に残していきたい。