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コラム

By Troll

Can You Feel The Music?

2006
Issue 12

ウチは生まれつき聾者である。でも小さい頃は、片耳で少しだけ、低い音が聞こえていた。自宅のテレビにリモコンがない時代、ボリュームを調整するツマミを右に思いきり回し、テレビを大音量で鳴らせて遊んでいた記憶がある。両親は、まったく聞こえないから、そんな事にも気づかず、家の中は多分、放送塔のようになっていたのだろう。おかげで近所のおばさんは鬼のような顔をして怒っていた。ウチはおばさんの気持ちも知らず、そんなイタズラを繰り返していたのであった。しかも、その大音量によって聴力がさらに低下し、今はほとんどない。

人がはじめて出逢う音楽とは、母親の子守歌だろうか? たった1曲の子守歌を覚えた母は、それをリピートし続けてくれていた。でも、その子守歌よりも、手話で語る手の動きを、よく覚えている。いわば催眠術のようで、自由自在に動き続ける手を見て、いつのまにか夢の中に入っているのだった。

人の背の高さや顔の形がそれぞれ違うように、聾者も音の聞こえ方が皆、違う。全然聞こえない人から、高い音が聞き取りやすい、など多種多様だ。でも音が聞こえていても、言葉の判別能力は、ほとんどないと言っていいだろう。

我々にとって「音楽」は無縁なのだろうか? 聾者にも、音楽が好きでカッコよくダンスを踊ったりする人、カラオケで歌うことが好きだという人、逆に「音楽なんてキライだ」という人もいる。

体の振動は、聾者にとっては伝わりやすい。特に「和太鼓」は聾者の団体がいくつかあるほどだ。また、旅を通して、音楽と聾者は深い関わりがあるのではないか、と思うようになった。それは、無人浜に行ったときだった。

月灯かりに照らされた波が、一定のリズムで浜に押し寄せていた。寄せて、返す波の向こうでは灯台が3つ。その灯りは、それぞれ一定の間隔で光っている。ウチは、その光に合わせて、流木をたたいた。酒の酔いもまわってきて、心地よく気分が高まってくる。焚き火が燃え上がり、序章から終盤まで、炎の勢いが変わっていく。それぞれのリズム、空には、それぞれの星が瞬き、呼応しあっている。鼓動は「目にみえる音楽」と言い換えてもいい。聾者ならではの音楽の楽しみとは、こうしたビジュアル的な自然の織り成すシンフォニーと、ボディーサウンド(振動)を感じることだとすれば、それはそれで素敵なことだな、と思うのだ。