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コラム

By Mitsuharu Kume

Shipwrecked Memories OR: The Price of Tea in China

2007
Issue 19

Shipwrecked Memories OR: The Price of Tea in China
   

使っていた物が使われなくなった時、それは“ゴミ”と呼ばれるようになる。でも、なかには捨てられ、放置されたゴミでありながら、オブジェとして人に愛される、ものもある。それが今回の話の「漂着船」である。

それは、今から15年ほど前のこと。航行不能となった船が、種子島のとある入り江の奥に打ち揚げられ、そのまま放置された。当時のことは知らないのだが、僕がこの島に移り住み、それを見たときは既に数年経過しており、塗装が剥げ錆びた船体が倒れることなく、船そのままの姿勢を保ちながら入り江の奥に漂着していた。

その姿を始めて見た時、「なんかいいなぁ」と思った。ゴミとは映らなかったのである。それもそのはず、鉄砲伝来やサツマイモ伝承など、この島には過去に沢山の漂着船があり、日本の歴史をつってきた島のひとつといっても過言ではない。そんな背景からか、この島に漂着船があるというのは、実にマッチしているのである。

船にはロープが架けられ、船内を探索できる恰好の遊び場となっていて、観光客の写真撮影ポイントとなっていた。そして、何よりそこはサーフィンに良い波の押し寄せる場所でもあり、サーフィンや波の写真を撮るうえで、その場所の景色になくてはならないものとなっていた。

僕にとって、島のサーフポイントで何処が好きかと聞かれたら、真っ先にその場所を言うほど特別なところであり、生活するには不便すぎるその近くに、かつては家を借りて住んでいたほどである。

時代が変われば何が起こるかわからない。錆びて朽ちてゆくその船は、自然の風化により形を変えてゆくだけで、ずっとそこにあり続ける物だと誰もが思っていたのに、突然の解体作業が始まった。今から一週間ほど前のことだ。中国経済の発展が理由と言われる鉄の高騰により、船の鉄がある業者の目に留まったのである。噂では1kg 500円で売れるという。

「形あるもの全て壊れる」。大切にしているものを壊してしまった時、それが自分であっても、自分でなくても、わざとでなければこの言葉を使って、諦めるようにしている。今回もその言葉で、諦めるしかないようだ。風に流され、波に押され、打ち揚げられた漂着船が、鉄という元の形にもどり、また新たな生命を与えられる。15年という時を経て、リサイクルされてゆく漂着船。物を大切にする、という意味では上げ潮(物事がいい方向に向かう)な時代なのかもしれないけれど、どこか寂しい。