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コラム

By Mitsuharu Kume

Natural Schizophrenia

2007
Issue 18

Goodnight, Moon. Good Morning, Surf.
Honorific Nature
Natural Schizophrenia
Honor the moon. Respect the wave.


月夜に屋根のない自然の中で夜を過ごしていると、月明かりというのはとても心強く、そして何故かその存在自体が嬉しくて、とても身近に感じられてくる。そんな時「今日のお月さん、綺麗だね」なんて言ったりするのだけれど、よく考えてみると“月”に丁寧な言葉の“お”と人の名につける丁寧な言葉の“さん”をふたつ付けていることに気付く。
そこで、他にもこんな使い方をする言葉があるか考えてみると、お父さん、お母さん、お爺さん、お婆さん、お兄さん、お姉さん、といった年上の家族や、お隣さん、お医者さん、お坊さん。他にも自然のものに対して、お月さん、お星さん、お天とうさんなど、どうやら限られたものだけに使う表現であるようだ。そして、それらのどれもが、たんに、父、母、医者、月と言うのに比べ、敬愛を込めた柔らかく優しい表現に変わっているように思う。
そこで僕は波の事を“お波さん”と呼びたい。波をそう呼ぶ習慣はないのだけれど、波で遊ぶサーフィンをしたり、波の写真を撮ったりする事が好きな僕としては、敬愛を込めた感じが、波にも似合うと思うからだ。僕にとっての波は、“家族”であり、いつも身近にいる“お隣さん”の感覚でもあるし、“お医者さん”のように心も体も整えてくれる。さらに“お坊さん”のように悟りの領域がある。だから“お波さん”という言葉が存在しないこと自体、ぼくにとっては不思議なことなのだ。
今、人間は地球環境を悪い方へ、大きく変えてしまっている。人間という生命が誕生してから長い間、自然の中で生きて、生かされていたはずなのに、ここ数十年間の発展国(何をもって発展と呼ぶのか、考えさせられる言葉だけど)に住む人間は、人間主体で物事を考えてきた。もちろん、ぼくもその一人。
でも、海に浸かり、自然の中に身をおく時間が増えれば増えるほど、「人間も自然の一部」という本来の人間の感覚が、蘇ってくるように思う。
ぼくにとって、それが“お波さん”という感覚であり、雪山好きな人にとっては“お雪さん”だったり、登山家やハイカーにとっては“お山さん”だったり、クライマーにとっては“お岩さん”だったりするだろう。なにかその感覚を大切にしていけば、潮が満ちることを意味する言葉で、物事がいい方向に向かう、という意味を持った日本の古い言葉「上げ潮」に、世の中ならないだろうか。